血が繋がってないだけ

血が繋がってないだけ



全く対応を必要とされていない来客の対応のために勝手に茶菓子を出して茶を入れた。それが功を奏したのか、応接間に入ったときはあからさまに「こっちじゃない」という顔をされたが今はほどほどに歓迎されている。


目の前で何一つ遠慮することなく饅頭を頬張る少女はいなくなった百年の間に平子隊長が産み育てた彼女の娘で、どういうわけか俺の妹ということになっている。

まぁ義妹だ。義妹と言ってもびゃっくんの所のように敬われることは殆どなく、今日だって桃ちゃんを期待していた撫子はこっちじゃないという顔だけでなく「えっお兄ちゃんなん」と口にまで出したほどだ。


それでも別に仲が悪いとかそういったことはない。というか頭のいい娘なので、単純に俺が仕事をサボって桃ちゃんに怒られてるのを覚えているから俺が来るのに難色を示すのだろう。

なにも言わないのは後でせっつかれた平子隊長や桃ちゃん本人が来て怒られてるのを見せられるのと饅頭を食べることを天秤にかけて、饅頭が勝っただけだ。


「あ、そうだ。なぁお兄ちゃん、この髪お兄ちゃんとお揃いってことにしてええ?」

「お揃いになるような繋がりが無くない?」


饅頭を食べ終わり茶をすすっていたと思ったら、急に突拍子もないことを言い出した。俺がここにいるせいか、大人しくしている気はないらしい。

しかし俺譲りと言われても、俺は平子隊長がいたから産まれはしたが平子隊長から産まれた覚えはまるでない。


「ええやん細かいこと気にしたらあかんで、禿げてしまうからな」

「死神は早々禿げません」

「十一番隊の副隊長さん禿げとるやん」

「えっ、いやあれは違わない?というか細かいこと考えて禿げるタイプの真逆では?」


細かいことを考えて禿げるなら今頃京楽総隊長は前の総隊長よろしくツルツルになっていてもおかしくない。

それが今でも頭どころか胸までフサフサなのだから、思考と頭髪に因果関係はない。ついでに体毛にもない。


「現世でお兄ちゃんはアタシの親戚ってことになっとるから」

「オカンが橋の下で拾ったんや!って言ったらみんな冗談だと思うだろうしね」

「せやからな、そっちの親戚からの遠い遺伝みたいな……なんかそんな感じ」


くるくると弄られた金の髪は俺がよく知っている人の色と癖を持っている。そしてそれは、母親と父親が誰かも示しているのだ。

分かりづらいところでは瞳の色も似ているけれど、分かりやすく父親譲りのパーツはやっぱり髪だと思う。


「……そんなに、惣右介さん譲りは嫌?」

「当たり前やん」


仕方がないとはいえ、父親譲りと言うのは嫌なんだろうな。惣右介さんもあんなことしなかったら娘にここまで嫌われることもなかっただろうに。

そんな感傷に浸る俺を無視するように、ゴンッともドンッともつかない音と共に湯呑みが机に勢いよく置かれた。


「あいつの血、なぁんも仕事せぇへんもん!」

「は?」

「おかしいと思わへん?なんでアタシの背ェ伸びへんの?似たのは髪質と目の色がちょっとだけ!体もオカン……よりは肉ついとるけどこんなもん誤差や誤差!」

「おお……」


確かに惣右介さんは体格に恵まれていて、あれを引き継いだのならそれなりに体格も良くなりそうだ。

それだというのに妹ははじめて会った時と比べたら成長したものの、まだなんとなく小さくて細くて少女のように見える。

これが義骸を作った浦原喜助の趣味でない限り、惣右介さんの遺伝させる力が弱いと言われても仕方ないかもしれない。


「あんなに体格ええんやから、アタシのおっぱいがでかなる遺伝子とか寄越してもええと思わん?」

「惣右介さんって巨乳なの?」

「それなのに尻はオカンよりでかなるとか、ほんまに役に立たんアホの遺伝子すぎると思わん?」

「惣右介さんって尻でかいの?」


ドンドンと拳で机を叩きながら熱弁する妹には悪いが、別にあの人はそれなりに体格いいだけでそんな胸とか尻とかにご利益があるとも思えない。

そもそもこの前現世に行ったときに妹の話を振ろうとひよ里さんに「何年前くらいに背抜かれました?」と聞いて尻を蹴られたので背もないわけではない。


「まぁアレがナイスバディってことにするとアタシらみんなバストサイズでハッチに勝てんようになるからな、やめとこ」

「さすがに妹の体型がああなったら困るな」

「安心しぃ、アタシは今のとこ機能性抜群のこの体のまま暮らしてく予定や。暫くはな」

「…………機能性ね、うん」


大いに個人的な感情からの不快表明が喉まで来たのを飲み下す。どれだけ気に入らなくともあの人は平子隊長と妹の恩人であるわけだし、俺の好みでどうこう言って空気を悪くしたくはない。

それはそれとしてなんとなく嫌だし、微妙な気持ちになるのは許してほしい。


「バージンロード一緒に歩くのお兄ちゃんに頼もかなァ」

「俺でいいの?」

「だって頼める身内の男って他におれへんもん。父親役争奪バトロワとかさせられへんやろ」

「戦わせなきゃいいのに」

「可愛い可愛いアタシの父親役なんやから争わんと、不戦敗枠もおることやし」


もしもなにか色々なことが異なって惣右介さんがバージンロードを妹と共に歩くようなことになったらどうしただろう。あの人は泣くんだろうか。

むしろそうなった場合、現世になんて嫁に出さんみたいになったりするかもしれない。


「撫子、楽しそうなとこ悪いけど俺の体空いたから十二番隊連れてってたるわ。支度しィ」

「オカン仕事ちゃんと終わった?桃さんに迷惑かけたりしたらあかんよ?」

「バリバリに決まっとるやろ、そこでサボっとる副隊長サンとは真面目さがちゃうねん」

「隊長が真面目なら俺も真面目ですよ」

「アホなこと言うとらんで、お前んこと桃が探しとったからケツを二つに割られたくなきゃ早よ行き」


桃ちゃんは当社比で大変におしとやかなので俺の尻は割らない。精々が縛道でなぜか仕事だけできるように椅子に拘束されるくらいだ。

あの娘本当に鬼道すごいね。


「ほんならお兄ちゃんまた今度な!」

「結婚式と葬式には呼んでね」

「縁起ええのか悪いのか分からんなぁ」

「身内が呼ばれる行事ってそれくらいじゃない?」


俺の言葉にパチパチと瞬きした妹はすっと目を細めて笑った。その顔が少し惣右介さんに似ていると思っていることは、これから先も言うつもりはない。


「ちっちゃいことでも呼んだるわ!だって身内やもんな!」


癖のある金の髪を揺らしながら笑った妹の顔は、今度は両親のどちらにも似ていないような無邪気な表情をしていた。

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