証明なんか出来やしない
私は眼の前のどこか緊張した様子のコマタナを見つめながら、コマタナが私のポケモンになる切っ掛けになった一連の出来事を思い出していた。
ほんの一年前、相棒のモトトカゲと日課の散歩している最中に鈍らを通り越して最早ノコギリのように全身の刃を欠けさせた異様な姿をした野生のコマタナを発見し、保護する為に咄嗟にモンスターボールを投げた。
コマタナは一度ボールをぶつけただけで簡単に捕まえられる程に弱りきってしまっていた。最悪の可能性を考えると恐ろしくて堪らなくて、それに強く急かされながらポケセンに駆け込んだ。
ジョーイさんにコマタナのいた場所と体の具合を一息で報告し、早く治してあげてほしいとお願いすると、頼もしい顔で任せてと頷いてくれた彼女の手によってコマタナの傷や刃こぼれは無事完治した。
ほっと安心から息を吐いたその時に、ジョーイさんが教えてくれたことが軽く引っかかっていたのだ。
私が保護したコマタナなのだが余りにも幼過ぎるのだという。ともすれば卵から生まれてそれ程経っておらず、普通なら群れの大人たちに大切に保護されている時期の筈。
なのに一匹だけで孤立してたのは、恐らく何らかの理由で群れから追い出されたのかもしれないと。
正直“何らかの理由”が気になりはした。
が、この出来事がきっかけで私に懐いてくれたコマタナを自分のポケモンにすることに迷いはなかった。
私の手持ちのモトトカゲたちが新しく増えた末っ子に何かと甲斐甲斐しく世話を焼き、コマタナがそれを嬉しそうに享受する。こうして上手くいっているのだ。無理に過去のことを掘り返して傷付ける意味もないだろう。
共に過ごす中で度々起こる微笑ましい光景にそう思っていたのだが、こうして一年経った今、コマタナの方からロトムを通して何か自分に聞きたいことはあるかと申し出があったのだ。
折角の機会だ。ならば、と私は嫌なら話さなくていいと前置きし、どうして初めてあった時ひとりきりだったのか、あんなにボロボロだったのかを聞いてみた。
するとコマタナは拙い言葉でゆっくりと、しかし絶え間なく話し出し、ロトムがそれを追って翻訳してくれた。
「お前は変だから群れから出ていけと言われた」「嫌だと言ったら無理やり追い出されて、その時怪我したり体が欠けた」「ひとりぼっちになる前に自分の体の直し方は教えてもらった、けど」「それに使うらしい石のある場所が嫌だった」「川も石も嫌いだ」「もうしたくない」「戻りたくない」「ここにこれて良かった」
川、石、もうしたくない───────
もしかして、と脳裏にある突拍子がなく非現実的な予想が浮かぶ。
勝手に鼓動が早鐘を打ち出して、両手にじわりと汗をかく。
あれは後付けの俗説とされている。きっと考えすぎに違いない。
だが、あちらに行った記憶がない私にそれを完全に否定出来るのか。
賽の河原。三途の川の手前にあるその場所は親より先に死ぬという罪を犯した幼子の魂が辿り着く。
彼らはその罪をそそぐ為、鬼に邪魔され苦を与えられ只管石を積まされる。
「一つ積んでは父の為……二つ積んでは母の為……」
無意識に私の口から漏れていた言葉。
その続きを聞きたくないとばかりにコマタナは拒絶の鳴き声を上げながら、大きく首を横に振る。
──────それがどうにも私には、嫌だ嫌だと泣きじゃくる子供の姿にしか見えなくて。