行軍

行軍


 輸送車は、私たち風紀委員会を連れて砂漠の中を疾走していた。幌を張った荷台に窓は無く、外の景色は見えない。ただ、戦場へと向かっている事だけは、乗り合わせた誰もが理解していた。


 私は甘い物が苦手だ。あのねっとりとした味を楽しむということが理解できない。だからだろうか、この異変に巻き込まれることはなく、正常なままでいられている。

 今だって、あの砂糖を好き好んで摂取して暴れ狂っているヤツらの気が知れない。あんな物に溺れるくらいなら、激辛料理を食べる方が楽しいじゃないか!

 ……でもそれが、私自身の感性に過ぎないことを、今の言葉もただの八つ当たりでしかないことを、私は知っている。その理由が、親友の失踪にあることも、私は知っている。

 彼女は私と違って甘いものが好きだった。甘いものには目がなくて、流行りのスイーツもよく食べていた。その好みは理解できなかったけれど、甘いものを食べている彼女の笑顔が好きだった。だから『砂糖』によって狂っていく彼女の姿が、私には恐ろしいほどに醜く見えた。いつの間にか別人に、そしてただの獣の様に変わっていく姿を、私は睨まれた小動物のようにただ眺めることしか出来なかった。

 そしてある日、彼女は突然居なくなった。モモトークも電話も繋がらず、探しても見つからない。あの日に感じた絶望と恐怖を、私は毎夜夢に見る。そして目覚めて、夢では無いことに絶望する。

 彼女は今どこにいるのだろうか。ゲヘナの片隅で震えているのかもしれない。ブラックマーケットで酷い仕打ちを受けているかもしれない。アビドスで砂糖に溺れているかもしれない。もしくは、もしかすると……


「作戦の確認をする!」

 最悪を出力しようとした思考を、小隊長の声が引き止めた。過去を飛んでいた感覚が、現実へと引き戻される。小銃を持つ手が震えていた。

「今回我々が行う任務は、『元』風紀委員長空崎ヒナの制圧、その支援である。空崎ヒナが得意とする対集団戦闘を封じるため、イオリ隊長が単独で戦闘を仕掛ける。我々はその邪魔にならぬよう、アコ行政官の指示の下、援軍への対処や空崎ヒナへの攻撃を行う。理解しているな!」

 輸送車内の全員が頷く。その表情はガスマスクで見えないが、きっと恐怖と覚悟が混ざった顔をしている。私のように手が震えている人だって、きっといる。

 正直なところ、私は恐怖する一方安堵していた。イレギュラーが起きなければ、空崎ヒナに援軍は訪れない。それはつまり、親友を撃つ可能性が限りなく低いということ。その一点だけが、今の私を支えていた。

「我々の任務は間違いなく最高クラスの難易度を誇る。それは我々自身が十分理解しているはずだ。しかし、必ずやり遂げなければならない。この任務の成功無くして、我々の日常は取り戻せない!」

 小隊長は自分の言葉に酔ったように話を進める。いや、正確には酔わずにはいられないのだろう。あの『砂糖』に酔ってしまわないように、自分自身に酔おうとしている。

「今から敵は空崎ヒナただ一人!仲間を、友を撃つのではない。悪魔を撃つんだ!そして世界を、友を救うんだ!」

 傍から見れば、ただの痛々しい虚勢の言葉だ。だが、この場にいる私たちにとってはこれ以上ないほどに必要で、『正しい』言葉だった。

 輸送車が止まる。気づけば手の震えは止まっていた。

「皆、覚悟はいいな」

 返事の代わりに小銃を握り直す。

「絶対に勝つぞ」


 そして、絶対に──


 入口が開き、小隊長が叫ぶ。

「作戦開始!」


「アンタを、助ける!」

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