『触診』初日2/2

『触診』初日2/2



 死の外科医と呼ばれた男──トラファルガー・ローは、今回の触診に関し、最初はゴム手袋の装着も検討したが、細かな判断の妨げになる可能性を考慮し、爪を短く切り消毒した素手で行うことにした。

 部屋のベッドに腰掛け、穴が更に開くほど見つめようが何も変わらぬ桃色の肉の塊を片手に、ひとつ、スウっと深呼吸をし、思いっきり吐き出す。そして、覚悟を決め、裂け目へと人差し指を中への挿し込んだ。

「ヴッ……」

 本来それがあるはずの自身の股の内部を、今まで味わったことのない、何とも例え難い感覚が襲う。いわゆる“ハジメテ”な女への挿入は前戯など事前準備が必須であることくらいローも知っていたが、これは別に性行為ではない、単なる触診なのだ。しかし、この狭さでは流石にいくらか解す必要があるだろう。仮にもデリケートな部位なので傷がつき雑菌が入るような真似は憚られるが、痛みの類いには商売柄人一倍慣れている身だった。即座に終わらせる為にも、出来るだけ強く掻き回すことにする。

 肉の壺が、少しでも広がるように。何も考えないように、何もかも無視するようにして。──そして気がつけば、ピチャリピチャリと水音がし出していた。

「ッ、アッ…?」

 簡単な拷問をしているくらいのつもりで無心に徹していた中、聞き慣れぬ水音を耳にした途端にはっきりと覚醒する。股のくすぐったさを無視して音の出処を探せば、目線の前からしていた。そして、余裕が出てきて3本へと増やした指へ、確かに湿り気がまとわりついていることにも気づいた。

 濡れている。特に快楽を拾う為のやり方をした覚えもないのに、今まで自分が抱いた女と大差なく、少し粘り気のある無職の液体が垂れ出すほどに、濡れている。この時ふと、何時ぞやの酒の席で『女は男より感じるらしい』などとクルーの誰かが言っていたことを思い出した。また、元より自分という男は、そこらの女よりは余程頑丈で痛みにも強い。つまりは単純なことで。

「まァ、好都合、だ、ろ」

 けれども本人の意思に反して、吐き捨てるだけのつもりだったつまらない言葉も、熱が篭った息も、その口から漏れたものは、微かではあるが確かに震えていた。その驚愕を振り払う為にも今の具合を確認しようと意識を向ければ、指が入ったそこは、キュッと締まる、締め付ける。ただでさえ冷静さが欠けている中、突然の肉壺の反発に軽く混乱してしまい、より息が荒くなる。再び秘所を拓く為、より力強く、奥深くへ指を挿入しようとし。

「ア゛、ア゛ッ…?」

 そして、人差し指が、“何か”へ押し潰すような形で掠めた。

 最大級の違和感を感じさせた“何か”を、見逃すことはできないと言わんばかりに集中する。触れる度、擦る度、『ここはダメだ』という警告と『すごくイイ』という誘惑が、脳裏に何度も浮かぶ。性器だけでなく、胸も心臓も痛くて苦しい。それでも、理性は何か追い求めるべきものがあるのかもしれないと囁いて、本能は単に貪ろうとしたので。


 ──心臓が跳ねた。


 脳内を光が走り抜けたかのようにチカチカする。思考がまとまらない。情け無い声さえ出ず、呼吸ができているわけでもないのにハクハクと口を閉じ開きし、それは溺れてしまって只管空気を求める人間に似ていたかもしれない。全身からくたりと力が抜け、暫く何が起こったかわからなかった。

 途轍もなく長く感じられた時間が経ち、思考が定まってきた中、ローは漸く理解した、理解してしまった。


 自分はまるで女の様に、ナカでイったのだ、と。


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