謀略IR:そして貴方の…(ChapterⅡ)
名無しの気ぶり🦊「…引退するキタちゃんに何かしてあげたいよね」
「つっても今さら当たり前にできることなんて併走以外無くない?」
同じ日の夕方、チーム世界スターの面々はキタサンへの贈り物に頭を悩ませていた。
引退するにあたって何か一つ、チームメンバーから渡してやりたいという心境から来るものだ。
「いやあ、あるっしょ」
「ああ、とっておきのサプライズになるやつがな」
「「…なるほど!」」
チケットとタイシンは悩んでいたが貴利矢と大我はすでに思いついていた。キタサンだからこそあげる価値がある物を。
「いったい何だ、監察医に電脳救命科医」
「飛彩先生も小姫さんに上げたことがあるやつです」
飛彩が何だと問えば、返ってきた永夢のそれから察するに飛彩にも思い当たるはずのもののようで。
「? 俺が?」
「女の子に上げて喜ぶものの定番だよ飛彩! ウマ娘でトゥインクル・シリーズのアスリートなキタちゃんはちょっと違うかもだけど」
ポッピーも似たような返答を寄越してくる。
果たして何なのか。
「答えはたぶんアレだよね、マックイーン♪」
「ええ、私達ならではのプレゼントですわ」
テイオーとマックイーンも思いついたようだ。
「……なるほど、勝負服「That's light.鏡先生♪」⁉︎」
「その答えで無問題よ」
その反応で飛彩がようやく思いついた瞬間、チームでは見慣れないが学園では聞き慣れた声と見慣れた姿が飛彩の五感の認識下に収まる。
「…マジッククラウンか、急にどうした」
「ちょっと私達からお願いをね」
そう、クラウンが何やら楽しげな顔で用事を持ち込んできたようだ……が。
「達?……ってええええ⁉︎ ダイヤちゃんにシュヴァルちゃんにアースちゃんにドゥラちゃんにネイチャちゃんに福永商店街の皆さんんん!!??」
どうやらキタサンの知り合いをだいたい引き連れての超大所帯で押しかけてきたようで、ポッピーも思わず声を荒げてしまった。
「夕方にすいません」
────ダイヤに。
「…僕達からその、キタさんの勝負服のことでお願いが…」
シュヴァルに。
「まさに私達のイデアのアンサンブルな勝負服。それを私達も走る有馬記念で引退するキタサンブラックに手向けとして贈らせてもらおうと思ってね」
アースに。
「────私に今キタサンブラックを助けられることがあるとすれば、この道しかないと感じた」
ドゥラメンテに。
「あはは、皆して詰めかけてすいません。…でも、今まで頑張ってきたあの子、今は浮世トレーナーがいなくても頑張ってるキタサンに何か贈り物をあたし達からのサプライズで用意してあげたいなって…」
ネイチャもいたということだ。
皆、キタサンに勝負服をプレゼントしたいという考えは同じなようである。
「それを私サトノクラウンとネイチャさんと世界スターの皆さんでまとめて仕上げたらどうかと思いまして」
ちなみに事前にクラウンが彼女達に声をかけて回っており、それでいて似た考えだった彼女達もすぐに意気投合。
裁縫や採寸など服飾技術にそこそこ以上詳しいクラウンとネイチャを中心に世界スターと協力して全員のアイデアをなるたけ盛り込んだ勝負服を作ろうということになった。
「「「もちろん、負けるつもりは無いですが(…)」」」
「そこはやっぱり譲らないのね、お三方…」
「那不奇怪.それでも私が勝つのは前提ですもの」
もちろん、有馬記念に負けてやるつもりはさらさら無いという前提がありきのそれだ、全員。
様々な想いを背負って勝負の舞台に立つのはこのレースに限らず、トゥインクル・シリーズに限らず、勝負事ならば皆そうだからである。
「たまたまそこで出会って似た考えだったんだ。だから費用ならキタちゃんのお友達や俺達が出すよ、なあ皆!」
商店街の面々とは部室付近で出会い、これまた意気投合。
全員で費用を負担しようということになって部室に向かってきたというわけ。
「もちろんさ!」
「こんなことでもキタちゃんの支えになるなら喜んで!」
「ハレの日の衣装、とびきりいいものにしてあげたいもの♪」
普段からキタサンと英寿に助けられている彼等は少しでも彼女の引退を彩る物を贈ってあげたいと意気込んでいた。
「皆…ありがとう! キタちゃんや英寿君じゃないけどお礼を言わせてください!」
永夢もそれを見ればこの場にいない英寿とキタサンを勝手に代表してでもお礼を述べたくなるというものだった。
「キタちゃん大人気だねえ、大先生♪」
「あいつの人徳だろ、当然だ」
無論、貴利矢と大我もありがたく、また嬉しい気持ちで胸が埋まっていた。
「アタシ達でキタちゃんの勝負服を作る…すっごく緊張してきたよお〜⁉︎」
「バ鹿言ってんじゃないの、やるよ」
チケットは思わず緊張し、気持ちは分かるがそれはキタサンが一番そうだと割り切ったタイシンはすでにやる気のほうにのみ気持ちを傾けていた。
「ならマントを入れたいな!」
「襷もアリじゃねえか⁉︎」
「慌てませんの、二人とも」
テイオーとゴルシは早くも盛り込むアイデアを主張し、そうしたい気持ちを抑えているマックイーンがそれを嗜めている。
「ふふ、服飾業にも携わってる私の腕が鳴るわね♪」
(…もちろん、この間の件も調査中だけど…その過程で見つけたギロリさんの正体、彼を追い詰める方法、これの実行も急がなきゃ!)
ちなみにこの件で一番大変な役回りなのは言いだしっぺことクラウンである。
なにせ道長の捜索、今英寿が遭っているピンチを打破する方法の実行も並行して行わねばならないのだから。
当人が逆境にこそ、胸に欲望が湧き立つような性格で、かつスケジューリングとプロファイリングのエキスパートだからどうにかなっているタイトなスケジュールだと言えよう。
「ハッハッハッハッ!……はあっはあっはあっ…」
それから一日、有馬記念から四日前の今日。
冬休みを迎えたキタサンは有馬記念に向けた本日の走り込みを終え。
(────憧れていた。ずっと夢見続けていたお祭りみたいなあの景色……)
────一人、今の自分の現状を軽く振り返っていた。
(父さんに、テイオーさんに…トレーナーさんに希望を見たから生まれた、あたしだけの夢」
(あと少しで届くかもって思えたあの風景……作れなかった)
父のライブのように、デビュー間もない頃のテイオーのレースのように観客を沸かせたい。
かつて自分をこの世界共々危機から救ってくれた英寿のように何かに苦しむ誰かを助けられるヒーローのような存在になりたい
総合して
お祭りのような風景を、自身が中心となって作りたい
感覚型のキタサン言うところのキラキラした風景、改めて夢破れたと溢す。
それでも前を向くのが本日もトレーニングを担当していた景和には切なく映る。
「…でも、ずっと応援してくれた人たちに最高のレースを見せるんだ!!」
(夢は終わっても、今までに作った縁も信頼も終わらないんだから!)
キタサンは応援してくれる人達の為に走る。
自分の夢から「皆の為」に。
「皆に…笑って見送ってもらうために!」
「それに…今は触れられないトレーナーさんのためにも!」
英寿のためでも、父のためでも、テイオーのためでも、世界スターのメンバーのためでも、ダイヤにシュヴァルにクラウンにアースにドゥラメンテのためでも、福永商店街の面子のためでもある。
そう、あくまで皆のために
皆がいてこその今のキタサンブラックというウマ娘がいた。そう彼女は捉えていた。
「キータちゃんっ!」
「! わわっ⁉︎………テイオーさん!」
本日はトレーニングには現れなかったテイオーが差し入れに現れた、しかし制服姿。
キタサンには当日まで内緒の昨日の件にかかりきりで、トレーニングしてる暇がないがゆえだった。
「お疲れ〜、今日も頑張ったみたいだね!」
「あっ…ありがとうございます! 」
なのでトレーニングに関する励ましに関しては最低限に留め。
「……いよいよだね」
「…はい、いよいよです」
変わらず数日後に迫った有馬記念に向けての話をすぐさま切り出した。
それをキタサンも語りたかった。
「────あたし…、勝ちたいんです!!」
「…!」
勝つ。ただそれだけだが今のキタサンが何よりテイオーに伝えたいことだった。
いつもと同じようで決然と言った彼女にテイオーも思わずハッとする。
「これで最後だから…絶対に!」
「父さんから、テイオーさんから、トレーナーさんから、ここで出会った皆からもらえた経験を武器にして、全力で!!」
泣いても笑っても英寿が見守っていてくれてもいなくても明日でキタサンのトゥインクル・シリーズの選手としての人生は最後。ドリームトロフィーリーグに移籍するわけでもない以上、以降は学生として高校生活を3年間送ることとなる。
ニラムが何かを打診しようと以前に考えていたのもこれが理由だ。
────だからこそ、夢半ばだとして悔いのない終わりを迎えられるよう全身全霊、全力のまた全力を出しきってぶつけきって勝ちたい
…そう望んでいた。
「………そっか。きっと皆、同じだよね」
「誰も負けるつもりでなんて走ってない」
しかしあくまでそれはみんな一緒だとテイオーは返す。
直近なら特にジャパンカップでのシュヴァルが顕著だが皆、勝つ為に走っている。
キタサンが最後なら、なおさら「その前にあんたに勝ちたい」と皆思っていることだろう。
さながらクラウンにシュヴァル、有馬記念にも出走するキタサンの同期二人やアースは皆の代表と言えた。
「それでも勝つのは一人だけ」
「────でも勝つのはきっと、苦しくても誰よりも強い気持ちで誰よりも最後まで頑張れた子なんじゃないかな…」
だとすれば、勝敗の勝ちを掴めるのは最後までどんな逆境だろうと心折れず争い続けた誰かだろうと。
図らずも今の英寿の状況を言い当てるを言い当てるように、テイオーはそうキタサンに返した。
「ボクも浮世トレーナーもずっと見てきたよっ! …絶対に諦めるもんかって頑張ってきた、キタちゃんのこと!」
「テイオーさん…はい!」
何より英寿もそうだが、ずっとその頑張る姿を見てきた誰かに勝ってほしいに決まっている。
キタサンも今の状況ではそれが嬉しかった。
「…ただ、トレーナーさんがあたしの選手としての最後にいてくれないことだけは…寂しいですけど」
「…そうだよねえ、浮世トレーナーもやりきれない感じだと思うよ」
…とはいえ、英寿が見ていてくれないのは本心で言えばこの数日、ずっと心残りで寂しかった。
トレセン入学前の幼い自分を救ってくれたことに始まり、その後の契約から始まるトレーナーとアスリートとしての最近までの日常。
これを英寿無しで送れなかったろうと思えば、募る思いもひとしおだった。
「テイオーちゃん、キタちゃん…」
(勝つのはきっと、苦しくても誰よりも強い気持ちで誰よりも最後まで頑張れた子なんじゃないか…か、今の英寿がまさにそんな状況じゃないか…)
景和も、そんなキタサンを見ていればギロリに強いられたこの現状を打破しなくてはという思いが先日までよりも強まるのだった。