謀略IR:そして貴方の…(ChapterⅢ)

謀略IR:そして貴方の…(ChapterⅢ)

名無しの気ぶり🦊

『今日もめっちゃ頑張ってるよね、キタサン!』


────今月の話なのに、もう懐かしいね。


『浮世トレーナーの指導もいつになくハイセンスというかキレがある感じだし!』

『いい走りができたで終わってしまったら悔いが残るもの。だから抗うのよ』

『ウマ娘も、トレーナーも♪』


ブロスちゃんもシーナちゃんも、キタちゃんの引退レースに対する各々の想いを言ってた。


『負けてらんないね、シュヴァち、ねおねお!』

『もちろんだ…!』

『このまま有馬記念でもシュヴァルちゃんが勝ってみせるんだから!』


他ならぬシュヴァルちゃんもそうだし、付き添って出る私自身もそう。

バッチバチに臨戦態勢だったのを憶えてる。



(…あのやり取りから素直に有馬記念に向かうだけだと思ってたら、まさかそれから2週間もしたらそれどころじゃない騒ぎになってるなんてね…)


思わぬほどに変わりすぎた自身の環境を祢音は景和との会話の最中に憂いていた。

ちなみに有馬記念まであと1日もない。このままでは英寿がキタサンの引退を見届けることはまず叶わないだろう。


「祢音ちゃん聞いてる?」

「…聞いてるよ、ギロリさんから晴家トレーナーを人柱にして英寿を殺そうとしたってことでしょ?」


会話の中身はギロリがウィンを人間爆弾にして英寿に突撃させたことを憂うものだった。

明らかに行きすぎたギロリのやり口に四人の誰もが内心苛立っていた。


「なんで…あんな酷いこと…出ずっぱりの杭がそんなに気に入らないのか…過程も、見もしないで…!」

「キタちゃんもそうですが、強者の苦悩は理解されづらいもの…とはいえ、あまりに横暴がすぎます!」


シュヴァルは怒りのあまりいつも以上に嘆き、ダイヤはどこか冷静になっていた。クールダウンというやつだ。

しかしどちらもギロリに対して抗戦の意思を宿している。


「でも、俺達でゲームマスターをどうこうできるわけじゃない…だったらどうしたら…」


この中で景和だけは未だ悩んでいた。いや正確には打倒する手段が無いので内心のギロリへの怒りをどう晴らしたものかといった具合だ。


「「できるよ(できますよ)」」

「「ええっ⁉︎」」

(でも…祢音ちゃんとダイヤちゃんが言うならマジなんだろうな。なんとなくだけど分かる)


────とはいえ、それは思いもかけずすぐに晴れた。いきなりのはずなのに嘘は言っていないと思える程度には信じられたのはダイヤとも祢音とも数年の付き合いがあったからだろう。


「というか景和はまだ迷ってるの?決めたよ。私は私のやり方で、使えるものは何だって使うって決めたの」

「たぶんシュヴァルちゃんは驚きこそすれ迷ってはいないだろうし」

「うっ⁉︎ …それは…そうだけど…」


祢音が景和を急かす。

…いや急かしているわけではないのだろうが、今の景和にはそう感じられた。


「…確かに、そう長く考えてられるわけでもないし迷ってばかりじゃダメだよな…」


なので、今まで以上に真面目に考えだす。もう思いつく結論もそんなにないのだが。


「…ですが焦らないでくださいね。トレーナーさんなりに短くてもしっかりと考えられた結論を、ダイヤはお聞きしたいです」

「ダイヤちゃん…うん、もちろんそれはね」


これを見たダイヤはあくまで景和らしくと背中を押した。こういった状況ではそうした自分能反応が一番彼の気を解せると知っていたから。


(とはいえ明日が有馬な以上、ダイヤちゃんに話すことも踏まえると猶予はあと一日もないってとこだよな。見に行くにしても行かないにしても)


しかし現実として時間もあまりない。

明日は有馬記念で狐狩り開始から7日目、ダイヤと見に行くのであれば明日も英寿を命の危機に晒すということになる。

また聞いた話では、キタサンも一週間ほど我慢しても指導をしてくれないのであれば自分から英寿を探しに行くと言っていた。

仮に見つかったとしてキタサンに助けられるとは思えない。

────何より、英寿とて無敵ではない。無敵ならばそもそも今の状況に追い込まれていない。逃げ切るにも限界はある、このまま景和が何もしなくても何かをしてもいつかはギロリの圧力で命を落とす。


…ならば、答えも決まっている────



その頃負傷した英寿は、どこかの路地裏に身を隠していた。傷の手当てをするのはツムリとスイープだ。


「よくここに隠れてるって分かったな」

「私達はゲームナビゲーターとサブナビゲーターですから」

「とはいえアンタ…よく生きてたわね。ほんと探しといてなんだけど」


デザグラの索敵システムを秘密裏に自由に行使できる二人だからこそ、英寿を見つけるのは容易かった。今日まで干渉していなかったのは状況をいろいろと見計らっていたから。


「そのナビゲーターとサブナビゲーター様が俺に協力していいのか?ルール違反だろ?」

「ですので…ゲームマスターに内緒です♪」

「お弁当よ、アタシと使い魔とキタサンの3人で作ったの」


────あとは、キタサンと協力して英寿用に丹精込めたお弁当を数日掛けて作っていたから。本当は二人だけで仕上げるつもりだったのだがいろいろ初経験なのもあって初日である今週月曜からいきなり手間取った。

そしてそれをキタサンに見つかった結果三人体制となり、それまでよりスムーズに作業を進行させられ本日に至る。


「! そうか、キタも…なんか言ってたろ?」

「無事でいてください、絶対また五体満足で会いましょう!だって…」

「凄く全身を震わせながら泣き声で言ってましたよ。…大切に思われてますね」


キタサン本人はトレーニングもあったので来れていないが、そのぶん英寿へのメッセージに力を込めてスイープに託した。

英寿にも無事効いている、甲斐はあったようだ。


「…だな」

(もう1週間近くか。…あいつが自分で迎えに行くって言ってた頃合いまでのタイムリミットも近い)

(…離れてみて分かったが、随分とキタの…あいつの存在が放つ安心感に救われてたんだな、俺は)


…そのおかげで、明日でキタサンが言っていた一週間に達するということに気づく。

長くないようで、体感としては随分と長いこと逃亡生活を送っているように思えた。

そのせいで、普段はさほど意識していなかったはずのキタサンがいた日常がやはり随分と大切なものだったのだと思えた。


「というか、それは姉さんとスイープもだろ? やっぱり守りたい家族や担当がいるっていいね♪」

「姉さんはやめてください」

「いつも通り気持ち悪いわね」


おまけにだが、擬似的な家族であるツムリやスイープのことも以前よりは家族として大切に思えるようになっていた。

相変わらず当人達からは邪険な反応だが。


「…何故、毎回あんな願いを…?」

「叶えたい願いが幾つあっても否定しないけど…にしても変な願いばっかよ、アンタ」


その流れで二人が英寿にこれまでの不可解にも思えるどこか一般的なプレイヤーのそれとズレた願いの数々の理由を問うのも無理からぬ展開だった。


「…知りたいんだ。何故、俺みたいな存在が生まれたのか?俺が生きてる意味は何なのか?母さんにあって確かめたいんだ」


答えは簡単で、己の存在証明。

長く言えば

自らという存在がなぜこの世に生まれ落ちたのか、なぜ生き続けているのか。

それを母という主の主座にて問いたい、それが英寿が今なおデザイアグランプリに参加している理由だった。


「キタサンにもアンタの母親についてはうっすら触れてるんだっけ」

「ああ」


これはキタサンにはまだ教えていないことだ。大まかなことしか触れていないのもいきなり教えても混乱しか招かないだろうという英寿なりの配慮から。


「君の前任者、スイープから見て先輩の先輩のミツメという人を知ってるか?」

「初耳な名前だわ、なんか知ってるの使い魔?」


 『ミツメ』の名前を出して心当たりをツムリに尋ねる英寿、スイープも何気に初耳なので同様に自らのトレーナーに問う。


「ミツメ…そんな…そんなはず…」

「…使い魔?」

(こんなに焦ったる使い魔は初めてだわ…!)


すると返ってきた反応は予想通りに見えて予想通りに見えないもので。

ただミツメについて何か知っているのは間違いなさそうだった。


「知っているなら教えてくれ!」


なので英寿も堪らずさらに問うも。


「…ごめんなさい。私には話せません」

それ以上は返さず、意思も堅そうだった。


「アタシにも話せないの⁉︎」

「その時が来れば教えるかもしれません」

「…だと思ったよ」


次期ナビゲーターのスイープにも話そうとしないあたり余程の機密事項かはたまた英寿がいては離せない何かな気配がありそうで、英寿もそれ以上無理に聞くことはしなかった。


「もし、父さんと母さんに会えたらうれしい?」


さらに数時間後、景和は両親に会えたら嬉しいかと沙羅に尋ねていた。

退場した人の中にはプレイヤー以外のデザグラに巻き込まれて亡くなった人も当然いる。

二人の両親はまさにそれで、景和の願いが叶えば蘇る可能性は大いにあったのである。


「何〜急に? …私は十分幸せだよ。健康に元気に、あんたと暮らせた。それだけで」

「ほんと?」


しかし、知ってか知らずか沙羅はそこまでは望んでいないようで今の生活に満足していると言ってくれる。景和としてはそれでも嬉しいが、できれば願いのようなものを聞きだしたかった。


「…まあ欲を言えば、お互いにいい人見つけて結婚とかしちゃったりして、それぞれ幸せになれたら、きっとお父さんとお母さんもそう願ってるんじゃないかな」


すると沙羅が溢したのは姉弟揃って意中の人と出会えて結ばれたいみたいな願い。それもそうなれば両親が浮かばれるだろうという、あくまで両親のためなあたり沙羅の誠実さみたいなものが感じ取れるそれで景和は嬉しかった。


「…でも…本当なら見せてあげたいよ。姉ちゃんのウエディングドレス姿をさ」

(うん、そうだ。叶えたくても叶わない願いは誰でもいっぱいある…だからこそ!)


が、それが必ず叶う保証があるわけではない。それこそ景和も似たような願いなら持っているが、必ずそれが叶うものではないのだと。

デザイアグランプリとデザイアロワイヤルを一つずつ潜り抜けた今なら感じられるようにもなっていた。そりゃ姉の幸せは叶ってほしいが。


「どうしたの⁉︎ 今日のあんた、なんか変」

「ずっと思ってた、口にしなかっただけで」


当然変に思われるが、景和からすれば最近ずっと感じていたことだ。ただなかなか言うことになる機会もなかっただけ。

それが願いに関して深く考えざるを得ない状況に来たからこそ、言うことができた。


「ま、マジ…⁉︎ でもそんなこと言ったら私だってあんたとダイヤちゃんの結婚をお父さんとお母さんにも…やめよう。直近で叶わないこと考えても、悲しくなるだけだから! よし、今日は姉ちゃんが料理を作ったる!」


それを聞けば沙羅も思わず景和とダイヤが結ばれてほしいだの両親にそれを見せたいだの言いそうになったが、すぐには叶わないもの、茶化して言ってやるものではないという自覚もあった。

ゆえに来年のことを言うと鬼が笑うなんて思い出したわけではないが、言うのを無理矢理打ち切り料理でも振る舞ってあげようと動いた。

しかもその言い方で緑のたぬきを手に取ったあたり、前回のデザイアグランプリで景和の勇姿が焼き付いているのやもしれない。


無論プレイヤーじゃないので思いだす手段はまるでなく、あくまで偶々だろうが景和は先程の自分とダイヤの結婚云々の願いも含めありがたく思えたのだった。


「────叶えられるよ…。俺が世界を変える…!」

(俺がしなきゃいけないことも決まった、待ってろよ英寿!)


────だからこそ、同じく願いを掲げた英寿のことも思い浮かんだし、そのためにも現状を打破しなくてはという思いがいよいよ固まったというもので。


「もしもしダイヤちゃん、ちょっと相談したいことが────」


そして具体的に狐狩りにどう対処するかの案も大まかにだが自然とまとまったので、打ち明けることをかねてより約束していたダイヤにそれを電話越しに伝えるのだった。

ギーツを倒す決心しちゃったか


同じ頃祢音はシュヴァルと共に父、光聖に話をしにきていた。


「デザイアグランプリのスポンサーである鞍馬財閥の総帥にお願いがあります」

「ぼ、僕は今回は…祢音ちゃんの付き添いでボディーガード役です。ただ…考えは彼女と同じです…」


英寿の救出に時間を長く割くのは却って危ないと考えていたのは祢音もシュヴァルも同じようで単刀直入に光聖に話を切り出す。


「気づいていたか…。さすがは私の娘、それにこの子の幼馴染で年齢差を越えた親友だ」

「聞こう」


対する光聖は、二人が気づいていたことが意外そうな口ぶりだ。

「これはダイヤモンドちゃんやクラウンちゃんも同様の考えなのですが、キツネ狩りのことです」

「何か問題でも?」

「…正確には、僕達が考えているのは…こうで─────


ちなみに事前にダイヤやクラウンとも連絡を取り合ってからのこれである。

三人してスポンサーに働きかけて有利にギロリの裏を掻いていこうという考え。


「君も覚悟が出来たようだね」

「…はい」


GMライダーに襲われる英寿をモニターで追うギロリは、英寿と戦うことにした景和に対してどこか嬉しそうだった。

対する景和の真意は…またギロリとは違うものなのだった。

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