蛇足
【今は昔。ある所に、一人の人形遣いの男がおりました】
【その男の人形劇は町でも評判で、人形遣いは「俺こそが、一番の人形遣いだぞ」と吹聴しておりました】
【ある日のこと。人形遣いの男がいつも通り人形劇を披露しに町へゆくと、そこには既に人だかりがありました】
【「ははあ、そうか。俺の人形劇を楽しみに、こんなに人が集まったんだな」と、男は準備を始めます】
【しかし男が準備をしているうちに、人だかりは大盛り上がり】
【「いくら俺の劇が楽しみだからって、準備だけでこんなに盛り上がるのはおかしいぞ」と、男は思います】
【その間にも群衆はさらに盛り上がり、やがて一斉に拍手をすると、満足そうにどこかへ散っていきます】
【「おい、おい、俺の劇はまだだぞ。お前たち、どこへ行くんだ」と、男が慌てていると、どこかで聞いた声がします】
【『やあ。やあ。そこにいるのは、昔一緒に劇を観に行った君じゃないかい』】
【そこには、男が昔一緒に劇を学び、袂を分かった、翡翠の目の人形遣いがおりました】
【明くる日も、そのまた明くる日も。翡翠の目の人形遣いは男より早く町へ来て、人形劇を披露します】
【その人形劇は本当に評判で、今までに見た劇なんかよりずっと面白い、なんて声もあるほど】
【男はそれが面白くありません。「ちぇっ、つまらない。さっさと出て行ってくれ」なんて思うほど】
【男の願いが通じたのか、翡翠の目の人形遣いは、暫くしてどこかへ旅立っていきました】
【それから暫くした、ある日のこと。新聞を広げた人形遣いの男は、あんまり驚いて椅子から転げ落ちてしまいました】
【そこには、翡翠の目の人形遣いの似顔絵と、劇団パラノイア 新団長就任の文字】
【あの人形遣いは町から出て行って、さる高名な劇団へ入り、そしてその長になってしまったのです】
【ますます男は面白くありません。どうにか邪魔をしてやろうと思い、そうして、あることを思いつきました】
【「そうだ、悪魔を呼んでやろう。悪魔に命令して、あいつをやっつけてやろう」】
【さっそく男は悪魔を呼びつけ、こう言いました】
【「やい、やい、悪魔よ。俺の魂をお前にやるから、あの翡翠の目の人形遣いを生きた人間でなくしてくれ」】
【「そうだ、ついでだ。あいつの前に現れて、この願いを伝えてやれ。きっと、酷く驚いて、怖がって、わんわん泣くだろう」】
【悪魔は男の願いを聞き入れ、その魂を体から抜き取ると、さっそく翡翠の目の人形遣いの元へ行きました】
【さて、ところ変わって別の町。ここはさる劇団パラノイア、その一室】
【劇に使う人形の手入れをしていた翡翠の目の人形遣いの元へ、悪魔がやってきました】
【悪魔は言います。[今から、お前を生きた人間でなくしてやるぞ。人形遣いの男に、頼まれたんだ]と】
【翡翠の目の人形遣いは言います。『ああ。ああ。それなら、私もあなたと取引がしたい』と】
【再びところ変わって、今度は悪魔の牢屋。悪魔が願いを叶える代わりに集めた魂が、沢山集められた場所】
【その牢屋に繋がれながら、人形遣いの男は一人、にたにたと笑っていました】
【「ひひ、ひひ、いい気味だ。一番の人形遣いの俺を差し置いて、あんなやつが団長だなんて」】
【「今ごろは、きっと後悔しているだろうぜ。きっと悲しんでいるだろうぜ。ひひ、ひひ」】
【そこへ、悪魔が様子を見にやってきました。男は言います。「やい、やい、悪魔よ。俺の願いは、叶ったか」】
【悪魔は答えます。[もちろんだとも。気になるなら、見てみるか]と。男はうなずいて、悪魔の鏡を覗きこみます】
【そこに映ったのは、立派に劇団の長をしている翡翠の目の人形遣いでした】
【男はたいそう驚きました。そうして悪魔へ怒鳴ります。「どういうことだ、ちっとも願いが叶ってないじゃないか」】
【悪魔は答えます。[いいや、確かに叶えた。お前は、あの人形遣いを「生きた人間でなくしてくれ」と言ったろう]】
【「ああ、ああ、言ったとも。それなのに、どうしてあいつは生きているんだ」と、男は悪魔へ問いかけます】
【悪魔は答えます。[お前の言うとおりにしたぞ。あの人形遣いは、生きた人形になった。もう人間じゃないんだぞ]】
【人形遣いの男は、"生きた"人間でなくしてくれ、"死んだ"人間にしてくれ、と願ったつもりでした】
【けれども悪魔は、生きた"人間"でなくしてくれ、生きた"何か"にしてくれ、と願いを聞き入れました】
【こうして人形遣いの男は、ちょっと言葉が足りなかったばかりに、悪魔に魂を取られたうえ、願いを叶えそこなったのでした】
『やあ。やあ。どうだい、これで分かったかい。言葉はきちんと丁寧に、相手に伝えなくちゃいけないよ』
『うん。うん。分かってくれたかな。なら結構、私も昔話をした甲斐があったというものさ』
『……翡翠の目の人形遣いが、悪魔に持ち掛けた取引? ああ。ああ。そうだね、確かにそこは省いたな』
『あれはね。私の魂をあなたにあげるから、私を生きた人でなくしてくれ、と願ったのさ』
『私を狙った男は、どうにもそそっかしかった。生きた人でなくするとは何か、悪魔にきちんと伝えなかったのだから』
『だから、私はそこをきちんと伝えたんだ。あれは私を"人間でなく、別の存在にしてくれ"という意味なのだとね』
『もっと正しく言えば、私は魂を差し出して、悪魔にそう解釈してもらうよう願ったのさ』
『その結果がこれさ。私はあの悪魔に、人形にしてもらったのさ。あの悪魔と一緒に、私を人形にしてしまったのさ』
『人形の素晴らしさを説いて、一緒に人形を作って。あの悪魔に人形を好きになってもらって、私を好きになってもらって』
『あの悪魔も、今では立派な人形遣いだ。幸せな私の伴侶だ。優しい二体の子らの親だ。愛しい人形たちの持ち主だ』
『さあ。さあ。そろそろ刻限だ、舞台へ上がろうじゃないか。役者たちと、私の伴侶たる悪魔と、私たちの子らが待っている』
『私──ジェイド・アルムニェーカが、翡翠の目の人形遣いが、君を舞台へご招待しよう』
----
伴侶:悪魔
ジェイドの劇団長就任を妬んだとある人形遣いがけしかけた悪魔であり、同時にジェイドの人形愛にドン引きした悪魔。
ジェイドの拘りを徹底的に詰め込んだ人形化の最中に人形制作の楽しさと演劇の素晴らしさに目覚め、ジェイドと意気投合。
無事(?)人形となったジェイドと別れたのち暫く修行、再びジェイドの許を訪れ2人の子(共同制作した人形2体)を設ける。
この人形2体の制作は人目を忍んで秘密裏に行われたが、ジェイドが団長業務で忙殺された為に、仕上げだけは悪魔が単身行った。
その後完成した2体と共に、今度は白昼堂々パラノイアを訪問、
二度とこのようなことが無いようにとジェイドを連れ去った……というのが二度目の失踪の顛末。
子:ジュード・エルオクルス(Judes・Loculus)
子:ネフェルティ・レイエス(Neferti・Reyes)
ジェイドとその伴侶の悪魔が共同制作した、2人の愛の結晶たる人形。
それぞれジュードにはジェイドの左目が、ネフェルトゥにはジェイドの右目が移植されている。
なお、ジェイド本来の魂は契約に従い悪魔が回収した為に、現在その名を騙る人形に宿る魂は複製品である。
それもただの複製品ではなく、悪魔が回収した大量の魂から少しずつ要素を抽出、ジェイドの魂をベースに混合したもの。
義体の性別・年齢・種族さえ問わず、性格や口調すら易々変えられるのはこの為。
ちなみに混合した魂の一部たちは、全てジェイドが管理者(悪魔)の立ち会いの下で直接取引して得たもの。