記憶喪失レオパルド(仮) S3
さぞかし上等のブランデーを所有しているのだろうが、どうにも嫌な予感がする。おれは記憶がないし、クロコダイルを頭から信用するのは危険な気がした。
「せっかくの申し入れだが、まだ本調子じゃないんでね……。そうだな、あんたと同じものをもらおうか。皿のものも、あんたの取った皿から取らせてもらう」
クロコダイルはしばらく黙っておれを見た後、獲物を品定めするように目を細めた。なるほどクロコダイルというのはなかなかに似合いの名だ。
「ほう……、おれと同じものを? 毒でも盛っているとお疑いかな? まァ、好きにするがいいさ……」
クロコダイルは一緒に来ていた男たちを下がらせると、棚から離れた。テーブルの横に置かれたワゴンから水差しを取り上げると、二つのコップと小皿に水を注いでいく。
「見ての通り、おれは片手がこうでな。接待するのは得手じゃねェ。毒味してほしいならお前がおれの分も取り分けてくれ」
「……わかった」
「素直じゃねェか。おれが毒を無毒化できる力を持ってたらどうする?」
……嫌なことを言う。完全にからかってやがる。
「クハハハ! そう露骨にイヤな顔をするな、冗談だ。何事も用心するに越したことはねェが、そろそろ空腹も限界だろう。食事にしようじゃねェか」
「……毒味はなしだ。おれが自分で無毒化してやるさ」
そこからは殆どヤケ食いだった。テーブルの向かい側では、クロコダイルが満足そうな笑みを浮かべつつ、上品な手際で食事をしている。おれを散々からかってご機嫌らしい。料理があらかたおれの腹の中におさまった頃、奴は口を開いた。
「おれがベッドを出た時のことは覚えているか?」
「いや……、おれが目を覚ました時にはお前はもういなかった。その時まで途中で目覚めることもなかった」
「そうか、それならいい……」
引っかかる言い方だ。しかし、昨夜のことを話題にするのも気が進まない。思い出すと身体がこそばゆくなる。あれは本当に現実だったんだろうか。夢でも見ていたんじゃないか? ハットリが小皿から水を飲むのをぼんやり眺めていると、食事を終えたらしいクロコダイルが立ち上がった。
「おれはこれから仕事があるんだが、お前はどうする?」
結局のところ毒も盛られなかったようだし、昨日から世話になっているのは確かだ。
「じっとしていても記憶は戻らないだろう。何かおれに手伝えることはないか?」
「そうだな……、いいだろう。ついて来い」
先ほどの部屋に戻ると、クロコダイルはおれが寝ていたソファーに腰掛けた。
「お前が窓を壊してくれたおかげで、この部屋は吹きっさらしだ。おれが仕事をする間、お前の体温でおれの身体を温めていてもらおうか」
→ 剃で逃げる
湯たんぽする