言葉と掌

言葉と掌



は、は…と短めの息を整えながら、ウタは倒れていくロビンの身体を咄嗟に支えようとする…が


「ぃ……」


決して力がない、だけではない理由によってズルズルと倒れていくのを止められず、せめてと仕方なく膝に彼女の頭を乗せてウタは辺りを見回した。

ロビンによるものと、自分の歌によって倒れている2人の敵である海賊……自分が意識を失った後ロビンより早く目を覚ます可能性だってあるし、そもそもあまりに能力の行使が久しぶりだから懸念材料が多い。拘束しておきたいのは山々だが今手元にそんな都合のいい道具はない。

そして皆で昼食を食べていた場所から離れた以上すぐには此処に援軍が来ない……


「頑張ってもうちょっと起きてるしか、ないかァ……いてて」


右腕の熱を感じるところに左手で軽く触れると少量だが赤がつく。やはり慌てて歌ったが引き金の方が早かったらしい。これだから銃は嫌いだ。平和を壊す音という意味では…自分とさして変わらないかもしれないけれど……

ほんの少し掠っただけだし、触れなければ痛いよりは少し熱を感じるという感覚が強い…問題はない。医者であるチョッパーにはバレてしまうかもしれないが…森の中も走ったし、その時に切ったかもしれないとか…よく覚えてないと誤魔化そう。じゃないとロビンが、自分のせいでウタが怪我をしたと思ってしまうかもしれないから。


「…というか、歌えた……へたくそになってたかもだけど…ちゃんと…」


あまりに一か八かであったが、寧ろそういう状況だったからこそ、歌い、能力を使う事が出来たのかもしれない。

改めて、久しぶりの感覚だった。視界や、それぞれの世界で聞こえるものが違うから自身が埋まりそうな情報の多さに小さい頃は泣いた事もあった…それを父親達が抱き上げて宥めてくれて、安心感に包まれて、そのまま眠りについたのだ。

きっと…もう二度とない、自分にはもうその優しさに触れる資格がない。


「……ごめんなさい」


ぽつり、零したその謝罪を受け取る人物はここには居ない。いてはくれない。会いたい…会えない……怖い。夢や幻覚の様に、あの人たちにまで化け物といわれたら、石を投げられたら、間違いなく心が壊れてしまう気がした。今の自分も中々なのは棚に上げているが……


「っ、まだ、もう少し起きてないと…」


くらりと意識が揺らぐ感覚と、泥にでも沈む様な疲労感を感じて慌てて頭を振る。分かってはいたが体力の低下が激しくて自分でも驚いている。これでも数時間なら保つ様になってただけに愕然とする他ない。

そうしてウタワールド内で少しロビンと話しながらなるだけ長く意識を保とうとして彼女の方から能力を解除して素早く彼らを拘束しようと提案された時…草木が揺れる音がして…そちらを見た。

そこには随分とボロボロにされた残党らしき海賊。二度あることは三度あると言うが流石に本当になると頭が痛くなってくる。何かをブツブツ言っている海賊を見つつ、ウタは少しだけこめかみを抑えたい衝動に駆られながら、どうしたものかと思考を巡らせた。

さらに体力を削ってでも歌って無力化するか、それともここまでボロボロなら話せば素直に投降してくれる可能性もあるかもしれないと、どちらにしても口を開かなきゃならないから、薄く口を開いた時だった…


「ば、ばけもの…!」


ひゅ…と、空気が途切れる音が近くからした。刹那、彼は鋭い斬撃により吹き飛ばされる。


「ち、港に行こうとしたはずなんだが、アイツらの案内は分かりずれェ……まあ、ちょうど良かったか」


自身の方向音痴を棚に上げつつ、ウタとロビンの方に目をやるゾロはそのまま歩いて近寄る。ロビンの意識が無い様だが、怪我がある様子もないなら問題ないだろう。


チラと目線を横にやれば可哀想な程顔を腫らした男、とロビンと同じく怪我は無いのに意識を失っている男……そして何か様子がおかしいが、普通に起きているウタを見て、ゾロは冷静にウタの能力か何かかと判断したのだ。


「おい、こりゃお前がやったのか?」


だから、気軽に聞いたつもりだった。


「ぁ…ち、が……」


瞳が大きく揺れた時、対応を間違えたと思った時には遅かった。

【お前がやった】と何度も幻覚や悪夢に言われ続けた。普段なら決して気にしない。ちゃんと対応だって出来た…だが直前に聞いた言葉が悪過ぎたのだ。

その目はゾロを見失い、何か別のものに怯え始めた。声をかけようとしても耳を塞ぎ何かから自分を守ろうとする様に蹲るウタに混乱するゾロの元にチョッパーに乗ってナミとチョッパーがやってきた。


「ゾロ!!アンタ少しはまともに走れないの!?なんで港が目の前に見えてるのに逆走出来るわけ!?」

「うるせェ!!というか今それどころじゃねえんだよ!!!」

「!!…え、ウタ!?ロビン!?」


気付いたナミがチョッパーから飛び降りて駆け寄る。

チョッパーもまたロビンの様子を確認するが、眠っているだけだとすぐに分かり、ウタの能力にやるものだと理解した。


「ウタ、どうしたの…!?」

「ち、が…やめ、やだ……」


ナミが肩に手を置いて声をかけても、様子は変わらない。違う、嫌だ、そんなつもりじゃ……そんな言葉を繰り返してはカチカチと歯が合わずに鳴る音が響いて、時折何かに耐える様に強く目を瞑る。


「ひゅ、げほっ…ヒュー…ッ、は、ひゅ…ひッ…はぁ…っ……ひ、ぅ…カヒュッ…」

「!チョッパー!」

「幻への恐怖で過呼吸になってるんだ…!なんとか落ち着かせてあげたいけど…」


呼吸の指示をしたくても、それを掻き消す程の幻聴に苛まれてこうなっている状況にどうすればいいか分からない。

これ以上は咳きこんだりしたことでウタ自身の喉を傷つけてしまう。


「ひゅぅ…ッ…ヒッ……ァ…ヒュー…ケホッ…」

「ウタ、お願い落ち着いて…!」

「…なんだ?ウタのやつどうした?」

「ルフィ!!」


ゴムの身体を利用して何処からか飛び上がって着地する様にやってきたルフィにチョッパーやナミ、ゾロが顔を向ける。

その中心で、苦しそうに呼吸をしながらもその合間に誰へ向けたものか分からない謝罪を繰り返すウタにルフィは近寄る。


「なんとか落ち着かせてやりたいんだけど…おれ達が見えてないみたいな…」

「そっか、教えてくれてありがとうチョッパー。ロビンは?」

「多分、ウタの能力で寝てるだけだ…あっちの海賊も」


分かった。と簡潔に返事をしたルフィはウタの前に膝をついて耳を塞いでいる片手を怪我をしない様に掴み、少し退ける。抵抗されるが変わらず弱いものだ。逆に怪我をさせたりしない様に注意しながら空いているもう片方の腕でウタを抱きしめながら背中を叩く。腕をどかした方の耳に、届く様にハッキリ話す。


「大丈夫だぞウタ〜」

「っ!!」


びくりと、大袈裟な程肩を刎ねているウタを気にすることなくルフィは続けた。ちゃんと聞いてもらう為にも。


「お前は悪く無いぞ、ロビン守ろうとしたんだよな?ありがとう」

「怪我、痛いだろ、おっさんの所に帰って手当うけて休もう…大丈夫、大丈夫だ」

「誰もお前を責めちゃいない。泣かなくていいし、謝んなくていい……」


この状態の彼女を見るのは、初めてじゃ無い。それは辛い事だけど、おかげで少しは冷静に対処出来ている。


「お前が優しいやつなのは小せェ頃からよォく知ってる…!よく分かんねえマボロシなんかよりぜったいだ…!!」


いつの間にか抵抗が少しずつ減り、力が抜けたかルフィに凭れ掛かる様に動かなくなるウタに、彼女の呼吸が落ち着き、体力が底をついて眠りにつくまで優しい言葉をかけ続けた。

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