蜜夜
幾度目かの夜、セイバーと肌を重ねてから暫くしたとある夜のこと。
「・・・イオリ」
「どうしたんだセイバー」
床に入る前、目の前には明らかに機嫌を損ねていますと頬を膨らませたセイバーがいる。何か気に障るような事をしただろうかと首を傾げていると、
「また、唇を噛んだだろう」
血が滲んでいるではないかというセイバーの言葉で唇に触れると指先から感じる血の感触と僅かな鉄臭、自分でも分からないうちに唇を噛んでしまっていたようだ。そんな彼の様子にセイバーはふぅ、とため息を一ついてどこからか取り出したのか分からない巾着をゴソゴソと漁りながら取り出したのは小さな壺。
小さいながらも美しい青で絵付けされたそれは明らかに上物で、一体こんな物をどこからとセイバーに視線を向ける。
「昼間、アーチャーの所に行っただろう?帰り際にくれたものだ。」
かちゃりと蓋を取ると、中の琥珀色の蜜がたぷりと重たく揺れ、そこからふんわりと甘い匂いが漂った。
「・・・・蜂蜜か?」
「ああ、もうすぐ寒くなって風邪が流行る頃だからって」
まぁ、食す以外にも使い道はある、とセイバーは小さな匙で蜂蜜を掬いとるとそれを薬指につける。
「イオリ、こちらを向いてくれ」
「なにを、・・・・」
何をするんだという問いは、唇に置かれたセイバーの指に阻まれた。彼は唇にゆっくり蜂蜜を染み込ませるように薬指を動かしていく。
「じっとしててくれ」
「ん、んぅ・・・・」
途中、傷になってしまった箇所に蜂蜜が染みてしまい、眉を顰めたがセイバーはお構いなしにむしろそこを重点的に、丁寧に塗り込んでいった。ひとしきり塗り終えて唇から彼の指が離れたころには蜜のおかげか、先程のカサつきと痛みは無くなっていた。
「イオリ、キミが過去のせいで閨の中で声を出したくないというのは承知している」
けれど、
「無意識とはいえ、イオリ自身が自分を傷つけてしまうのは、辛いし私は嫌だ」
「セイバー・・・」
そんな風に労られたことなど無かった。
幼い頃山賊に襲われ、父も母も亡くし、そして日毎夜毎連中に弄ばれ続けた日々。同じように攫われた子供は連中が飽きれば斬り殺され野犬の餌になるか、口をきけぬよう舌を切られ人買いに二束三文で売りつけられていった。
だから、連中に飽きられないようにした。
甲高い声は最初は喜ばれるが、次第に飽きられ五月蝿いと殴られるから。唇を噛み締めて快楽に負けたように声が漏れ出るようにすれば、連中は喜んだ。時にはどのくらい声を引き出せることができるか、そんな馬鹿げた賭けをするようになるぐらいに気に入っていたようだ。
そうやって生き延びて今がある。
そしてこびり付いてしまって、今まで続いていたそれをいきなり治すことは多分、難しい。
けれど、セイバーがそう言ってくれたのなら、少しづつではあるが直していきたい。そうセイバーに告げると、彼は柔らかく微笑んで口付けてきた。小鳥が啄むような口付けはひどく柔らかくて蜂蜜を塗ったせいか何処か甘い、もう少し欲しくて強請るようにセイバーの、下唇を喰むと彼の舌がちょんと突くので、少しだけ唇を開くとセイバーの舌がゆっくりと、中に這入りこみ歯列をなぞられ、奥に引っ込んでしまった舌を絡め取られ、優しくけれど彼に余す所なく支配されていくような感覚と甘いのに鉄錆の匂いがして頭がふわふわしていたら、少し硬い感触が背中に伝わって目の前には自分を見下ろすセイバーがいた。
「イオリは、どうしたい?」
「あ、・・・・」
セイバーの唇の端に着いた蜜と血が混じり合ったその香に酔ったように、自分を待つ彼へ腕を回した。今は何も考えずセイバーから与えられる口付けが、熱が欲しい。
そうしてまた夜は更けていく。