虚無の邂逅

虚無の邂逅

ウルキオラvsカワキ

断界


「……護衛が2人というのは拍子抜けだが……煩わしい拘流の動きが固定されていたのは都合が良かった」


 黒腔から現れた破面――ウルキオラは、ポケットに両手を入れて一歩踏み出した。

 カワキは即座に反応し、銃口を男に向ける。だが、ウルキオラはいきなり攻撃を仕掛けることはしなかった。


「話をするのに時間を急ぐのは性に合わんからな」

(あの時の――――…!)


 現れた破面の姿に、一月前の記憶が井上の脳裏を掠める。ヒュッと息を呑んだ井上の隣、カワキが訝しげに首を傾げた。

 「話をする?」と、男の言葉を繰り返すように口の中で呟いて、構えた銃口を下ろさずに、じっとウルキオラを見据える。


『このタイミングでの登場、とても偶然とは思えないな。……このセリフは二度目になるね、一体どんな用向きで?』


 温度を感じさせない冷たい印象を受けるものだったが、不思議とよく通る声だ。

 初めて会った日と同じ問い掛けに、人形のように無機質な緑色がカワキを捉えた。

 銃口に動揺する様子は微塵も無く、感情の抜け落ちた声で淡々と問いに答える。


「お前に用はない」


 呆気に取られていた死神が我に返った。

 震えを押し殺して、職務を全うするべく斬魄刀を引き抜くと、鋭い声で誰何する。


「な……何者だ貴様っ!! 破面か!?」


 ウルキオラの視線が斬魄刀を構えた死神に向いた。

 冷たく凍りついた表情は何の変化もないように見えるが、どこか不機嫌そうな雰囲気を醸し出しているように感じられる。

 死神の問い掛けには答えず、ウルキオラがスッとポケットから手を抜いた。


『!』

「まって! 話があるんでしょ!?」


 カワキは引き抜かれた手元から目を逸らさない。井上がウルキオラを振り返り、息を呑んで叫ぶ。

 今から起きる悲劇を予見した井上の叫びも虚しく、死神の半身が吹き飛んだ。


「……そうだ、女。お前に話がある」


 冷淡な声で告げて、井上に視線を向けるウルキオラ。死神に向けられた掌には残光が散っている。


『……成程。井上さん以外に用はない、というわけだね。よく解ったよ』


 話しながら、カワキが攻撃の正体を探るようにきゅっと瞳孔を細めた。

 銃を構えたカワキの背後で、井上が無惨に吹き飛ばされた死神を救おうと、懸命に治療に当たる。


⦅虚閃? いや、それにしては速い。そうなると――……あぁ、虚弾か⦆


 ウルキオラは井上が治療に当たる様子を止めることも無く、じっと見つめていた。

 その間に、カワキは僅かな情報を頼りに頭に叩き込んだダーテンを参照して攻撃の正体に当たりをつける。

 井上の隣で立ち尽くしたもう一人の死神が、恐怖に引き攣った呻きを上げる。


「う……うあ……」

「逃げて! 逃げて下さい!!」

「し……しかし……」

「いいから逃げて!! お願い!!」


 このままでは、残る一人も先に斃された死神と同じ末路を辿るだろう。

 必死に死神を逃がそうとする井上を視界の端に捉えつつ、カワキは凍った海のように冷たい瞳で狼狽える死神を一瞥した。


――弱い。


 この期に及んで、自分では判断の一つも下せない。

 武器を構えもせず、かと言って撤退する様子も無く、ただ立ち尽くすだけの死神の姿は、カワキが嫌う弱者そのものだ。


⦅増援を呼びに行かせる? 伏兵の一人で詰みだ。……いや、それ以前に、この死神が破面から逃げられるとは思えない⦆


――どのみち戦力にはならないな。


 カワキは死神を囮に使うことにした。

 斃れ伏す死神の治療に加わるかのように見せかけて、カワキが銃を下ろして位置を変える。

 同時にウルキオラが動いた。残った死神は高く血飛沫を上げて――


『君は会話よりこちらをお望みのようだ』

「――――!」


 宙を舞う鮮血を眩い光の弾丸が裂いた。

 攻撃の瞬間を狙ってカワキが神聖滅矢を撃ち放ったのだ。

 それは一瞬の出来事だった。ウルキオラは血の滴る傷口を押さえて、感心したような声で呟く。


「ぐ……ッ! 銃を下ろして何をする気かと思えば、不意打ちとはな……」

『…………』


 カワキの攻撃は終わらない。畳み掛けるように銃声が続いて、放たれた神聖滅矢が白い死覇装を血で染めた。

 苦しげな声の後、ウルキオラがゆっくりと口を開いた。


「お前が役に立ちそうも無い死神を救うとは思えなかったが、やはり、油断ならない女だ」

『まだ息があるのか、しぶとい事だ』


 カワキは負け犬の遠吠えかと冷ややかな眼差しでトドメを刺そうとする。

 白い指が引き金を引こうとした時―――


「……残念だったな」

『!』


 次の瞬間にはもう傷が塞がっていた。

 瞠目したカワキだったが、すぐに理由に勘付いた。


『超速再生か……先日のお友達や独断専行の破面には無かった力のようだけど……』

「そうだろうな。再生能力こそが俺の能力の最たるものだ」

『へえ……』


 負傷させた端からたちどころに傷が塞がっていくウルキオラの様子に、カワキの心の温度がスッと下がっていく。


⦅どうする? 一撃で急所を潰さないことには再生される。埒が開かない……⦆


 攻めあぐねるカワキをちらりと見遣ってウルキオラが井上に視線を移した。

 視線の先では、井上が瀕死の死神を治療しようと回復範囲を広げている。

 致命傷と思われた怪我が癒えていく様子にウルキオラが感嘆の声を漏らした。


「ほう、そこまで損傷していても回復できるのか。大した能力だ」


 ゆっくりと歩みを進めるウルキオラを、グッと手を握りしめた井上が睨みつける。

 井上を奪われては困ると、カワキが井上を庇うように位置を移動した。

 その様子を黙って見ていたウルキオラが井上に冷たく言い放った。


「俺と来い、女」

「!? な……」


 目を丸くする井上とは対照的に、カワキはスッと目を細めた。

 やはり井上の能力が目当てかと、カワキは納得すると共に懐の銀筒に手を伸ばす。

 まともに戦っては決着が着くまでに時間がかかりすぎると判断して、カワキは目的を足止めに切り替えた。

 しかしカワキの指先が銀筒に届く寸前、ウルキオラが一拍早く言葉を紡いだ。


「喋るな。言葉は“はい”だ。それ以外を喋れば殺す。“お前を”じゃない。“お前の仲間を”だ」


 カシャッと軽い音がして、カワキと井上がウルキオラの背後に視線を移す。

 そこに浮かび上がる映像は、現世で戦う仲間達の姿だった。


「!!」

『おや……』

「何も問うな、何も語るな、あらゆる権利はお前にない。お前がその手に握っているのは仲間の首が据えられたギロチンの紐、それだけだ」


 青い顔で固まる井上の横で、底冷えするような瞳をしたカワキは銀筒を隠し持ち、銃を構えた手を下ろす様子は無い。

 ウルキオラは予想通りだという態度で、カワキに語りかける。


「お前もだ、志島カワキ。武器を下ろせ。これ以上、妙な真似をするようなら仲間の命は無い」


 カワキは銃口を構えたまま、考える。

 映像はおそらく本物だ。目の前の破面の序列は知らないが、この強さの者をこちらへ遣るなら、現世に派遣した破面の強さはそれ以上という可能性は大いにある。


⦅井上さんを奪られるのは痛いが……優先すべきは護衛対象の命だ⦆


 脅し文句は虚勢ではないと結論付けて、カワキはゆっくりと銃を下ろした。

 カワキは要求に従った筈だったが、それは予想外の行動だったようで、ウルキオラは微かに目を見開き、驚きと疑心に満ちた視線をカワキに向けた。


「……やけに素直だな。一体、何を企んでいる?」


 カワキは感情の読めない作り物のような表情で、じっと佇んでいる。

 カワキに答える気が無いと察したウルキオラは「……まあいい」と呟いて、視線を動かした。


「理解しろ、女。これは交渉じゃない……命令だ。藍染様はお前のその能力をお望みだ。俺にはお前を無傷で連れ帰る使命がある」


 唇を噛み締める井上。ウルキオラはもう一度、同じ言葉を繰り返す。


「もう一度だけ言う。俺と来い、女」


***

カワキ…弱い奴はあんまり好きじゃない。一護の命≒自分の命なので、ウルキオラの要求に従った。井上の能力は素晴らしいと思っているので、狙われたのも納得だなと頷いてそう。後方何面だ、それは。


井上…最初に吹っ飛ばされた死神は勿論、カワキが無慈悲にも囮にした死神のことも後ろで治療してくれている。優しい。これが人の心だと虚無の二人に見せてくれた。


ウルキオラ…カワキへの理解度が凄まじいので人質なんて絶対効かないと思ってた。何かアッサリ従われてびっくりしている。不意打ちされた時も「あの女が雑魚死神の治療などするか? 何のつもりだ?」くらいは考えてそう。

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