触れて、探って

触れて、探って


「あ」

「どうした?」

貸りてた漫画を返しに来た、と言って家を訪ねてきたクロコダイルさんを部屋に上げ、そのままやれ外が熱いだの新発売のポテチがあるだのお互いに口実をこね回してずるずると過ごしていた休日。

なにか暇をつぶせるものはないかと開けた引出しの奥からずいぶんと懐かしいものが転がり出てきた。

「ハンドスピナーが出てきましたよ、昔流行ったの覚えてます?」

中心に仕込まれたベアリングによって少しの力で長時間回転するおもちゃ。単純な構造だがそれゆえに人の心を掴んだのか、いっとき爆発的に流行した。おれも親にねだって買ってもらったクチだ。

安物のそれはしばらくの間おれの退屈を蹴散らしていたものの、一年もしないうちに飽きてそれ以来回すこともなくなった。てっきりなくしてしまったものとばかり思っていたが、何の因果か再びおれの前に姿を見せている。

「楽しいのか」

「当時は四六時中回してましたね」

やってみますか?と渡してみると、クロコダイルさんはそれを受け取って自分の指で回し始めた。本人に知られたら機嫌を損ねそうだが、こうやって勧められたものを素直にやってみるあたり可愛げがあると思っている。

ハンドスピナーはしばらくの間なめらかに回り続けていたが、一分もしないうちに止まった。

「つまんねえ」

かつて大流行したベアリングの回転も、七武生のお眼鏡にはかなわなかったようだ。

クロコダイルさんは頭の良い人だから単調なおもちゃは好みに合わないのかもしれねェな。難易度の高いゲームとかの方が熱中しそうだ、たぶん。

「そっすか」

突き返されたそれを指に挟んで軽く回す。記憶よりは滑らかさが失われているものの、久しぶりにやってみるとそれなりに楽しい。

回転とともに当時の記憶が蘇ってくるようだ。クラスメイトと回転記録を競ったりしたっけな……

学校に持ってきて先生に没収されて泣いてるやつもいたな……

「おい」

「なんすか」

「そんなに楽しいか?それ」

「まあそれなりに」

10個くらいコレクションしてるやつもいたんだよな……あいつ今頃何してっかな……

あと指の上で回す派と机に置いて回す派がいて……

鼻の上とか足の上で回すやつも出てきて……

「おい!!」

突然ハンドスピナーが消えた。まあ正確に言えばひったくられたのだが。

「なんすか」

クロコダイルさんの眉間の皺が妙に深い。おれなんかしたかな。

「……そんなに楽しいかよ」

「……ええまあ、それなりに」

「先輩と話すよりもか?」

「いえ、そういう訳じゃ……」

『なんかした』ではなく『なんもしなかった』ことで機嫌を損ねたらしい。

クロコダイルさんの機嫌を直すのは……まあバナナワニの話をねだるのが手っ取り早いが、一対一の会話でいきなりペットの話題はどうしても不自然さが出る。どうしたもんか。

などと考えているうちにハンドスピナーはシャツの格子模様をすり抜けてずぶずぶと砂に吸い込まれていった。えっ?

「ちょ、何してるんですか」

「没収だ」

「いやそれ金属製なんでそんなとこしまわれたら困りますよ」

「そんなとこたァ何だ!」

「いま腹んとこ砂にして中にしまいましたよね!?あんたいつから猫型ロボットになったんですか!?」

「ありゃ腹に直接しまってんじゃなくてポケットに入れてんだろが!!」

ああ言えばこう言う。ついでに論点もズレる。

この際ハンドスピナーは返してもらえなくても別にいい。が、少なくとも腹の中からは取り出してもらわないとまずい。食べ物でもないものを腹にいれちまってこの人に何か起きたらなんて考えたくもない。

「とにかく今しまったもの出してください!」

「嫌だ!!」

「駄々こねないで!!」

「あっ、オイ!」

こうなったら力づくだと、押し倒して腹に手を突っ込んだ。

公園の砂場よりもいくらか粒が細かく、それでいて温かい不思議な感触。右に左にかき回すがそれらしい手ごたえはない。このへんじゃねェのか。もっと下か?

「やめろ、やめろって!」

「暴れないでください!」

じたばたと抵抗する身体を床に縫い留める。

砂がすぐ元の身体に戻ろうとするものだから探すのはほとんど手探りだ。払っても払ってもキリがなく、手に絡みついてくるようにすら思える。

「……あった!」

砂とは明らかに違う固い手ごたえ。ついに目当てのブツが見つかったと引き抜けば、それはたしかにハンドスピナーだった。

とりあえずこれでひとまずの心配はなくなった。あとはクロコダイルさんの機嫌をどう直すかだが、一発殴られるぐらいは覚悟しておこう。一発で済めばいいな……

などと考えつつクロコダイルさんの様子を伺えば、ずいぶんと荒い呼吸をしている。

おまけになんだか顔も赤い。それも怒って血が上っているというよりも、もっとこう、別の……

「ダズ……この野郎……!」

そうやっておれを呼ぶ声もなんだか震えている気がする。

もしかして。

おれは。


とんでもないことをしたのでは?


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