誰が為の安全弁に

誰が為の安全弁に

C1-072 素ッ裸


艶めかしい音が、静かな寝室に響く。肉と肉がぶつかり合って、水音を伴って弾ける音が。

既に乾いたはずの唇から、じっとりと熱と潤いを流し込まれる。枯れ果てたはずの性と精が緩やかに、穏やかに、しかし確かに蘇る。

我ながら、こんな肉体の何処にこれだけの欲が残っていたのか。そして、このような老木の何処にそんな価値を感じているのか疑問に思うものだ。

そう思うが、思う以上に人間とは単純で、欲深く……やはり一度生まれたものは、そう簡単には死なない。たった一度、それを許してしまった日から、毎日のように求められ……俺もまた、それを何処かで許し求めてしまっているかもしれない。

「んっ……はっ、ちゅっ♡うぉる、たーっ♡もっと、きす……♡」

「621……そう、がっつくな。ちゃんと呼吸もしろ……お前も、俺も、そう身体は強くないんだ。」

いつぞやに、"機能以外は死んでいる"などと言われて引き取った強化人間C4-621……とても優秀な個体だった、優秀過ぎるぐらいだ。俺の目的の為には、欠かせない戦力で……完全に、頼り切っている。

当時の俺には余裕がなかった。ハウンズを……617を、618を、619を、620を……全員喪って、ああも無神経に煽られれば怒りも覚えよう。

外から見れば、俺の所業は心無い外道……いや、実際俺は外道もいいところだ。何も知らない、行く宛もない、従うしかないような脳を焼かれた強化人間を買い上げて、星を焼き払うまでに加担させているのだ。間違いなく、多くの命を踏みにじって、コーラルを求める者の多くを死へ追いやる行為に。

後ろ指を指されているとも感じ、過敏になり、それでも俺は……せめて、621達には救いを用意してやりたかった。それを叶えられるのは、最早621だけだ。

だからこそ、621が望むものは……出来るだけ与えて、尊重して、やりたい。そう思っていたが……求められたのは、俺自身だった。

結論から言えば……あの売人には、要らん気を回されたのだ。確かに621の機能は多くが死んでいたが、残っていたものが問題だ。AC乗りとしての機能と、"そういう機能"が生きている。今、俺と621が及んでいる行為……性機能が生きていた。

肉体強度は、その機能を利用するに困らない最低限が保証されている。最低限度しかないからこそ、乱暴に、激しくしては命に関わりかねない。俺自身も、とうに若さを損なった身体だ。使命の為に幾らかは延命措置を施してはいるが、杖を手放す事もできない。

そんな身体の何処にこのような肉欲があったのか分からないが、621の若々しい肉体を強引に貪らされる内に、この肉体がまだ死んでいないという事を嫌でも実感させられた。硬さを伴ったそれが、柔らかな肉に擦れて濡れ、快楽という信号を発し、続きを求める。

「621……これぐらいで、丁度いいか?あまり腰を……振りすぎるな、心臓が傷むなら言え。」

「んぅっ♡は、っ♡はぅ、んっ♡も、っと……いっぱい、ついて……っ♡」

可能な限り緩やかな動きを心がけているとは言え、肉体的な負荷の大きいその運動は負荷として残留する。だが、激しくする事を求められる以上は少しずつ、無理が祟らぬ程度には腰を早めてゆく。

回を重ねる度に、快楽は鮮明さを、その輪郭を確かなものとした。肉体が忘れ、枯れ果て……燃え残った、己の奥底でぎらつく雄に火を付けてしまったのだ。

包容と共に重ねられる肌と、その弾力が。肉体が擦れ帯びてゆく熱と、摩擦の感覚が。吐息に交じる嬌声と懇願が。それら全てが、あたかも砂漠に染み渡る水のように広がって……留まる事を知らない。

こんな快楽を求めて……いや、求められていいのだろうか。何故、利用する立場の俺が621にこのような行為を強請られていて、体感しているのだろうか。

こうやって、罪悪感を覚えるような事を想起せずにはいられない。していなければ、今更になってふつふつと息を吹き返した色欲に、己の肉体と思考が引き摺られてしまう。男という性は、実に……実に、罰するに難い。単純な生き物だ、我ながら自嘲さえもしてしまいそうになる。

「うぉる、たぁ……っ♡きす、もっと……♡つよく、だきしめて……♡」

親の愛を求める子のように、接吻を求め包容を求め、それぞれにただ応える。理性と獣性が揺れて、積み重なった犠牲を想う。何故、俺なのかと。何故、俺なんかにと。……技研都市で、自分がそうだったように。

強く否定なぞ、出来る訳もない。鏡映しに見える自分のような621を、その寄る辺を俺自身が否定するなぞ。何より、621には過去の俺よりも、選択の余地なぞ無い。己の力のみで生きることもままならないだろうから。

……近頃は、友達が出来たようだ。感情も、初期よりはずっと養われつつある。それで鮮明になったのが行為の最中に発露するというのは、些か悪い冗談が過ぎるが。

歪んでいる、間違っている。だがそんなことは理解している……理解しているから、重く伸し掛かり、こうも俺の心を苛む。それでも俺は、友人達の願いを叶えなければならない。そうでなければ、今までの犠牲も全て無駄になってしまう。

その果てに何があるのか。最近はずっと、考えさせられている。一度目の火で燃え残って、二度目を熾したとして、本当に全て焼き払えるのかという不安さえもある。

ただ……。

「んぁっ♡なか、おちんちんっ♡ふるえてっ♡らしてっ♡いっしょに、イっ……♡イくっ♡」

「621……ッ、射精すぞ……。」

「イく、もうらめっ♡い、ッ~~~!♡」

……こうして621に溺れて、果てる瞬間だけは……心地よいと感じてしまうしか、ない。



「621、俺のような……年老いた男やもめを毎夜求めるとは……いくら励んだところでこの痩せた体以外、何も得るものはないだろうに。」

仕事の後、生命維持に必要な処置を終えて、また今日もベッドに並ぶ。これは純粋な疑問と、逃げ道の模索。今日もこの後行うだろう行為に正当性があるか、せめてこんな自分以外に縋れるように、健全な逃げ道はないのかと探る問いかけだ。

何れ……自分はこの使命成就のために命を賭す。その時俺が生きている保証など、無い。無いのだから、後見人になるであろうカーラには、円満に託したい。せめてこうして縋るのが、俺でさえなければいいのだ。

逃げでしかない。こんな質問は、己が安心して死地に向かえるようにするだけの、醜い逃げの一手だ。

「だって、うぉるたーはわたしのこと、たいせつにしてくれてる……。おれい、したい。それに、なんだかさいきん……ずっと、なやんだり、つかれてるみたいだから。おとこのひと、なぐさめるほうほう、これしかしらない……。」

……幾らかはお前のせいなのだが、とは口が裂けても言えない。ただ紛れもなく、これから起こす事と、起こる事、起こした事への葛藤は抱えていた。

その上で、恩義を感じさせてそうさせるのも、強く違和感と自己嫌悪を覚えさせる。全ては己の撒いた種ではあるが、結局のところ、621に縋るしかないのは俺も同じ。半ば共依存になりつつあるこの関係が、心苦しい。

「621……。お前は、もっと自分の事を大切にするべきだ。自分の体を、そんな方法で安売りしてはならない。お前を大切にする人間ならば、戦友と呼んで何度も共闘しているヴェスパー部隊の第四隊長などもいるだろう。」

あの男は、企業所属にしては621を特別気にかけているようだった。所詮は企業、僚機としての同伴なぞ体の良い口先八丁であまり宛にならないと一蹴したものの、偽りなく駆けつけたらしい。もし志を同じくすることが叶う相手ならば、621を委ねても……構わないと思う程度には悪くない。

「ちがう……ちがう。やだ、うぉるたーじゃないと、やだ。あなたがすき、あなたがいい……うぉるたーがすきなの……。こんなにたいせつにしてくれるひと、あなただけだよ……。」

だが、それも悪手だった。逃げ道を1つ、2つと断たれていくようだ。逃げれば逃げるほど、泥沼に足が沈む。621の境遇を考えれば、真っ当な仕打ちを受けてなどいないと分かり切っていたろうに。そんな相手を大切にしようとすれば、どうなるかなど自分が知っていようが。

今の俺は、ただの悪者だ。答えなど既に知れているのに、どうにか逃げねばと見苦しく藻掻くだけで、ただ621を……やっと感情を取り戻していく最中の621を、こうも苦しませる。これから先、もっと苦しませるのは目に見えているのに、選ぶことを今更になって悩んでいる……弱く醜い男。

泣かせてしまった。621を泣かせるなど、断じて許せるものではないと憤慨しようにも、そうさせたのは自分だった。何故、どうして俺に縋っているんだ。どうして、俺以外に縋ってはくれないんだ……そうすれば、せめてこれからの選択が、俺をこうも悩ませる事は無かったろうに。

非道な選択をする道を受け継いだのに、非情にはなれずにいる。捨てる事も今更選べず、ずるずると、このままずるずると……しては、いけないのだ。

「621……お前は俺の部下だろうが、恩義を感じてこのような事をする必要はないんだ。わかるか、俺はただ……。」

見苦しい。何と見苦しい男だ。いっそのこと、お前が俺から離反ぐらいしてくれれば

「……ふーん。じゃあ、うぉるたーのいぬ……やーめた。」

「……。」

呆気なくそう言われた。愛想を尽かされても、文句なぞ言えまい。こうも言い訳ばかりを連ねる男だ。ここまで俺を連れてきてくれただけでも、僥倖としよう。……自分の問題には、やはり自分で決着をつけるべきだ。考えれば、最初からそうだった。

「……そうか。ご苦労だった、今まで……お前には大変な仕事ばかりを任せていたかもしれない。お前の選択がそれなら俺は止めはしな」

しかし不意に、その決意すらも嘲笑うように裏切られる事となる。

「ん……ちゅっ♡わたしのすき、ってきもちがしんじられないなら……もっと、からだでわかってもらう。わたしは……きょうからうぉるたーのお ん な♡」

唇を奪われた後、腰掛けたままのベッドへ押し倒され、慣れた手付きでズボンを下ろされた。唐突に、急速に意識させられる性の気配に……俺の中に眠っていたそれを目覚めさせた女の体に、否が応でも肉体はその温もりを求めんと膨張を始める。

「621、よせ……俺は……ぐっ……」

「わたしが、うぉるたーにしてあげられる……おれいは、どーお……?これは、じしんあるよ……ん、むっ♡」

ソフトボールほどもあろう双丘が、臨戦態勢を整えている愚息を包み込む。そこに粘性を帯びた唾液が潤滑油として垂らされ、柔らかく、優しく、丁寧に擦り上げてゆく。その熱に心奪われ、浮かされ、迫り上がるような快楽に思考すらも溶かされる。

……既に何度かされた事はあるのだが、621は技巧派だ。何処で仕込まれたのかは分からんが、少し考えるだけで陰惨な経歴の持ち主であるというのは想像に難くない。難くないからこそ余計に心が痛む一方で、陰茎は硬さを増していく。己の事であろうに、自分がただの男に過ぎない事実を突きつけられ、尚苦しい。

「ろ、621……っ、そんなに、激しくするな……」

「や ぁ だ♡きょうは、うぉるたーのこと、すき……ってわかってもらえるまで、いーっぱい……しぼりとるって、はっ♡きめた、からっ♡んしょっ♡」

満たされた肉欲が次を求めるように、枯れた大地に染み渡った快楽というものは、強く激しい。再確認してしまったからこそ、抗う事も難しい。不意を打って行われる行為に抗うような、自責の思考の間すらも与えられない。

穂先からは我慢汁が滲み出て止まらず、既に半球と竿の間からは淫猥な水音が激しく発され、余計に欲望を煽り立てるだけの火種と化した。

「や、めろ……そんな、ことを……っ」

「うるさい、うぉるたーっ♡だーせっ♡だしてっ♡じゃないと……はむっ、じゅるっ♡れる、っ♡」

「621、これ以上は……!」

過負荷に乗じて一気に責め立てるように、亀頭を口に含んで絡め取るように吸い上げられ……俺は、呆気なくその口内へと濁流を解き放った。

「んむーっ♡ん、んぐっ♡ん……あぇ♡……ん、ごくっ♡えへへ……ごちそーさま……♡」

その白濁液を余すことなく口に収め、飲み込んで……わざとこちらを煽るように舌の上で見せつけてから、改めて飲み干す。いいように弄ばれてしまい、落ち着きを取り戻そうにも、欠片ほど残った男としての矜持に気を取られて自嘲する。

何と脆いのか。意志も脆ければ快楽にも脆いとは、情けないにも程があろう……。

そうやって己を嗤う暇さえ、今日の621は与えてくれはしない。

「うぉるたーの、まだかっちかち……♡わたしも、もうがまんできないから……んぁっ♡いれちゃっ、た……ぁは♡」

未だ張り詰めた肉棒に躊躇なく跨り、最奥まで一息に飲み込まれた。前戯すらしていないのにはしたなく濡れており、膣壁はひと挿しで大きく絶頂への猶予を抉り取るように絡みつきながらも最奥へ受け入れる。

耐え難い快楽だ。一方的にリードを奪われ、取り返す事もままならない。第一、そういった経験も元々多くはないし、今になってするとも思ってはいなかった。

それに抗う術など、持ち得なかったのだ。だが、拒もうと思えば拒める……いくら老体とは言えど、約束を十全に果たす為の身体維持措置は行っていたし、621は病弱な、しかも女の身だ。力関係は、間違いなくこちらが上。

……だが、拒む権利があるのか?今更になって……こうも献身をしてくれる相手を、どう拒めと?第一、俺の中では理性よりも獣性の方が、余程声が大きいらしい。

「ろ、621……そう、激しく……するな、っ。すぐに、射精て……」

「いい、よぉっ♡うぉるたーの、せーえきっ♡わたしのなか、びゅーってっ♡いーっぱい、だしてもっ♡だー、せっ♡だしちゃえっ♡」

いつになく、激しい腰使いで責め立てられて、どくんと大きく脈動するのに合わせて腰を最奥まで振り下ろされ……また果てる。自制もなく、ただ己を受け入れる暖かで艶めかしい肉に埋もれて、子種を情けなくも吐き出し続けた。

「621……そんなに、激しいと……お前の体力が……むぐっ」

「あは、ぁっ♡なか、どくどく……あったかぁい♡うぉるたー、ちゅーしよ……♡もっと、いっぱいえっちしよぉ♡んむ、はむっ♡ちゅ、んちゅっ♡」

自制の螺子が弾け飛んだのは、621も同じだった。今まで堰き止めていただろう感情が、発露したまま止め処無く押し寄せているのを感じる。その肢体をこちらに覆い被さるように重ねられつつも、口づけを交わし、舌を捩じ込まれ、口内をたっぷりと貪られ……未だ反り立つ男根も躊躇なく腰を打ち据えて貪られる。

その所作の全てに……どうしようもなく、俺への恋慕を感じずには、いられなかった。




己の何処に、そしてこの病弱な621の体の何処にあのような肉欲と体力が眠っていたのだろう。何度も何度も互いの……いや、一方的に俺が貪られて、最後は先に限界が訪れた621が、俺にしなだれかかって眠りに就き、終わりを迎えた。

……嫌気が差してくる。こんな、こんな俺を好きと言ってくれる621に、甘えているような自分が。そして、それでも尚……満足に選択すら出来なくなった、自分が。或いは、こんな歳になって尚も、盛んであった自分の肉欲にか。

言葉には表しきれない感情が、渦巻いている。今まで……元々は、我が子を見守るような気分だった621が、激しい戦いに身を窶す中でゆっくりと感情を取り戻し……その結果がこれとは。

その結果が招いた今が、今更になって俺を淀みなく愛してくれるこの女性が……そんな、そんな彼女が全てを委ねるかのように身を寄せて、無防備に眠っている今が。

この状況でさえ、絞り尽くされた後でも燃え残った性欲に火が付くような感覚に……頭が、痛んだ。

「俺は……。」

どうすれば、いいのだろうか。カーラに語ったら……どう言われるだろうか。笑われるのか?いや、笑えないと言われてしまうか。はたまた……その想像すらも恐ろしく、出来なかった。

「……うぉる、たぁ……。」

「621、……どうした?」

問いかけても、答えが返ってこない。……寝言だったようだ。

寝言だが、その声色は先程よりも、普段よりも遥かに弱々しく、縋るようなものだ。

「どこにも、いかないでぇ……もう、ひとりは……やらぁ……。ずっ、と……いっしょ……。」

……訂正しよう。縋るような、ではない。縋っているのだろう。

これでは、何処まで俺の使命について……約束の終わりに待ち受ける結果と、俺が覚悟している内容について勘付かれているか、分かったものではない。

だから、なのだろうか……。621は、必死になって、何が何でも俺を、繋ぎ止めようと……だとしても、恋慕そのものは本物で……。

「……。一度、生まれたものは……そう簡単には死なない、か。」

自分の発言が自分に返ってくるようで、あまりにも出来すぎていて。

笑えないのに、笑ってしまった。





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