『触診』初日1/2

『触診』初日1/2



 兎にも角にも診察をしなければならない。

 ポーラー・タング号の一室にて苦々しげな表情を浮かべた男──トラファルガー・ローは、医者である。本業は海賊だが、二つ名においても外科医と呼ばれ、かつては医者の家で生まれ育った、オペオペの実現保有能力者である。

「…“ROOM”(ルーム)」

 能力を展開し、全身とその周囲が薄い膜によって覆われた。

「“スキャン”」

 あの後トイレから出てクルー達に会った際、動揺を僅かとはいえ隠しきれなかったらしく、彼らから非常に構われた。うざったらしいと一蹴した自分に対し、いつもキャプテンは1人で無茶するからなんて理由で付き纏ってきたが、心当たりはそんなにない。去り際に何かあれば頼れなどと言われたものの、今回は1人で対処するしかない案件である。

「…やっ、ぱ、り」

 その言葉通り、『やっぱり』ではあるのだ。ただあまりの事態に認めたくなくて言葉にしづらいだけで。

「いや、いや…流石におかしいだろ」

 覇気によって病を弾き飛ばした結果、無事に髭が生え胸は引っ込み、下履きさえ脱がなければちゃんと男の肉体をしている。ローと同じく感染したクルー達にも、このような不調を訴え出る者はいなかった。

「ッ、“メス”!」

 半ば自棄になって自身の下半身へと向けたのは、かつて敵対した海賊達から心臓を抜き出す際に多用していた技である。それはまさしく臓器を切り取り出す『メス』であり、つまるところ心臓以外を抜き出すことにも使えるわけで。

 トラファルガー・ローは、“それ”を見て息を呑んだ。

 そうして取り出したものは、間違いなく子宮であったのだ。その風貌に馴染みがあるようなアブノーマルな日常は送ってないが、クルーに女もいる以上、本の中で絵や画像を見た事は数え切れないほどある。

 つまるところ、自身がトイレ内で確認し、その指で触れたのは、一般的に、まんこ、秘部、秘所、女陰、ヴァギナ、スリットなどと呼称されている部位であることが判明した。同時に、他の肉体的特徴がどうであれ、少なくとも自身は不完全な完治状態であったと証明されてしまったのである。あまりのグロテスクな惨状に目を背けたいが、医者としてのプライドが診察の放棄など許さない。

 軽い頭痛と吐き気を堪えながら、負けてなるものかと意地によってしげしげと眺める。このローという男、別にいかにも海賊といったような下世話な連中のような真似こそしたことがないが、流石に26にもなってその手の経験がないわけではない。しかし、かつては恩人の本懐だの四皇撃破だのばかりに目を向けており、そこまで色事を好んでいたわけでもない為、商売女を買った程度の経験しかなく、故にここまで鮮やかな色のソコを見たのは初めてのことである。きっとこれを何も知らない医者が見たならば、『健康な生娘のもの』とにこやかに断じただろう。最も、成人男性がイチモツの代わりに備えている時点で健康もクソもないが。

「どうする、血液検査でもするか?いやそんな真似してあいつらに嗅ぎつけられたら面倒だ」

 舌打ちもせんばかりの顰めっ面でぶつぶつと独り言を呟く男にとって、この件をクルー達に知られたくないのは別に信頼がないからではなかった。いくら船長が美女化して呑気にはしゃいでいた野郎共であろうと、船長がこんな状態に見舞われたところに無体を働く心配もなし、身内間のみであれば周知させることにも嫌悪感自体はない。ただ、こんな程度のことで彼らに気を遣われるのは不満だっただけだ。

 一旦自力で出来る範囲のことをしたい男が選んだ次なる手段は、単純であり古くからの手法でありながら現代でもなお多用される、『触診』であった。


Report Page