タイトル:未定

タイトル:未定

アルミアリヤ・ロベスピエール


【開演】

アルミアリヤが机に向かい、ペンを走らせる。

クリスティーヌが登場し、ドアをノックする。


アルミアリヤ「入りたまえ」

クリスティーヌ「失礼します、団長。おや、執筆中でしたか?」

アルミアリヤ「ちょうど行き詰まって倦んでいたところだ。麗しきレディのおかげで多少は気も晴れたがね」

クリスティーヌ「もう、またそんなお世辞を。団員たちから何と呼ばれてるか知ってますか?ロベスピエールさん」

アルミアリヤ「『親愛なる団長殿』かな」

クリスティーヌ「『人たらし』ですよ」


しばし沈黙。

どちらからともなく笑い始める。


アルミアリヤ「ははは……それで?何か用があったんじゃないかい、クリスティーヌ君」

クリスティーヌ「ええ、もちろん。あなたの素晴らしい執筆作業を止めるだけの価値がありますよ」

アルミアリヤ「それは楽しみだ。聞かせてもらおう」

クリスティーヌ「では、こちらを」


クリスティーヌが何らかの紙束を差し出す。


アルミアリヤ「この紋は……たしか、トルボーナ氏のものだったかな。君のお父上とも親交がある方では?」

クリスティーヌ「はい。先ほど使者の方がいらして」

アルミアリヤ「……うん。目を通しておくよ。君は仕事に戻ってくれ」

クリスティーヌ「承知しました。それでは、また後で……」


クリスティーヌが部屋を出る。

アルミアリヤが手紙を開く。


アルミアリヤ「……おや、おや。トルボーナ卿におかれましては、"革命の物語"にいたく興味がおありのようで……フフ」


アルミアリヤが声を押し殺し、笑う。

暗転。

──

幕が開く。

クリスティーヌが剣を振るい、鍛錬用の人形に打ち込んでいる。


クリスティーヌ「はっ!やぁ!ぜぇい!」


華麗な剣舞が続く。

周囲の団員たちから歓声が上がる。

アルミアリヤがその場に現れる。


アルミアリヤ「精が出るね。首尾はどうだい?」

団員A「あ、団長!お疲れ様です!」

団員B「副団長!団長が来ましたよー!」

クリスティーヌ「あら……団長?どうなさったのです?」

アルミアリヤ「どう、ということはないね。またいつもの如く行き詰まったので、気分転換に来たのさ。君たちは……クリスティーヌ君に剣の扱いを習っていたところかな?」

団員A「はい!そりゃもう凄いんですよ!」

団員B「まるで本物の騎士様みたいで!」


クリスティーヌは照れ臭そうに頰を掻く。


クリスティーヌ「あはは……父上は、私に剣を握らせたくはないようですけど」

アルミアリヤ「おや、そうなのかい?それは初耳だ……アーケネン氏は君の意志を尊重しているものだとばかり」

クリスティーヌ「"女として相応しい範囲で"なら、ね。古いんですよ、あの人は。"女が武器など握る必要は無い"って」

アルミアリヤ「父君は心配なのさ。大事な一人娘に何かがあったら大変だ、とね」

クリスティーヌ「分かっています。あの人が私を愛してくれているのは。でも、私は……それでも、自由でいたい」

アルミアリヤ「君はもう十分自由だよ。何せ、貴族の一人娘がこんな"場末の劇団"にいるのだから!」

団員A「ちょっとー!場末はないんじゃないですかー?」

団員B「他の劇団に聞かれたら刺されますよー?"パラノイアで場末ならうちはなんなんだ!"って!」


笑いに包まれる一同。


クリスティーヌ「ふふ……私、ここに来て良かったです。この劇団にいる時間が、私の人生で一番幸せですよ」

アルミアリヤ「それは良かっ……はっ!」

団員A「おや?団長の様子が!」

団員B「いつもの"ビビッと来た"かな?」

アルミアリヤ「そう、ビビッと来たよ!新作のネタがね!主役は『貴族の娘』!しかし彼女はその役割に縛られることなく自由に生き、やがて腐敗した王政を打倒する『導きの乙女』として戦いに……!」

団員A「また革命してるよこの人」

団員B「それでいいものが出来るんだからいいのさー」

アルミアリヤ「こうしてはいられない!私は執筆に戻る!君たちも頑張ってくれたまえ、ああそうそうクリスティーヌ君!」

クリスティーヌ「へ!?私に何か?」

アルミアリヤ「──ありがとう!君のおかげでいいものが書けそうだ!君こそ私の『導きの乙女』かもしれないね!」


アルミアリヤが足早に去っていく。


団員A「『導きの乙女』ですってよ、副団長ー」

団員B「もー、隅に置けないんだからークリスちゃん」

クリスティーヌ「や、やめてください……もう」


クリスティーヌが赤面し、俯く。

暗転。

──

幕が開く。

ナイトドレス姿のクリスティーヌが、寝室で椅子に座っている。

アルミアリヤが窓際に立ち、外を眺めている。


クリスティーヌ「……アルミアリヤさん。この国はどうなってしまうのでしょう?」

アルミアリヤ「クリスティーヌ。君は、この国の王政に不満はあるかい?」

クリスティーヌ「そんな、まさか。国王陛下は聡明で、我らにも慈悲深く……不満なんて」

アルミアリヤ「私も同感だ。私が脚本に書くような、革命されて然るべき腐敗した王家とは違う。この国は"真っ当な国"だとも。だが……もしかしたら、それでも」


クリスティーヌは不安げな表情でアルミアリヤを見つめる。


アルミアリヤ「そのような国においても、富める者と貧しい者の差は生まれる。どれだけ立派な王家であろうと、貧民からすれば『我らを救わぬ冷血ども』として映るだろう」

クリスティーヌ「そんな……そんなの、間違っています。陛下は間違いなく国民を愛している。それに背くなど、酷い裏切りです」

アルミアリヤ「ああ、そうかもしれない。だがね、クリスティーヌ。『弱いこと』は、『悪いこと』かい?」

クリスティーヌ「それは……!それは、違います……でも……」

アルミアリヤ「分かっている。君が憎む悪とは、すなわち弱者を弄び苛むもの。ならば貧民たちは救われるべきものだ……そう思っているだろう?」


クリスティーヌは力無く頷く。

アルミアリヤがクリスティーヌに歩み寄る。


アルミアリヤ「……私も、不安なのだよ。確かに私は、弱き民を勇気づけようと……革命の物語を発表してきた。だがこのような素晴らしい国で、万が一にも"それ"が起こることは本意ではない。もしや、私のせいで……と」

クリスティーヌ「それは!それは、違います……アルミアリヤさんのせいなんてことは、絶対にありません!真摯に人々と向き合ってきたあなたが……!」

アルミアリヤ「クリスティーヌ……」

クリスティーヌ「だから、アルミアリヤさん。だからこそ公演を。みんなが怒りを忘れられるような、希望に満ちた物語を!」

アルミアリヤ「ああ……ああ!そうだとも!今こそ我ら、劇団パラノイアが必要だ!間違った革命の気運が高まる民を、明日も見通せぬ彼らの不安を慰められる劇を!」


アルミアリヤは拳を握り、立ち上がる。


アルミアリヤ「ありがとう、クリスティーヌ。やはり私には君が必要だ。君は最高の右腕、いや……パートナーだよ」

クリスティーヌ「あ、アルミアリヤさん……!?パートナーだなんて、そんな……」

アルミアリヤ「……"アリー"。親しい友人や家族は、私をそう呼ぶ。君にもそう呼んでほしいんだ……クリス」


クリスティーヌは頬を赤らめ、しばし逡巡する。


クリスティーヌ「……はい。喜んで。至らぬ身ですが、私を……導いてください。"アリー"」

アルミアリヤ「フフ、その必要は無いさ。君ならきっと、これからも自分の意志で全てを選び取れる……そんな、『自由なる人』になれる。君は、君の信ずる正義を貫きなさい。私もそうする。君の前を歩むのではなく。君の横で、君と共にね……」

クリスティーヌ「いいえ。私はまだまだ弱いのです。あなたがいなければ、私は……何もできない生娘です。だから、どうか。私にあなたを教えてください。これから先、何があっても、その温もりと共にあなたを感じられるように」

アルミアリヤ「……まったく。しょうがない子だ」


アルミアリヤがクリスティーヌを抱き寄せる。

クリスティーヌは目を閉じ、身を委ねる。


アルミアリヤの口元は、邪悪に歪んでいる。

暗転。

──

幕が開く。

アルミアリヤが床に倒れている。その首は切り落とされている。

傍には鎧を着たクリスティーヌが立っている。


クリスティーヌ「やりました……やりましたよ、アリー!あなたに教わった通りに!私は、私の思うまま!私の信ずる正義のために、私を、民を裏切った悪人を!誅しました!」


クリスティーヌは両手を広げ、狂ったように笑う。その表情は兜に隠れ見えない。


クリスティーヌ「あは、はははァは!これでいいんですよね!?これで、私は、あなたの言う『自由なる人』になれましたか!?私は、あなたに!心から笑ってもらえますか!?ねえ、アリー!答えてください!いつものように私に教えてください、導いてください!ねえ……!」


クリスティーヌ「どうして……何も言ってくれないのですか……?」


クリスティーヌ「あァ……そうですよね……あなたは……私が、この手で……!あ、ああ……あ……!」


クリスティーヌ「────うあああぁぁぁぁぁぁァァァァァッ!!!」


クリスティーヌが慟哭の声を響かせながら、跪く。

暗転。

しばらくの間、慟哭と嗚咽だけが聴こえてくる。






──






アルミアリヤの死体がスポットライトに照らされる。

首だけがこちらを向いている。

その顔は笑っている。


閉幕。




























────ああ。戯れに台本を考えてみたが、全く以って駄作だな。うん。つまらん。

こんなものでは、観客の心など路傍に転がる畜生の死体ほども動かせないだろう。まあ、だからと言って私にとってはどうでもいい話なんだが。どうせ"もう使わない道具"なのだからね。

それにしても、冥府というものは存外退屈なものだ。人を苛むための責め苦如き、私にとっては微風のようなもの。締切の方がよほど恐ろしいとも。

彼らは私の心がとっくの昔に破綻していることにいつ気がつくのだろうね?この世界には死後の世界も数多くある、と聞き及んではいたが……"この"冥府は少々杜撰と言わざるを得ないな。

そんな、何も苦しむことなどない"責め苦"が終われば……魂が浄化され次なる命のために『消費』されるその日をしばらく座して待ち。やがて、また同じように退屈な責め苦が始まる。いつまでもその繰り返しだ。こんなくだらない時間が続くぐらいならば、とっとと終わらせて欲しいものだ。どのみちこの魂に未練などないのでね。……もしや『退屈刑』ということなのかな?だとしたら天晴れと言う他ないな。効果覿面だとも。


ただ──もしも。もしも、かつて生きたあの世界で、あの劇団で……私に幕を下ろした彼女の『革命』よりも、さらに愉快な事態が起こりでもするならば。それは少々口惜しいとも思うかな。そんな見せ物をこの目で見られないのは、余りにも惜しい……人生の損失だとも。


















これを見ている君も、そうは思わないかい?


【終演】


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