記憶喪失レオパルド(仮) S7
窓から一番近いところにあるのはバスルームに続く扉だ。今朝の不始末が一瞬頭をよぎったが意を決して扉を開いた。手前左側には洗面台やタオルの入った戸棚があり、右側には手洗いに続く扉がある。そして正面奥にはシャワー室へ続くガラス戸があった。戸の向こうは十分な広さがあるものの、シャワーが一台備えつけられただけの簡素な作りだった。クロコダイルは夕食でも食べているんだろう。ほったらかしにされた腹いせに少しだけシャワーを借りることにした。
迂闊なことに、戸が開けられるまでクロコダイルが戻ってきていると気づけなかった。全裸を見られてもどうということはないが、さすがに気まずい。
「……帰ったんじゃなかったのか」
とりあえずシャワーを止める。身につけるものは全てクロコダイルのいるガラス戸より向こうにある。
「おれはすぐに戻るから、待っていてくれと言ったはずだ」
「あの二人に事情を話して連れ帰ってもらえばよかっただろ」
「仕事は昨日のうちに終えている。報告も明日でいいそうだ。おれはそれまでに記憶を戻したい。あんたは何か知ってるんだろう」
「さァな。そう急がずとも時間が経てばそのうち思い出すんじゃねェか?」
のらりくらりと答えるのは何かの嫌がらせか。全裸はともかく、いつまでも濡れたままではいられない。
「……わかった。勝手に使って悪かったな。敵同士だそうだが昨日から随分世話になった。さっさと出ていけばいいんだろう……。何してる」
クロコダイルは始めからコートを着ていなかったが更にベストを脱ぎ始めた。
「まだシャワーの途中だろ。猫ってのは風呂嫌いらしいな。手伝ってやるから済ませろ」
「何を……」
アスコットタイと指輪を外し、シャツとズボンだけになってシャワー室に入ってくる。右手でシャワーヘッドを持ち、鉤爪で器用にコックをひねる。
「おれより不便な片手で何が手伝えるんだ。ふざけるのも……」
「不満なら口も使ってやろうか?」
からかわれているのは百も承知だが、心臓が早鐘を打つ。身体が反応するのを隠しようがない。
全身濡らされた後、石鹸を泡立てたスポンジを手に、抱きすくめるようにして身体を撫でられる。堪えられずにその場にへたり込むも、逃がしてもらえない。しがみつくようにして抱きついてキスをした。クロコダイルの着ていたシャツはすっかり濡れ、肌が透けている。キスしながらも右手は愛撫を止めず、腹の下に伸ばされる。握り込まれ、何度も扱かれて、たまらず肩口に顔を埋めた。
おれを丹念にシャワーで洗い流した後もクロコダイルは室内にシャワーをかけていた。服はしとどに濡れ、泡や体液にまみれている。シャワーを止め、ガラス戸を開けるとタオルを引っ張り出し、おれの上に投げかけた。
「先にベッドに行っていろ」
せっかく気が抜けた身体にまた熱が戻りそうになる。立ち上がり、シャワー室を出て身体を拭く。まだ頭が状況に追いつかない。機嫌が悪いのかと思ったら、からかってきたり積極的に誘ったり……これではどっちが猫かわからない。
なんだかんだ言いながら、おれに帰ってほしくなかったんだろうか。背後にシャワーの音を聞きながら服を着て部屋に戻る。寝室で待てと言っていたが……。
→ ソファーで休む
ベッドに向かう
外の風に当たる