蜜月を取り戻す
元々自分達は食欲にも睡眠欲にも素直な傾向にあった。だからこそ、そういう事をすれば…好きになる可能性は十二分にあったのだろう。
「…疲れ゛た゛……」
「おお…だ、大丈夫か……?」
玄関にて、仕事から帰ってきたウタを出迎えたルフィ。普段ならただいまーなんて言った後、今日の夕食を聞いてきたり、途中で寄り道して夕食後のデザートなんかを見せびらかしたりするのだが…
「う゛ー…」
「こいつは重傷だな…」
まさか帰ってきてツカツカと無言でルフィの所へ向かってきたかと思えば抱きついて来るとは思わなかった。確か彼女の勤め先はそこそこホワイトだった記憶なのだが、繁盛期というものだろう。元々彼女には歌手としての活動もあってそれだ。
実際、ルフィもそこそこ忙しくなり身に覚えがあった。
「先に風呂入るか?」
「多分、それしたら寝ちゃうから…ちゃんとご飯食べて、シャワー浴びてから寝る」
「そっか、えらいな!」
「ん……んん…」
ある程度の会話を終えたが、ウタは離れない。抱きついたまま顔を埋めて、スゥ…と肺いっぱいにルフィの匂いを取り込んで、そのままグリグリと顔や体を擦り付ける。この甘え方は…とルフィは察したが。
「したら、疲れて寝ちまうぞ」
「ううう〜……うん」
未練たっぷりと言いたげに離れる。何より明日も忙しい為に、流石に我慢せねばいけなかった。
ルフィとしても応えたくないわけではなかったのだがウタに無理はさせられない。
「暫くすごい忙しいと思うんだよね…」
「おれの方もだな。休みの日も合うか不安になってきた」
夕食のカレーをつついて二人、この繁盛期を乗り越えたら沢山休みたいね、なんて話をしながらテレビをつけた時だった。
「はーい!こちら○○です!私は今ヨーロッパの××に来てます!」
「あ、懐かしい。新婚旅行で行った場所じゃない?あそこ」
「え、おお!本当だ、ニシシッ」
テレビに映るのは、二人がまだ恋心も無しに結婚して、折角だし旅行は贅沢をしようと足を運んだ事のある地だった。あっちこっちを歩き回って、時にトラブルがありながらも楽しかった思い出がある。
「確か蜂蜜酒の製造が有名だったよね…美味しかったな、アレ」
「お前、酒好きだよなァ…弱いのに」
「甘いのが好きなだけ。喉の事も考えるとたまの贅沢だし」
ただ安いお酒だとお酒特有の苦味が甘味に勝っていてつい度数高めでお高いやつになるだけだ。そう言い訳しているウタ達を他所に番組は進行し、偶然にもウタが話していた蜂蜜酒の話になった。
「実はハネムーンって、蜂蜜酒が語源なのご存知ですか?蜂蜜酒には滋養強壮効果があるとされ、夫婦が結婚したら蜂蜜酒を飲み…なんと1ヶ月も家に籠って子作りに励んだとか」
ピクッと、どちらともなく反応して黙ってしまう。随分とすごい事を話してないか?遅めの時間帯の番組だからだろうか?
「その蜜月をハニームーン…そしてハネムーンと変わっていったわけですね!まさか夫婦で家に籠っていた月の言葉が、夫婦で家を出る新婚旅行の言葉に変わるなんてなんだか不思議ですね!」
「へ、へえ…知らなかったなあ」
「そ、だな…」
二人でソワソワしてしまう。暫くこの忙しさで出来ないと分かっているから尚のことなのかもしれない。
それでも、お互い目を合わせては逸らし…多分言いたいこと同じだろうなと察してしまう。二人の付き合いの長さが、誤魔化しを許さない。
「ね、え…ルフィ」
この繁盛期が終わった後、二人で長めの休みをとらない?
ウタからその提案が出来たのは恐らくさっきの消化不良もあるだろうが、こうして二人は暫く仕事の忙しさに身をやつし、それでもあと何日、あと幾日…とその休みの日が来る日を意識する様になった。
初夜後は恋心もちゃんとあるから、会えたら会えたで恋しくてキスくらいはしたくなる。ハグもしている。でも、それだけ。
カツカツと踵を打つ事も多くなるウタだがルフィも多少堪えるものがあるらしく最近は目がギラギラし出した。
それでもあと3日、2日…明日
「「…あ」」
その日、とうとう最後の仕事が終わり、スーパーに寄った時、全く同じ事を考えていたルフィとウタは慌てて端末を確認し、食糧は自分が買うと互いが互いにメッセージをキチンと送っていた事に気づく。こんな事にも気付かない程、自分達は切羽詰まっていたのか…と改めて恥ずかしくなってきたが、まぁそれなら、と二人で買い物をし始める。
飲み物が冷たいままだと体を冷やしてしまうから常温でベッドサイドに置いて溢さないようにとペットボトルの飲み物を幾つか取る中…ウタが一つのボトルを手にする。蜂蜜酒だ。本来のソレよりは随分と日数は短いわけだが……ルフィの顔を見ないで無言で入れた。
一方ルフィは肉が食べたいが、料理する余裕が自分達に生まれるかというレベルの心配をする。何せほぼ一月近くだ、一度我慢をやめたらどうなるか、こっちも分からないのである。
「…お」
ふと、果物コーナーをみる。苺やら葡萄やら…宝石みたいにキラキラした水菓子達を見て、これなら多少の水分も栄養も取れるなとルフィは幾つかを手にとってカゴに入れた。いつの間にか、色々買い込ようとして、カゴを手で持つには量がすごいのでカートを押し始める。一応、食べないと力が入らないのだからとお肉も入れた。
そうして会計を通る。店を出る。
いつの間にか二人とも無言で、しかしお互いにバレるのではと心臓を高鳴らせながら帰路に着く。足早になっているのはもうどちらも気にしていなかった。
そうして二人で暮らしている場所のドアの前。もう此処から先は確実に二人だけ。止める人はいない。用事もない。
二人だけの時間と空間。
元々そうだった筈なのに、今だけは意味が違う。鍵を挿し、開ける音が、普段より重く感じた。
ドアを二人でくぐる間。いつの間にか荒くなった息を、静かな部屋に入った事でやっと気付いた。
そして
「ふ、ぅん…ッ、あっ」
「っはぁ…!」
ドアがしまった途端、買い物袋をさっさと床に置いた。落とさなかったのは、最後の理性だ。
ドアを背に、二人で互いの口内を貪る様な口付けを始める。ああ、これだ。これを求めていたと、まるで欠けてた部分が急速に補われる様な充足感と多幸感だけがそこにあった。
電気も付けていない暗い玄関で水音と、二人の息遣いが響く。
「ルフィ…ッ、んあ…」
「ゥタ、ウタ…ッ!」
名前を呼んで抱きしめる。熱い。このまま溶けて混ざるんじゃないかと服越しで思ってしまう。ルフィは片手でウタの胸をやわやわと揉み始める。普段なら擽ったい程度なのに我慢し続けたせいかすぐにウタは反応し出す。
そしてウタの小さな嬌声があがりそうになってはキスで飲み下す事をどれ程続けていたか、流石にこのままでは食材が悪くなると、両者渋々離れてキッチンに袋を持っていった…が
「ま、っへ…ここ、キッチ…ッう、むぅ…!」
「っ、玄関であそこまでして、今更だろ」
ある足がはやい物をしまい終えて、またキスと愛撫が始まる。ウタも待ってやダメと言いつつ、ルフィの首後ろに手を回してしまっている辺り、本心は隠せていない。
「このまま軽く一回いっとけ」
「へ、ぁ、あっ、待っ!やあ…!」
普段ならそんな簡単にすぐには達しない筈なのにルフィの言葉通りどんどん上り詰めてしまう。まだ胸を触る程度の愛撫と、抱きしめ合う事、そしてキスしかしていないのに何故こうも…と思うがやはりそれだけ溜まっていたのだろう。
そうして、大きく身体が跳ね、余韻が襲う間ぎゅう…ッと身を丸めるのに巻き込む様にウタがルフィに抱きついているのをルフィはそのまま抱き上げ、片手に【今日ベッド横に置く分】の袋と共に寝室へと向かい出した。
焦ってはいるが、優しくウタをベッドに下ろしてサイドテーブルに袋を置いた。
「…やるぞ」
「…う、ん」
まだ少し目が蕩けているウタにそう語りかけ、ウタが応えると共に枷が外れた様に二人は混じり始めた。
「ふぅっ、んっ、あ、ああっ」
「ウタ、平気か…?っ!」
「んぁ、のん、れ…るひ…」
時折、それでも無理はさせられないと気を遣いだすルフィに対して、ウタは蜂蜜酒のボトルを開けて、一口口に含むとそのままルフィに口移しで飲ませる。二人の口の隙間からとろりと漏れるのをウタは指で掬ってそれもルフィの口に入れた。
「へん、な…んっ、遠慮、やめっ、て…今日から、し、ばらく、バカみたいに好きにやろうよ……ね?」
「ッ!!後悔すんなよ…」
そう言って、今度はルフィが苺を一つ、ウタに口移しした。口に残る蜂蜜の香りと、お互いの舌で潰れて弾けた苺の甘さが混ざってクラクラする。
「ん、ぅ…はっ…あ」
「まだまだやるからな、ちゃんと食べて、飲んで……気絶してもやめてやんねえ」
あ、これもしかしたらまずいスイッチ入れたかもしれない。そんな風に思いつつも、どうせ遅かれ早かれそうなってたのだから変わらないかと、ウタはにんまりと笑ってみせた。
最早時間の感覚も狂うほど、ベッドを軋ませ、溶け合って、時折ルフィが肉が食べたいと力尽きて、それに笑ってご飯を食べたらまたお互いを貪る。シャワーも浴びたがそこでもするので変わらない。流石に途中でウタも体力が尽きてしまうので、その時はくっついたまま、温もりを感じて眠る。
なんというか、三大欲求に全部素直に従い続ける様な狂っている様で愛おしい日々を過ごし続けた。
「…ンクッ、はぁ」
サイドテーブルの、ミネラルウォーターを開けて、傾ける。常温の為身体の熱を下げはしないが喉は潤った。
「…ルフィ」
「ん、おお」
声をかければ、最早何も言わずとも口移しが始まる。コクリと喉を鳴らして互いに喉を潤すが、ポタポタ床を濡らしている水滴に意識は向かず、またそのままどちらともなく舌を絡め始めてベッドに沈んだ。
よくもまあ飽きもせず、こう何日も出来るものだとも思うが、ずっと我慢していた分をもう少し、いま一度と求め終わるまで…少なくともまた今日の日が沈むまで、なんなら月が遠のいてまた日出るまで、トロリと蜂蜜みたいに溶け合っていれる幸せを…手を繋いでキスをして、二人で噛み締め続けた。