虚ろの命と満たされた心
供養「……で?あの二人について知りたいの?なら端的に言おうか」
尋問室の中で逮捕された研究者、四衣銅鐸は調査官相手に話す。
「彼らは誠二君のアビリティで灰の中から蘇った死体、使った理由はアビリティ二種獲得の拒否反応で肉体的なダメージが発生するのを防ぐため。蘇生アビリティの制限はONOFFの時に50m以下の距離にいる事、復活及び死亡回帰まではタイムラグあり。それと杖が破壊されるとしばらく強制解除、距離制限はそのままだから離れた距離の死体は戻りはしないけど」
そして、若干の陶酔の混ざった顔つきで四衣は続けた。
「…しかし、実験結果は最高だった。だからあんな事になるとは、本当に残念だよ」
あの日、僕らはまた生まれた。
あの日、僕らは父さんに救われた。
あの日、僕らは悪魔に魂を売った。
「聞こえるか?トシ」
「聞こえるよお兄。潜入はまあ……上手くいった方だと思う。気づいてる人がいてもそれでいいよね」
ビルの屋上。足を宙に揺らしながら、少年が淵に腰掛けていた。
片手で通信機を持ち電話中の様子だ。
「それで、良いのか?もう後戻りできないぞ、助けてもらう事も。表に喧嘩を売るってのは……」
「大丈夫だよ。覚悟ならずっと前に決まってるもん。私たちは化け物でいい」
「………ごめん」
「どうしてお兄が謝るの?良いよ、そんなの気にしなくて」
軽く自嘲の混じった笑いと共に、通信機の向こうの少女は答えた。
少年の名は如月一郎、少女の名前は如月トシ。彼らはヴィラン、悪役としての名はアンチ・ヒーローという……。
「準備は完璧だ、行くか」
一人少年は呟く。それに応える相手はどこにもいない。
「……着装」
変身とは言わなかった。それが唯一少年に残された抵抗手段だった。
少年は片手からゼラチンめいた触腕を伸ばし、スイングで飛ぶ。目的の場所に殺戮と破壊を撒き散らすために。
「恨みはないが……死んでくれ!」
降り立ったその場所で、少年は必死に戦った。触手を伸ばし、差し伸べられた手を切り裂き、掛けられた声に耳を塞いで。
傍にしがみつく妹を守りながら。守るたびに傷を増やし、ボロボロと崩れていく自分の纏う装甲を感じながら。
強い、あまりにも。少年の出力は決して低くはない。圧倒的なのは経験の差、圧倒的なのは数の差。
少年は一人で、相手は一人ではない。別にそれだけのこと。
彼らは少年と違い、伸ばされた手を片端から振り払ったりなどしなかったのだろう。
(クソ……なんだよ、なんで………こんなに羨ましいんだ)
連撃で崩される体勢。隣で妹の悲鳴が聞こえる。攻撃されたわけではなさそうだ、彼女はただ兄のために叫んでいた。
「離せ……!俺はまだ……!」
戦わなければ、戦わなければ捨てられてしまう。戦わなければ………。
「トシを……守らなきゃ……!」
必死にもがこうとしたが、抑えられた手足はもう抵抗の可能性をとうに摘み取られていた。
少年は無力だった。
声が聞こえる、誰かの声が。
救うような声だった。もう大丈夫だと。
反吐が出る、こちらの事情も知らずに吐き出された言葉の数々に反吐が出る。
何が保護だ、そう思った。父がそう望めばトシも俺も死ぬ。いや、元の遺灰に戻る。
だから役に立ち続けなければ、だから戦い続けなければ。
ざわめきが周りに広がる。抑え込んでいた生徒の一人が彼らの体が冷たいことに気がついたらしい。
それだけならまだしも、その上微妙に香る死臭だけは隠しきれない。
「どうしたんだよ。お前たちも気持ち悪いと笑うのかよ!化け物の俺を!」
何度も繰り返されてきた事だった。彼ら兄妹は市井で生き難い存在だった。
何度も繰り返された叫びは、だけれどすぐに力を失った。
「……!?」
誰かが少年を抱きしめた。誰かの謝罪が聞こえた。
少年には初めての経験だった。誰かの温もりを全身で感じるのは。誰かに謝られるのは。
……ほんの少しだけ、少年は迷っていた。
だからその声はあまりにも絶望的だった。
「没収だ、一郎。残念だよ」
近くに待機していたのだろうか。彼らの父親、そして蘇らせた存在たる如月誠二が離れた場所に立っていた。
周囲の生徒は彼を攻撃すべきか迷っているようだ。そしてその間に誠二は杖を取り出し、地面を二度突いた。
それはアビリティ解除のための行動。動く死体をただの死体に戻す行動。
「あ……あ………!」
ぼろり、ぼろり、まるで腐り落ちるように、体が緩やかに力を失っていく。どんどんと腕が上がらなくなる、思考が形を失い始める。
「いやだ……いやだ……死にたくない!助けて、誰か……!トシだけで良いから……!誰か…!」
隣できっと妹も同じ状態になっているだろう。それが何より恐ろしかった。妹を巻き込んだことが、また妹に死を味わわせる事が。
誠二と生徒たちの戦闘が始まったらしい。水の向こう側のようにぼやりとしてはいるが、戦闘音が聞こえる。
「お兄……まだ生きてる?」
混濁した意識の中に声が聞こえた。守りたいと願って、叶わなかった大切な家族の声が。
「なんとか、生きてる。もう半分死体だけど生きてる」
もう四肢の感覚が無い。今の少年は思考するだけの置かれた死体だ。
「……なら、お願い。一緒に誠二さんをぶん殴って」
(ヒーローは負けない、君が応援してくれる限り)
懐かしい、子供の頃見た英雄の肖像。それが薄らと浮かぶ。
ヒーローなんてと叫ぶようになったのは蘇ってから。死んでも解放されないと知ってから。だから少年は反転したヒーローアンチで、アンチ・ヒーローだった。
(そうだったな……捨てられたんじゃなくて、俺が捨てたんだったな)
両手両足死体であろうと、アビリティだけは使える。
全身を覆う装甲が代わりに動くことでその身を戦いへ導く。
ギリギリと油を差し忘れたブリキ人形のように手足が動き、ポーズを取った。少年が憧れていた、誰かを救う英雄のポーズを。
「狙いは杖だ……!」
誠二の持つ杖の先に付いた赤色の水晶球、それが死者を甦らせる力の源だ。破壊すれば一定時間は死者を生み出せなくなるし、既に動いている死者も物言わぬ死体に戻るはずだ。
「行って、お兄!」
妹の生み出した風が吹き、少年の背を押す。
少年はその身を動かした、自分が消えると承知で。まるでその身の犠牲を厭わないヒーローのように。
「これ……だけ……は………俺がやらなきゃ、ダメなんだ!」
駆ける、背中に風を感じながら。跳ぶ、自分の死を受け入れて。
そして蹴りは、狙い過たず杖を砕いた。
「この…失敗作が!分かっているのか!?貴様も死ぬんだぞ!」
誠二の言葉に少年は叫び返す。
「俺は失敗作じゃない…!そして俺は正しいことをした!最後に!だからこれで……これで…良いんだ……!」
その直後、何か言い返そうとしていた誠二の体に生徒たちの総攻撃が炸裂した。
数分後、駆けつけた警察に如月誠二以下十数名が引き渡された。
「……やったね、お兄。やっと正しい事をできた」
視界が霞む中で、少年は声を頼りに体を引きずる。いや、もう体は動かない。アビリティの液体が少年を引きずって目的の場所まで運ぶ。
「……ありがとう、トシ。僕の妹でいてくれて」
こつん、と額が触れ合う感触がする。もう何も見えない、何も聞こえない。それでも二人は互いを感じて笑う。
「……お兄……そろそ…ろ……」
「…うん…おやすみ……」
こうして虚ろの命が二つ消えた。だけれど二人は笑う、死に怯えながら笑う。心の底から満たされていたから。正しい事をできたと、そう信じているから。
そうして二人は灰に戻り、風の中に消えていく。
残されたのは、彼らが生きていた証は、一枚のマフラーだけだった。
[だいじなもの:赤色のマフラー]
端に持ち主の名前が縫い取られた、不恰好な赤い手作りマフラー。ある少年が愛したヒーローの装備を妹が拙い技術で再現したもの。身につけると誰かを守りたくなる。