見せてやろうか26歳の本気の駄々こねを!!!!
前スレ33もとい43握りしめていたはずのグリップの感覚が一瞬で消える。
しまった——と焦るも、もう遅い。
目と鼻の先は、目つきの悪い30億の賞金首のドアップ。がしゃん、と。遠くで重量のある物体が甲板に激突した音が轟く。これが噂の入れ替わりかと臍を噛みつつも、反射的に距離を取ろうとする——よりも先に、こちらに向かって伸ばされた指先。
「——コラさん!!!!」
「うおわ!!?!」
勢いよく抱きつかれ(否、正確にはしがみつかれて)その場で踏鞴を踏む。がっしりと背中にまで回された、両手両足の温もり。ぐず、と鼻を啜る音。熱を乞うようにすり寄せられた頬の感触。目が点になったのは自分だけではないはずだ。
「コラさん……っ! コラさん”ん……!」
「————ハッ!? お、おい。ちょ、まっ、はな……っ」
「「「ア、アイエエエ!? キャ、キャプテーーン!!?!」」
「「「きゃああああ!! おれたちの准将になにを!!?!」」
落ち着け、落ち着くんだ、ドンキホーテ・ロシナンテ。
ついさっきまで、死の外科医率いるハートの海賊団相手に戦いを仕掛けるはずだった、うん、それは間違いない。しかし、だとしても、これはなんだ。その長い手足を存分に使っての、だっこちゃん人形よろしく抱きついてくる190cm近い青年男性による全身全霊全力の抱擁!?
……?、?!!!
いや、本当になんなんだ、これは。あまりの非現実的な光景を前に、脳が理解を拒んでいる。…………え? 本当にどういうこと?!!?!!!
「こっ、らしゃん……。ごら、しゃん……っ!」
「いや、あの、はなれ……離れ、って、ちから、つよ……っ!?」
あたふたと両手を振り回すハートの海賊団の船員。
おろおろとこちらの様子を伺うしかない海兵たち。目を白黒させながらも、なんとかして引き離そうとその肩を押す——が、頑として離れないトラファルガー・ロー。
そんな状況下で、死の外科医とまで恐れられた大海賊が「コラさん、コラさん」と将校の胸元に縋りついて泣きじゃくっている——と続けるとなかなかシュールなのだが、どうしてだか、嫌悪感の類は込み上げてこない。それどころか、頭の片隅がじくじく痛む、よ、ぅ、な——って、いやいや! そんな場合じゃないだろ、おれェ!?
「……どうしたんだ、コラさん? おれに会えて嬉しくないのか……?」
「え? あ、いや、おまえ、誰かと勘違いしているんじゃないか……?」
そう告げた瞬間、トラファルガー・ローの双眸に憤怒の炎が燃え盛る。ビリビリとした殺気が肌を刺す。地獄の底から響いてくるような、おどろおどろしい声が「勘違い、だと……?」と獣のように唸る。
「ふざけるなよ、あんた……っっ!!!!
俺のことをめちゃくちゃにしておいて……!!!!」
「えぇ!!?!」
突然の問題発言に、ロシナンテは垂直に飛び跳ねた。
ギギギ……ッ、と凍りつく周囲の海兵たち。
「あの日あんたは……俺に愛してるって言って閉じ込めて……俺が泣き喚くのも聞かずにあんな……!!!」
「「「……准将……!!??」」」
「ち、違う! 誤解だ!」
部下たちからの疑惑の眼差しを受けて、人間の出せる最高速度で首を左右に振って否定を示す。
海賊は海のクズだが、このままでは人間のクズという烙印が押されてしまう。
しかし、そんなロシナンテの心情など置き去りにしたまま、トラファルガーの言葉は続く。
「俺はあの日の……っ、突き刺して痛いはずなのに……!!
ぐずぐずに涙に塗れて許してくれたあんたを忘れられねェってのによ……!!」
ギリギリと胴体を締め上げながらの「愛してるぜって言ってくれたくせに……」という台詞に、口から魂が抜け出そうだ。その一方で、しょぼしょぼと涙を流し続ける船長の姿に、なぜかおいおい男泣きするハートの海賊団の船員たち。どうしよう、こいつら、ヤバい奴だ。
「——それなのに、おれのコラさんじゃねぇって言いたいのか!
おれがあんたを……、コラさんを間違えるって言いてぇのか!」
「だっておれコラさんじゃねぇし!!」
「…………。ナギナギの実の能力者で、パンが嫌いでレタス、キャベツ、梅干し、
米が好きで、センゴクが育ての親か?」
「な、なんでそんなにおれのプロフィールに詳しいんだよ!!」
「あんたがおれのコラさんだからだろ!!!
……背中から心臓の辺りを貫通する傷があるな?」
「な、なんで、知ってんだ、本当に」
「その傷は、おれがあんたにつけた傷だからだ!!!!」
次々と矢継ぎ早に放たれる問題発言の数々にどよめく海兵たち。少なくとも、海賊が知っていていい情報ではない。ナギナギの実はともかく、あまりにもドンキホーテ・ロシナンテという個人について詳しすぎるのだ——どうしよう、めちゃくちゃ怖いんだが。
「それなのに、あんた……生きていたのか……? おれ以外の奴と……」
ギロリと。黄金の眼光が、甲板に散らばる海兵たちを睨む。
四皇に準ずる大海賊の一瞥を受けて、海兵たちの一部から「「ヒィ……ッッ!!」」と悲鳴が上がった。身に覚えがなさすぎてロシナンテも悲鳴を上げた。だって、目の下のクマが生み出す凄みも相まって、威圧感が半端なかった。
「ええい、海のクズが訳の分からんことベラベラと!!」
「そうだ、そうだ! おれたちのロシー准将から離れろ、トラファルガー!!」
「…………おれたちの、だと……??」
不可視の炎がゆらりと揺れる。
ギリギリと胴体を締め付けていた力が少し緩んだと思えば、死の外科医が背後の海兵たちに向かって中指を突き立てる。
「ふざけんな、おれのコラさんだぞ!!!!
あと、おれの約束の方が先だった! 先約はおれだ!」
「はちゃめちゃにも程があるぞ、おまえ!?」
「うるせェ恋がハリケーンなら愛はタイフーンなんだよ!!!!」
「いや、ことわざを新しく作るな!!」
そう叫び返せば、ようやっと拘束(と書いて抱擁と読む)を解いたトラファルガーが、どこからともなく取り出したペンを構える。
「これは油性ペン、今からアンタにピエロメイクを施す為のものだ」
「やめて! せめて水性にして!!」
ペンを片手に取っ組み合えば、足がもつれたせいでその場にひっくり返る。
その隙を見逃さず、俊敏な猫のように飛びかかってきたトラファルガーによって押さえつけられ、ロシナンテは「ぐえ」と唸る。
嵐が通り過ぎることを祈る小鳥のような気分で震えていたら、左目の辺りにベタベタと油性ペンが塗りたくられる。ツンとした匂いが鼻腔をくすぐり、満足げな表情を浮かべたトラファルガーが離れていく。
「あんた笑ってみろ」
「え?」
「早くしろ」
「こ、こうか?」
促されるままにニゴッと微笑みを型取れば、目元を抑えたトラファルガーが「ごら゙じゃ゙ん゙……」と泣き出した。どうしよう、四十路のおっさんのダブルピース付きの笑顔とか目に毒だったろうか。
盛大に鼻を啜るものだから「うわ涙と鼻水スゴっ?! だ、大丈夫かティッシュ使うか?」と懐を探っていれば、感極まった表情を浮かべたトラファルガーに胸ぐらを掴まれ、上下にシェイクされる。
「なんっっっで、おれのこと忘れてんだよバカアホドジっ子!!
おれのこともう必要じゃねえのかよ!!」
「ベビー5みたいなこと言うな!! ……ん? 誰だったっけな、ベビー5って?」
「ああああどうして最初に思い出されるのおれじゃないんだああああ!!!!!」
「どうどう、キャプテンどうどう」