虚弱カキツバタ未来設定
イッシュ地方ポケモンリーグ本部。
そこで行われるジムリーダーの定例会議のため、タロは荘厳な建物の内部にある事務所を訪れていた。
父からホドモエシティのジムを受け継いでから一年あまり。初めはリーグのゲートをくぐるにも緊張していたが、月に一度の会議はその実半分は交流会のようなもので、そう畏まる必要のある会合ではなかった。今では毎月の楽しみとなっており、タロは軽い足取りで会議室へと向かう。
室内にはすでに数名、顔馴染みとなったジムリーダーらが席についていた。彼らと挨拶を交わし、タロは立って作業をしているひとりの青年の隣に立つ。彼はジムリーダーではない。リーグ本部の職員である。
「タロさん。おはようございます」
「おはようございます、シモンさん」
シモンという青年は、ブルーベリー学園の同窓生だ。タロが学生リーグの四天王を務めていた頃にポーラエリアに所属していたらしい。学生時代にはあまり面識がなかったが、彼も毎月顔を合わせるようになった人物のひとりだ。
シモンは机の上にスマホよりも大型のタブレット端末を設置した。内部にロトムが住み着いた通信機能のあるものだ。
少しのコールののち、通話が繋がる。
2、3のやり取りをして、シモンは画面に向かって頭を下げた。彼が一歩退くと、カメラ通話で繋がった相手の顔が見えた。
「おはよう、カキツバタ」
「おーす」
毎日顔を合わせていた頃よりも、少し青ざめて見える頬。それでも体調はいい方のようで、大きなソファから身を起こして穏やかな表情を浮かべている。
「調子はどう?」
「そりゃあもう。元気いっぱいよ」
ニコニコとうそぶいて、カキツバタは画面越しに手を振ってみせた。
数年前、学生時代のことだ。
密かにかわいらしいと思っていた後輩が豹変して周囲に牙を剥き、にわかに騒動となった。学園に初めての留学生が訪れて彼のわだかまりを解き、後輩はしばらくの休学ののちに学園に戻ってきた。
皆で彼の再出発を祝福し、すべてが丸く収まったと安堵した矢先のことだった。
カキツバタが倒れた。
場所はリーグ部の部室で、初めは椅子に足でも引っかけたのかと思った。
彼ならそういうドジをしても不思議ではないと思ったから、こけちまったよと笑いながら起き上がってくるかと思ったのだ。
床に倒れ伏した体は震えながらもがいた。起き上がろうとしながら何度も肘から崩れるのに、タロは呆気に取られて見ているしかできなかった自分の不甲斐なさを今でも憶えている。
いち早く駆け寄って彼を助け起こしたのはゼイユだった。弟を大人を呼びに走らせ、部室にいた数名に指示してソファに運んで横たえた。触れた身体ははっとするほど熱く、反して顔は血の気が引いたように白かった。
医務室からの人手を待つ間に、どんどん呼吸がおかしくなっていく。空気を吸えば吸うほど肺の中で空回って、酸素が取りこまれずに喉から逃げていく。ひゅうひゅうと雪風のような音を立てて浅く息を吸い、引きつれるカキツバタの背を、ゼイユの手が撫でる。皆が囲んで声をかける。
その瞳に薄く絶望が浮かぶのを、タロは確かに見た。
数週間の不在ののち、カキツバタはあっけらかんとした顔で部室に姿を現した。
いつものように億劫そうに、ただ部室で倒れたことについては世話をかけて悪いね、とだけ述べた。
それで終わらせなかったのはリーグ部の四天王をはじめとした周囲の面々だった。
暴かれたくない秘密があるなら言わなくてもいい。でも次に何かつらいことがあったら、頼ってもらえないのは悲しい。どうして心配もさせてくれないのかとアカマツに本気で泣きつかれて、しばらく困ったように笑っていたが、ぽつりぽつりと話し始めた。
何年か前に、イッシュ地方の全域が過激な組織の脅威に晒されたことがあった。
その中でもカキツバタの出身地であるソウリュウシティが受けた被害の大きさは甚大で、ポケモンを利用した攻撃により街ひとつが氷に呑まれるという事件があったのだ。
突然のことで避難は間に合わず、ソウリュウシティの住民らも被害を受けた。
カキツバタもそのうちのひとりだった。
氷そのものや氷点下の冷気による受傷。多くの住民が凍傷を負ったが彼の場合は呼吸器への影響がひどく、呼吸機能は健康な人間の半分ほどしか機能していない。
そのため長時間の運動は厳禁。体力がないため眠りが浅い。結果として疲労が溜まりやすくなる悪循環。疲労を無視して動けば発熱し、熱に伴って呼吸器の発作が出ることもある。そうして、さらに不調が長引いていく。
こんなに重篤な後遺症を残している者はほとんどいないとカキツバタは言う。確かにタロは他のソウリュウシティ出身の生徒から事件の話を聞いたことはあったが、その子は軽い凍傷になったという話だった。痕も残っていないとも。それでも、すごく怖かったとも。
知ってしまえば、カキツバタの振る舞いにはただの怠惰ではなかった言動が端々にあったことも理解できた。
絶対に外してはいけないようなテストへの欠席。数日間姿すら見えないときがあったこと。
中には誰にも知られず、倒れて療養している日があったのだろう。
その一件があってからしばらくして、タロはなんとなく勘づくことがあった。
カキツバタが面倒な作業を嫌いなのも、座学が苦手なのも嘘ではないということだ。サボり癖もある。どうしようもないところは本当にどうしようもない男で、本当の苦しみがそんな態度と混ぜこぜになって隠されてしまったから、誰も気がつかなかったのだ。
その一件の後も、カキツバタは何度かリーグ部の部室から姿を消した。
もう誰も彼に苦言を呈さなかった。タロもそうした。明らかにサボっているとわかるときだけは皆で叱りつけたが、そんなとき彼は決まって嬉しそうにしていて、呆れてしまったものだった。
そうして、カキツバタは周囲よりも時間をかけて卒業した。タロが卒業してから少し後のことだ。
それからまた、さらに数年。ソウリュウシティのジムリーダーが引退するとの知らせがあった。前任者───シャガから発表された新しいジムリーダーがカキツバタだった。
ソウリュウシティの新しいジムリーダーは滅多に外出せず、人前に姿を現さない。
特にリーグ本部には訪れたことすらなかった。本部の建屋は若干標高の高い場所にあるため、他の地点よりも気圧が低い。呼吸器の弱い者が訪れると体調を崩すおそれがあるのだ。
他のジムリーダーらも承知していて、中には直接会ったことがない者もいるほどだった。
定例会議はつつがなく終わった。
月次の挑戦者数とジムトレーナーの育成計画の報告のあとは、大抵雑談の時間になる。
タロはいつも少しだけ早く引き上げる。街へと帰る道すがら、通信を自分の端末に切り替えてカキツバタとふたりで通話を続けるためだ。
何でもない友人同士のちょっとしたおしゃべりの時間だ。とはいえタロもカキツバタもお節介なところがあるので、心配がねじれて妙な腹の探り合いのようのなるときがある。
今日はタロからけしかけた。
「スグリくんとは連絡取ってる?」
「いーや?」
なんの含みもない返答があった。
「……パルデアのリーグに、内定が決まったそうだけど」
「そりゃめでてえな」
いつもの笑顔がいつもの拍手をする。
「向こうで立派に大成するだろうねい」
「…………」
タロはその口ぶりに察するところがあった。おそらくは、カキツバタはスグリとは二度と会うことはないだろうと確信している。そしてそれに安堵している。
その感情の理由を、タロはなんとなく察していた。
「……そういうの、よくないと思います」
電波に乗らないくらいの声で呟いた。画面の向こうの男は、いつも通りを見せかけて笑っていた。
タロ
ヤーコンからホドモエシティジムを受け継いだ。
ヤーコンはジム引退後、都市開発に注力している。
ホドモエジムはフェアリータイプの専門となった。内装もかわいさ全推し+クイズ形式のギミック付き。
カキツバタのことは気にかけているが、本人は叱られる方が気が楽そうだということにも気づいている。
カキツバタ
シャガからソウリュウシティジムを受け継いだ。
ジムはギミック少なめのサロンのような内装。
ソファに腰かけて挑戦者を迎える。菖蒲色の膝かけをかけているように見えるがそれはマントで、バトル開始時に立ち上がると同時に肩に羽織る。
誰とも添い遂げるつもりはない。好きな人はいる。一生言いたくない。
スグリ
この話の裏で感情が暴風吹き荒れている。自分の起こした騒動のせいでカキツバタが倒れたのではないかとか、サボりなのか体調不良なのかはっきりしてくれないと不安でイライラするとか。
発覚前の飄々とした態度に抱いていたもどかしさとか、発覚後の罪悪感とか心配とか全部ひっくるめていつのまにか恋心になっていた。ほっとけないから強くなって迎えにいく。
なおパルデアリーグでの初仕事はイッシュリーグの視察である。
その他設定
イッシュ地方のチャンピオンはアイリス。カキツバタより年長で仲は悪くない。
BW1・2の主人公は他地方を旅したりパシオにいたり(ポケマスやってないのであまり詳しくない、すみません)
他ジムリーダーは交代していたりBW2のままだったり。
ブルベリーグ四天王は全員イッシュ在住で、たまにカキツバタの家(シャガの家)に集まったりする。
SV主人公はパルデアのチャンピオンリーグに所属しながら他地方のジム巡り中。そのうちイッシュにも行くつもり。