触媒は(物に寄るが)必ずしも御目当てが喚べるとは限らない
『素に銀と鉄 礎に石と契約の大公 降り立つ風には壁を 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ 』
“意識”が浮上する
漠然と『喚ばれた』のだと理解する。
『閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
繰り返すつどに五度 ただ、満たされる刻を破却する 』
魔力が、繋がる。
徐々に身体が造られてゆく―――
『――――告げる 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ 誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者 汝三大の言霊を纏う七天、 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!』
さて…“今回の”マスター(人間)は一体どうやって『触媒』を手に入れたのかを“ちゃんと”問わなくてはならない……。
間違いの可能性だって捨て切れない。
だから“今回も”挨拶と質問をするべきであろう。
今までも“そう”してきたのだから―――
「おう、ビーマだ、よろしくな。いや、最初ぐらいはきちんとしねぇと駄目か?兄弟たちが見てるかもしれんしな。
……私はパーンダヴァ五王子の一人にして風神の子、ビーマ。貴殿の力となるべく参上した。以後よろしく、たの……む?」
元来、呼び出された英霊の目の前にはマスターとなる魔術師が居る。
稀に魔力供給の為として他の人物が居たりするが、何故かビーマの目の前には誰も居ない。
「(そんな事有り得るのか?……いや、パスは“繋がってる”)」
間違いなくビーマにはマスターが存在する。
が、……何故か当の本人が見当たらない―――
「……じゃ、ない……」
「あ゙ぁ゙?」
不意に小さなソプラノの声がし視線を下げると 魔法陣の前にぺたりと座り込んだ可愛らしい幼女がいた。
「……は?」
もう一度言おう、可愛らしい幼女がいた。
サラサラとした艶のある髪、クリクリとした澄んだ瞳、陶器の様でやらかそうな肌。
彼女が身にまとっている服も愛らしくよく似合っており両親から確かに“愛情”を受けて育って居るのが分かる……
―――で、なんで子ども???
「お姫様じゃ、ない……」
「はい??」
素っ頓狂な声が出たが許して欲しい。
何せ幼女に唐突に『お姫様』とか言われたら誰だってそんな声が出る。
つーか出ない奴(サーヴァント)が居るなら是非とも目の前に連れてきて欲しい。
「あー……えっと、お前が俺を“喚んだ”って事でいいのか?」
幼女を見下ろしながら問いかける。
が……
「ふっぇ……」
「はぁ?!ちょっ!?」
「ゔぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ん」
絹を裂くような泣き声、幾らサーヴァントとは言えど たまったもんじゃない。
「マスターで良いんだよな?!ちっとばっか落ち着こうぜ?な!」
「お姫様゙じゃない゙ぃ゙ぃ゙」
まるで火を付けたかのように泣き叫ぶ幼女にビーマも困り果てる、 脳内の兄弟が首を横に振り『早く泣き止ませた方がいい』と急かす。
分かってる、分かってはいるが……泣き止ませるってどうしたらいいのか分からない。
『貴様はグリズリーと子リスとの比較も出来ん程の大馬鹿なのか?』
不意に“アメジストの様な髪をした女”が冷めた目で此方を貶してくる―――
『飽きれてものが言えないとはこの事だな、コレだから森暮しの野蛮な野生児は……
やたらと周りを威圧するその馬鹿みたいな巨体を1度窄めたらどうだ?
まぁ、脳筋の貴様にそんな繊細な事が出来るものならな』
そう言って“女”はビーマを嘲笑う。
「(クソが)」
“女”に向かって盛大に舌打ちをしたい気持ちをグッと飲み込み、精一杯身体を屈めて泣く小さな幼女へ優しく、壊れないよう、慎重に……
花に触れるようにそっと抱き上げる―――
グズグズと未だに泣き止む気配の無い幼いマスター(仮)
「(いや、この状況で(仮)でもねぇとは思うんだがなぁ……)」
十中八九でこの腕しかも片腕にすっぽりと収まる程の幼い女の子がマスターだ、魔力のパスも“繋がっている”ので間違いない。
だが話しかけても「お姫様じゃない」だの「お話したかったのに」「私のお姫様」だのこの調子で会話がままならない。
生前は妻が居て子どもだって当然居たが、如何せん男児であった為女児の扱い方など分からない、分かるわけが無い。無茶を言うな。
「(『お姫様』って誰だよ……)」
あくせくしながらも必死にあやしていると、魔法陣の中心に大切そうに置かれたナヴァラトナのリングがビーマの目に入る。
「(あぁ…“コレ”で喚んだのか……)」
リングにあしらわれた9つの宝石は永い月日が経ってもキラキラと美しく輝いてる――
あの宮殿も、あの部屋も、あの品々も…
“あの女が所有してたモノ”はあの日から全て“ビーマのモノ”になった。
だったら――
「(だったらコレも“俺のモノ”だよな…)」
さも当然の如く、其れが当たり前の如く。
ビーマがリングに触れようとした時――
「「何事?!」」
ドアを蹴破る勢いで2人の男女が雪崩込んだ。
「「「…………」」」
「「誰!!??」」
うん、まぁ……そうですよね……
「ゆ……誘拐?」
「違います、サーヴァントです。」
とんでもねぇこと言われた……
『召喚されて早々にマスターに本気で泣かれ、終いには誘拐犯と間違われるサーヴァントなんぞ早々に居らんぞ?
サーヴァント界初ではないか??
よほど貴様の顔は極悪人面だと認識されたのだろうなぁ〜』
“女”が腹を抱えて涙を流しながら笑っている。
「(黙ってろクソ女)」
ビキリと青筋が立つのがわかるがソレを気付かれないように佇まいを直す。
「パーンダヴァ五王子の一人にして風神の子、ビーマ
俺はこの子に喚ばれたサーヴァントだ」
「サーヴァント?!」
「聖堂教会から何も聞いてないわ……」
オロオロとしだす男女に違和感を感じる。
「『聖杯戦争の為』に俺を“喚んだ”のだろ?」
あらゆる願いを叶える聖杯(願望機)魔術師もサーヴァントも『聖杯』を狙っている。
己の願いを叶える為にありとあらゆる方法を使い手段を選ばず、殺し合いまでする程に手に入れようとするそれが『聖杯戦争』の筈だ。
「確かに、《聖杯戦争はある》が、あいにく我々は何も知らない」
「は?」
「更に言うと『聖杯』に不具合を見つけたらしくて…《聖杯戦争は始まってもない》し、《聖杯戦争がいつ再開するのかも分からない》。
其れが、我々が『分かっている』って事だけだ。」
「はぁ?!」
「えっと……ごめんなさいね?」
「あ、いや……大丈夫だ……こっちこそすまねぇ」
申し訳なさそうにする男女になんとも言えない気持ちになる。
『暴れるなよゴリラ』
「(誰が暴れるか!ホントに黙ってろ!!
いちいち突っかかって煽って来ないと気が済まないのか!テメェは!?)」
暫くの沈黙がとても辛い。
「……とりあえずお茶にしますか?」
「あぁ、すまねぇな……ところで、アンタら“これ”何処で手に入れたンだ?」
「あぁ…これは…… 「めっ!それはお姫様の!!」
一応確認としてリングの“入手方法”を聞こうとしたら 小さな手がぺちぺちと頬を叩かれた。
「こ、こら!駄目だろ!?その人は偉い人なんだから!」
真っ青になって男が慌ててビーマをぺちぺちと叩く幼女を止めるが、
「イヤッ!!私のお姫様のものだもん!!」
ビーマの腕の中を反り返って静止を拒絶する。
「だから誰だよ…その『お姫様』って奴は…」
うっかり落としてしまわない様にでも、潰してしまわない様に腕の中で暴れるマスターを抱えビーマはそう呟くしかなかった。
さっさと座に還りたいとこれ程強く思った事は無い。
リングの事は念入りに言えばこの人の良さそうな彼らは約束を守るであろう。
そうだ、そうしよう……。
「お父様の嘘つき!嫌い!!」
「ぐはっ……」
「ちょっと!しっかりしなさい!!」
「お母様ぁぁ!私のお姫様がぁぁぁ!!」
「え?!お姫様?!」
「お姫様といっぱいお話したかったのにぃぃぃ」
ただビーマには分かった事がある
「(とんでもねぇ所に喚ばれちまったな…)」
誰がどう見ても修羅場の中遠い目をしたビーマはそう確信しのであった。
余談だが幼い彼女が泣き止むのに1時間近く掛かったそうな……。