蛹室

蛹室

part1時点でのモノローグポエム

・頂上決戦で事故った場合

・毎日見る夢の続きを望んでいる話


視界がズレた瞬間の意識はあった。乾いた泥のように、薄く剥がれたイメージがこびり付いている。瞼の裏に。死を直感した。切り離された身体を理解できずに砂を、薄く長く遠くへ、逃した。届いたのか。散ったのか。意識も細く裂くように千切られて、一瞬が永遠に続くように引き伸ばされて、そのまま、そのまま終わらずに今日が続いている。


待っている。ずっと。


首から下は萎えた。ぴくりとも動かない。

人の、限られた顔の表情を読み取ることさえ、目の動く範囲に限られて何もかも億劫だ。息継ぎをする。そうまでして慮ってやりたいものなどいない。目線は合わせない。無駄だからだ。覗き込まれることへの、嫌悪、忌避、感覚が鈍って久しくなる。意識や自由の存在は遠い。馬鹿みたいに実在が遠い。己がここにいるのかすら確信がない。触れられようと知覚がない。人間としての自覚が、どこに、あるものか。


聴覚だけが未だ鋭敏。

飽きもせず変革を期待している。


顎に喉、舌の動きも麻痺が取れるまでひどく時間を要した。瞼の痙攣、唇のわななき、筋肉の微弱な運動のみでまともな意思疎通が叶うはずもない。ましてや他人と。日々散逸していく理性をかき集めるように、反復練習に没頭した。力の込め方を記憶から呼び出し、模倣し、強張りを解くように進める遅々とした歩み。目障りな管が生を強いて、噛み切るほどの力が戻らない。発音に差し障りがないのは、マシ、と形容すべきことか。靄のかかる思考と相まって今も鈍重にしか用をなさない。


微睡みと覚醒の隔たりはないに等しい。

薄い膜の向こうに死に損なった実感がある。

寝て醒めて、焦がれた男の夢を見る。


指先が微かに震えるようになってから、賭けをしている。音もしないほど僅かな砂を自由にさせる。落ちるか、舞うか。毛の長い忌々しい絨毯に絡め取られないこと、部屋が換気される時間に目を覚ましておくこと、不定期の掃除の時間にかち合わないこと、空気の水分量、潰される要因はいくらでもある。どこへ行くかも知らず。豪奢な部屋に虚飾が溢れて、不足ばかりだ。複雑なことに頭を使うのが難しいかわりに、感覚を頼りにする。杜撰だ。しかし肌で覚えていることもある。痛みは忘れたが。

綿の詰まった頭の中にだけ、勝手の利く隙間がある。少しだけ上手くいく想像をする。どうせ転がっているだけの肉なら、少しでも遠くに意識を逸したほうがいい。


告解に耳を貸す趣味はない。道化が児戯を重ねるのを聞かない。上擦る声にやる情けはない。濁る視界をそのままに、逃した思考を散らす。肉を脱ぐ。過ちに縋る死骸を通り抜け、天蓋、天井、屋根の上、その先、より向こうへ。一番遠い場所へ。

吊る糸は見えるだろうか。織られた檻の底で、泥のように醒めている。

夢が来るのを待っている。

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