見た目だけなら百合

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「──チェックメイト。これで貴方の負けですね。立香」

「……はい」


冬の女王は駒を弄びながら艶然と微笑む。モルガンが圧勝しているチェス盤を前に、オレは小さく肯定を返す事しか出来なかった。

時折モルガンとこのように卓を囲うようになったのも大分経つ。ただ、何せ女王陛下なだけあり遊びも何というか、教養に溢れるようなものばかりで、オレにとっては分からない事だらけだった。今回のチェスもそうだ。チェスをやるのは初めてで、と素直に言うと、モルガンは淡々と、しかし丁寧に遊び方を教えてくれた。それでいざ実戦──となったわけだが、まあ勝てるわけなどなく現在に至る。


「では、立香。『負けた方はなんでも言うことを聞く』という先程の約束──忘れていませんよね?」

「それは、もちろん」

「よろしい」


満足そうに頷くモルガンに、猛烈に嫌な予感がした。いや、でもそう無体なお願いは……ない、と信じたい。


「貴方の旅路を記録で見ました。そのなかで、少し気になる記録がありまして。そう、新宿亜種特異点での記録です。……私もあのように立香を飾り立てみたいと」


いつも冷静なモルガンには珍しく、何故かうろうろと目線を彷徨わせている。伶俐な目線に僅かに甘さが混ざり、白皙の頬がうっすらと薄紅色に染まる。あ、やばい。嫌な予感が的中した。そこで、オレは先手を打つことにした。先手必勝。兵は神速を尊ぶ。素晴らしい格言だ。


「お、お言葉ですが、陛下! 身長172cmの男の女装など見ても楽しくないと思います! あと自分そこそこ筋肉とかもついていて……!」


言えた! 言えたぞ! 心のなかでガッツポーズを決める。が、モルガンはといえば、わずかに拗ねたような表情で「陛下ではなく、モルガン、です」と口にするだけだった。


「それに、リツカ。貴方、私と身長が2cmしか変わらないでしょう。それに体格だけならバーゲストに敵うものもそうそういません」


思わぬ角度から飛んできた正論パンチにノックアウトされ、オレは項垂れた。今ここにオベロンがいたら腹を抱えて大笑いしているに違いない。


「それに貴方は約束を違えるような人間ではないと……私は知っています」


微笑みながらトドメにそう告げられてしまったら、もはや従う以外の道はオレに残されていなかった。


異様に準備のいいモルガンから手渡された服を見たオレの脳裏に浮かんだのは、worst embarrassing moment make again.そんなフレーズだった。


シンプルな白い長袖ブラウスに、胸元に可愛らしい青いリボンがあしらわれている。幸いにもナーサリーやエリちゃんのようなフリッフリのドレスなどではなく安心したが、それでもだいぶキツイ。ブラウスに合わせるシンプルなロングスカートは、目が覚めるような青だ。これで渡されたのがミニスカートだった日にはその場で切腹していたかもしれない。割と鍛えていて密かな自慢である脚部も、厚めの黒タイツで覆い隠すことが出来てしまった事は、果たして喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。黒髪のロングヘアーのウィッグを被れば概ね完成だ。一応鏡で確認した自分の姿は「女物の服を着た自分」でしかなかった。


「……立香?」

「あ、い、今、行きます」


これで笑われるのならそれでいい。というかむしろ笑ってくれ。そう願いながら腹を括り、意を決してモルガンの前へと向かう。


「こ、これでいい……ですか」


モルガンは先程からこちらを凝視したまま動かない。どうにも落ち着かず、何度もウィッグの髪を弄ってしまう。何より、スカートを履いているせいか、いやに解放的に感じてしまいどうにも落ち着かない。そのせいか自然と内股になってしまう。


「……」


モルガンは相変わらず何も言わない。笑ってくれれば、こちらも開き直って「ヤバいですよね〜脚も腕もバキバキで〜」と笑えるのに。はっきり言ってそれなりに体格(ガタイ)のいい男の女装などお笑いか悪夢でしかない。気分は大舞台で渾身のネタが滑り散らかした芸人のそれだ。目線はどんどん下に下がっていくし、体は恥ずかしさのせいで燃えるように熱い。


「モルガ、」


と、そこまでいいかけて、彼女の伶俐な美貌がすぐ目の前にあることに今気づいた。思わず後ずさると、モルガンもその分前に出る。さらにオレが後ずさり、モルガンが前に出る。それを繰り返し、とうとうベッドにまで追い詰められたところで、トン、と優しく肩を押され、力の抜けたオレの身体はあっけなくベッドに倒れ込んだ。ギシリ、とベッドのスプリングを軋ませながら、オレの上に覆い被さるような形で、モルガンもベッドの上に上がってくる。絹糸のような豊かな銀髪が、まるで天鵞絨のヴェールのようにオレとモルガン以外の世界を遮断する。

凍てついた氷のような瞳が僅かに細められ、

美しい曲線を描くモルガンの唇がオレの耳元に寄せられた。


「立香……なんと愛らしい……私の、妻」



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