親愛なる貴女の傍に
『───っすか!?──かり───すよ!』
声が、聞こえる。
『もう心配無─────、後は任──────っす!』
よく聞いた声だ。憧れの声だ。ずっと聞いていたい声だ。
『もうすぐ、救護──団が来──、それまでそ──大人しく──ててくださいっす!』
遠くて、眩しい、私達の居る場所の数段上に居る貴女。
追うことを辞めればその背を見る事も叶うまい。
でも、でも、私達はそんな貴女が恋しくて堪らない。諦め切れない。
「待っ・・・・・・、・・・うか、どうか・・・・・・・・・」
だから、願わずにはいられなかった。
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「ううぅぅ…頭が、痛いよぅ…!砂糖、砂糖が欲しい…!」
「後生ですから…!砂糖をくださいぃ…!」
「何で砂糖がダメなんですか…?あんなに気持ちいいのに…」
呻き声が、あちこちから聞こえてくる。
イチカ先輩達に救護騎士団へ送られた私達は、”砂漠の砂糖”の離脱症状に悶え苦しむ。
脳をヤスリがけされているかの様な、血管を無数の蟲が這いまわる様な不快感を感じる。
だからこそ、欲してしまう。あの焼けつくような快楽を。全ての苦しみから解放される爽快感を。
気分は昏く、何一つ行動を起こす気にもなれない今この瞬間にも、身体は砂糖を欲している。
溢れ出る渇欲で占有された頭に、なんてことの無い誰かの言葉が、いやに響き渡った。
「…イチカ先輩達は、砂糖を食べてないからわからないだけじゃないの?」
瞬間、思考は回る。自分達が望む様に。自分達に都合のいい様に。
故に皆の答えは簡単に一致する。
「…そうだ。」
一人が同意を示し。
「そうに違いない!」
また一人が強く賛同し。
「「「砂糖を食べれば、わかってくれるはず!」」」
私達は理性無き獣と化す。
その身を堕とした果てに思い至った、最悪の選択を胸に秘めて。
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「ありがとうございました、イチカ先輩。」
「これくらいお安い御用っすよ。またいつでも言って欲しいっす。」
相談を持ち掛けてきた、自分を慕ってくれている後輩達の一人に私は微笑みかける。
保護した時、彼女達は”砂漠の砂糖”に手を出してしまっていた。
そして今、砂糖を断たれたことによって引き起こされる離脱症状に日々苦しんでいる。
理由はわからない。聞かないのは聞くべきでないと思ったからだ。
自分から話してくれるその時を、寄り添いながら待つ。
それが最善であると、何となく、そうするべきだろう、と感覚で実行する。
「落ちこぼれな上に、砂糖にもやられた私の相談を受けてくださるなんて…」
「やっぱり先輩は、私なんかと違って凄いですね…。」
「こ~ら、またそうやって卑下しない。」
「ゆっくりで良いから着実に、出来ることを積み重ねて成長することが大事なんすよ。」
普遍的で、誰にでも思いつくであろう助言を尤もらしく送る。
私はいつもこうだ。何となくでやってみて、気づいたらそれなりにできている。
だから今の私は実感こそ無いが、良い先輩として振る舞えているのだろう。
そんなツマラナイ自分に辟易する。
「すみません…先輩、最後に抱き締めてもらっても、いいですか?そうしたら私、また頑張れる気がするので…」
「ふふっ、いいっすよ。はい、どうぞ。」
そう思うと目の前の後輩が少し羨ましく思えてくる。
彼女は自虐の通り、訓練でもそこまでの成果は出せていない。
だが、出来ないなりに工夫を凝らし、周りの子達と協力し合い、必死に成果を出そうとする子だ。
本人にとっては全く良くないだろうが、自分に無いその必死さが少し羨ましく思えてしまった。
そんな事を考えていたからだろうか。
「…ごめんなさい先輩。私、やっぱり先輩達みたいにはなれないと思います。だから…」
「…ッ!?なん、すか…!?これ、注射…!?」
背中に感じたチクリとした痛み。
そして何か、燃え滾る様に熱く、凍てつく様に冷たいものがじわりと広がる感覚を覚える。
「先輩達にも、私たちと同じ場所まで、堕ちてきて欲しいです…♡」
必死にならざるを得ない状況が、ツマラナイ私に訪れた。
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「はぁっ…!はぁっ…!」
「あははっ、イチカ先輩見〜つけた。先輩に教わった捕物のやり方通り、上下階までしっかり包囲済みです。」
「そんなフラフラの状態で、無理してお逃げにならないで下さいよぉ。怖くないですから♪」
「何でこんな事を…!?"砂漠の砂糖"は、貴女達をも苦しめている悪なんすよ!?」
嗚呼、血相を変え、取り繕う余裕を微塵も感じないその姿。
いつも見ていた自分達の他にも、ましてや、ゲヘナにまで向けていた美しい微笑みはどこにも無い。
快楽に抗おうとして苦痛に歪む、誰にも見せたことが無いであろうその表情を、私達は独占している。
その事を実感すると、とても下腹部が熱い。私達は今、有り体に言って興奮していた。
そしてイチカ先輩の問いに、深く考えることなく、思いつくままに答える。
そう、理由なんて最早、どうでもいいのだ。
「ええ、ええ。わかっています。先輩達にとって悪であることは。」
「でも、一つ違います。あの砂糖は、幸せなんです。」
「今の先輩の頭、ふわふわしてとっても心地良いでしょう?」
「何を言って…!?」
困惑するイチカ先輩に包囲した皆で歩み寄りながら、代わる代わる告げる。
打ち合わせをしたわけでもないのに、各人から放たれるその言葉は一つの文章を成立させていた。
「先輩達は砂糖を知らないから」
「悪と決めつけてしまってるんです。」
「私達と同じ所まで堕ちて」
「それでもと言うのなら」
「また仰ってください。」
「ひっ…!こ、来ないでっ、きゃあっ!」
皆の手が伸び、腕を脚を、翼を、腰を捕まれ組み伏せられるイチカ先輩。
口癖も忘れるほど追い詰められ、女児の様に恐怖し、怯えて竦む。そんな姿もまた、愛おしい。
こうして良かった、と心からそう思っている。
今私が着ているこの正義実現委員会の制服が意志を持っているのならば、間違いなく涙していることだろう。
だが私達は止まらない。
「皆、しっかり抑えててね。」
「あがっ!?やら、やえへぇぇぇぇぇぇ!!!」
顎を掴み、無理矢理開口させる。
先輩は誰にも渡さない。どこにも行かせない。ずっと私達と共にいるべきだ。
でも先輩は私達よりも高みに居て、その歩みは速い。
ならばどうするべきか?
「幸せを、召し上がれ♡」
私達と同じか、それ以下にしてしまえばいい。
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「はぁい先輩、今日のお注射の時間ですよ~♡」
「注射はぁ・・・だめっす・・・だめ・・・いやぁ・・・」
ぼんやりと映る視界にはあの後輩達の姿が常に映る。
一人が去ってもまた別の一人が戻ってくる。そして私に何かをする毎日。
今はその手に持っているものを認識し、またあの注射を打たれる事を悟る。
だから私は拒絶の意を示した。
「見て見て!こんな蕩けたまま嫌がる顔!超レアじゃない!?」
「イヤイヤ期なのかな?」
「ふふふっ、随分遅いイヤイヤ期ですね、可愛い♡」
「でも身体はしっかり欲しがってるみたいですねぇ。」
見れば私の口からは涎がだらだらと垂れ、その腕は注射器に手を伸ばしていた。
何と浅ましいのだろうか、私は。
「あ、身体拭くの忘れてましたね。」
「はい、腕上げて~・・・脚開いて~・・・。」
彼女達からは敵意も、害意も、悪意は感じない。あるのはひたすらに愛情だった。
彼女達に囲まれて過ごしているが故に、身の回りのことは全て彼女達が私の代わりにしてくれている。
今もそうだ。仰向けに寝かされ、手から脇、脇腹や、汗が溜まりやすい胸の下、内腿に股間までを、温かい布で優しく拭き上げられている。
「ふっ・・・ぅ・・・ん・・・♡」
「身体拭かれるだけでそんな声出しちゃうなんて・・・イケない先輩ですねぇ♡」
こうして砂糖漬けにされてからというもの、痛覚は大幅に鈍くなっている。
しかしその反動なのか、全身の感覚は砂糖摂取時の快楽と結びつき、こうして拭かれるだけでとても気持ちが良い。
激しく擦られれば嬌声を上げてしまうほどだった。
「さて、これで綺麗になりました。」
「気持ちよぉ~く、おバカになりましょうねぇ~。」
「どんなになっても貴女には私達がいますから、怖くないですよ。」
「腕伸ばしてくださいねぇ。」
「や、め・・・へぇ・・・」
ああ、また身体に針が深く刺さっていく。皮膚と肉を裂いて針は進む。
針から砂糖入りの薬液が体内に流れ込む。打たれたところからの広がりを感じて───
「ぎぃ…う!ひ、ひ、気持ひ、いぃぃぃぃ~・・・!」
強すぎる快楽に目の前が真っ白になる、
そうして私は口に甘いものを入れられ、これまた甘い飲み物で流し込まれていることを感じながら眠りについた。
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「うひぅ…えぁー…」
「イチカ先輩ったら、また涎垂らしちゃって…ゆるゆるのお口、可愛いです。」
「ご飯もロクに噛めないなんて、手のかかる先輩ですねぇ♪」
「は~い、イチカ先輩、おやつの時間ですよぉ。あむ…んむ、ん…」
「あい、こっひむいへふはは~い。」
「うえぅ…やあぁ…んむぅ」
「えう、ん…んぶぅ…んぐっ、んぐっ…っはぁう…♡」
「…え、ひひっ。ひひひひひ…」
「っぷはぁ…ふふっ、イチカ先輩、美味しいですね♡」
「イチカ先輩は赤ちゃんみたいに、なぁんにもできないですねぇ?」
「でも安心してください。私達はそんな先輩を決して見捨てません。」
「貴女が私達に寄り添ってくれた様に、私達は貴女と一緒です。」
「だから、私達とどこまでも沈んでいきましょう。先輩♡」