蟻生×凛
さて、どうしたものかと蟻生は指でくるくる髪を弄る。視線の先には手負いの獣のようにこちらを警戒し、睨みつけてくる美しい男。
「凛、このままではいつまで経っても終わらないんだが」
「うっせぇ喋んな近付くな変態ロン毛」
「お前な………」
ひくり、とこめかみが小さく痙攣するのを自分でも感じる。蟻生とて望んでこんなことやっている訳ではないのだ。
だが、ここで売られた喧嘩を買えばそれこそお題の「イチャラブ」とやらは達成出来なくなってしまう。大きく息をついて、蟻生は努めて冷静に対話を続けた。
「…さっさとこんな部屋から出てサッカーするんだろう」
「…………」
「そのためにここまで皆体を張ってきた。今更後に退くことも出来ない。聡いお前なら分かっている筈だ」
「……………………しらねぇよ」
「凛」
言葉の割に、肌に感じていたひりつくほどの殺気は随分と小さくなっていた。凛も頭では分かっているのだろう。
「なにも奉仕しろとか特殊なプレイをしろとか言ってる訳じゃない。凛はただ寝ているだけで良い。お前の普段の態度を鑑みれば、抵抗しないだけでも十分『イチャラブ』にカウントされる可能性はある」
完全に黙り込んでしまった凛に、蟻生は声をかけ続ける。
「なぁ凛、先程乙夜を抱いたときは、随分好き勝手していたじゃないか。自分が抱くのは良くて、いざ自分が抱かれる側になったらごねるというのは少々筋が通らないんじゃないか?」
そーだそーだ、という軽薄な声が横から上がる。そちらに怒りの籠もった表情を向けてから、凛は蟻生に向き直った。
「じゃあ次てめぇが抱かれる方に選ばれたら、抵抗しないで大人しく抱かれんのかよ」
「当然。まぁ、余程悍ましいお題でも出されたら多少躊躇うだろうがな。不本意とはいえプライドの高いお前の初めてを貰い受けるんだ、その程度の覚悟はある」
少しの間。それから大きな舌打ちと、続いて苛立ちがたっぷり乗った溜息を室内に響かせて、凛はずかずかと蟻生の方へ歩いてくる。蟻生が何か言う前に、彼の胸ぐらを掴んでその唇に噛みついた。がち、と歯同士がぶつかる音がする。
「………ッ、」
「ノッットオシャ………」
互いにじんじんと痛む唇を押さえるなか、ターコイズブルーの瞳がじろりと上方にある顔をねめつける。
「さっさとしろ、痛くしたらコロス」
イチャラブ、というお題からはかけ離れた文句だが、これが凛の精一杯ということは蟻生も分かっていた。だから何も言わず、凛の腰を抱き寄せてベッドに向かって歩み始める。
「あぁ、とびきり優しくしよう」
さらさらとした髪に、蟻生はそっと唇を寄せた。