褥にて
「…アンタ、本当に初めてだったのかい?」
「…はい、初めてですよ」
全身汗だくになり、ぜえはあと荒く浅い呼吸を繰り返しながら彼は三吉の ──── 『妻』となった女性の言葉に答える。
自分の腕を枕にし豊かすぎる双丘を押し付け、ピッタリ自分に寄りそう彼女もまた汗まみれで息を荒げている。
これほどに疲れたのはいつ以来だろう、と過去を反芻する。しかし思い当たるのは精々中村半次郎と立ち合った時ぐらいで、後は該当しない。
ただあの時は安堵と疲労しかなかったが、今回はもっと様々な感情と感覚が自分を満たしている。
そしてそれは、きっと彼女も同じはずだ。それが何よりも嬉しいと素直に思えた。
「これからを思うと恐ろしいね…ま、旦那と楽しめるのはいいことだけどさ」
「……」
妻の直接的な言い方に恥ずかしくなり、彼は思わず手で顔を覆う。
自分の度胸の無さが原因ではあるのだが、彼女にはこういった話においてはまるで勝てる気がしない。
「こんな時に言うこっちゃないけど、アンタの妻として一つ言わせてもらっていいかい?」
「なんでしょう?」
「アタシに気遣っちゃいけないよ。アンタはやりたいようにやりな」
情欲の余韻でしっとりと濡れた、しかし強い意志の籠った視線でこちらを見据えながら彼女はハッキリそう言った。
「アタシがいるかどうとか考えないで、今まで通りにしてな。アンタは坂本さんの為に生きたいんだろ?」
「生きたい、と言うよりは既に『生きている』というのが正確なところですが…まあ、そうです」
「ならそのままでいいよ。アタシはそういうアンタに惚れたんだ」
そう言いながら妻は彼の胸元へ頭を乗せ、甘えるように髪を、そして頬を擦りつけてくる。
年上でいかにも頼れる風貌をし、心根もまた見た目通りに姐御肌の彼女がそんな事をしてくるのが愛おしくて思わずそっと手を伸ばし髪を梳く。
それが心地よいのかくすぐったいのか判別の付きかねる声を上げ、それから彼女は言葉を続けてきた。
「そんなアンタを守りたいと思って、アタシは一緒になったんだ。アンタはアンタのままでいな」
「…わかりました」
自分の在り方を彼女は理解してくれている。それを善しとしてくれている。それがたまらなく嬉しくて、胸の中が暖かい気持ちでいっぱいになる。
だから彼は力強く頷き、彼女の頭を胸に抱きながら断言する。
「私は私のままでいます。私は私のままで ──── あなたを愛して、添い遂げます」
「…ははっ。ついこの間は文で気持ちを伝えてきたのに、言うようになったじゃないか」
大真面目に言ったのだが、想いを伝えた時のことを持ち出されてはかなわない。
その時のことを思い出してまた掌で顔を覆いたくなったのだが、彼女にそれを制される。そして彼女はそのまま顔を近付けて来て ────
「惚れ直したよ」
──── そっと、唇を重ねてきた。