虚と人間、絶望と希望

虚と人間、絶望と希望


虚夜宮・天蓋外


 ウルキオラが霊子の槍を構え一気に距離を詰めた。

 正面から突っ込んで来たウルキオラの槍を斬月で受け止める一護。

 チリチリと微かな音を立てて鍔迫り合いとなる中、涼しい顔のウルキオラが徐に口を開いた。


「……黒崎一護。月牙を撃て」

「!?」

「その姿がお前の最強の姿、月牙がお前の最強の技なら今ここで俺に撃ってみせろ。力の差を教えてやる」


 戦いの様子を眺めていたカワキが僅かに目を見開いて、思案するように口元を手で覆った。

 虚化した一護の月牙天衝はかなりの威力だ。鋼皮があれど、生半可な防御力で直撃すればただでは済むまい。


『それほど自信がある、という事か……』


 蒼い双眸が見つめる先で、挑発に乗った一護の霊圧が膨れ上がる。


「……月牙を撃ってみろだと……? フザケやがって……。そんなもん言われなくても……そのつもりだ!!」


「————月牙天衝!!!」


 放たれた黒い月牙天衝はその名の通り、天を衝くように大きく、ウルキオラの体を覆い尽くす回避しようがない一撃だった。

 実際に、ウルキオラは回避しなかった。否——回避する必要がなかったのだろう。


「……やはりな。所詮は人間のレベルか」

「……無傷……だと……!?」


 黒く渦巻く力の奔流が吹き荒れた先に、先程と同じ姿のウルキオラが立っていた。

 信じられないものを見るように瞠目する一護とは対照的に、カワキは予想の範囲内だと、眉一つ動かさない。

 現世での戦いの折、ウルキオラの戦力の見極めは的確で慢心がなかった。

 そのウルキオラが「撃ってみろ」と誘うなら受け止め切る自信があったのだろう。


「……確かにお前の黒い月牙は俺達の虚閃に良く似ている」

「……虚閃だと……? そんなモンと……一緒にすんじゃねえ……」

「……そうか。お前は未だ見ていないのか。最後だ、見せておいてやる。これが解放状態の十刃の放つ————黒い虚閃だ」


「“黒虚閃”(セロ・オスキュラス)」


 まずい、と思った時にはもう遅かった。

 黒虚閃の直撃を受けた一護。仮面が粉々に打ち砕かれ、瓦礫と共に虚夜宮の屋根を頭から落下していく。


「く……そ……ッ……」


 落ちていく一護を追い、追撃を掛けようとするウルキオラ。

 それを阻止すべく動いたカワキが飛廉脚で先回りして前方に回り込んだ。


『そこまでだ。これ以上は看過出来ない』


 カワキはウルキオラの視界を塞ぐように落ちてきた瓦礫を二、三蹴り飛ばす。

 同時、重い銃声が響き、光の弾丸が幾つも撃ち放たれた。

 飛んで来た瓦礫をクッキーのように軽く砕き、黄色く光る槍が幾筋もの青白い光を弾き飛ばす。


 勢いを緩めることなく、槍を振り上げて距離を詰めるウルキオラ。

 カワキは想定内だと言うように、底冷えするような色を宿した瞳をきゅっと細めてゼーレシュナイダーを引き抜いた。

 青白い霊子の光に照らされ、夜闇の中に乳白色の肌が浮かび上がる。


「…………思えば、断界でもそうだ」


 二色の光が交差し、競り合った。

 緊迫した命のやりとり。その最中、闇に浮かんだ人形のような女の顔に、断界での記憶が呼び覚まされる。

 あの日、呑む筈が無いと思われた要求にカワキは拍子抜けするほどあっさり従った——確か、あの時の人質の中にも黒崎一護の姿があった筈だ。


「お前は奴の命が危険に晒される時、必ずそれを阻止するように動いていたな———あの男に何かあるのか?」

『意外と詮索好きなんだね、ウルキオラ。まあ、私は君に“意外と”なんて言うほど、君の為人なんて知らないんだけれど』


 空中での鍔迫り合いは、じわりじわりとカワキが押されていた。

 それならば……と、カワキはわざと力を弛めることでウルキオラの姿勢を崩す。

 前のめりに体勢が傾く隙を突き、カワキは間髪入れず、回し蹴りを叩き込んだ。

 人間ならば骨折では済まないだろう衝撃にウルキオラが吹き飛ばされる。

 しかし虚空に手をつき、軽く体勢を立て直した様子を見たところ、大したダメージは与えられていないようだ。


「悪りィ、カワキ……」

『良いよ。君を護るのが私の役目だ』


 瓦礫の山から起き上がった一護がカワキと合流する。

 悠々とした足取りで夜空を歩きながら、ウルキオラは諭すような口調で語った。


「……理解したか? 黒崎一護。お前の姿や技が幾ら破面に似ていようとも、その力は天地ほどにも隔たっている」


「人間や死神が力を得ようと虚を真似るのは妥当な道筋だが、それで虚(おれたち)と人間(おまえたち)が並ぶ事など、永劫ありはしない」

『————……そうか。君はまだ、本当に強い人間と出会った事が無いんだね。——君から全てを奪うような、そんな相手と』


 穏やかな春の日の水面のように凪いだ瞳で告げたカワキに、ウルキオラがぴくりと眉を動かした。

 あまりに当然の事として語られた言葉がどうにもウルキオラの癇に障ったのだ。

 追い詰められているのは向こうだ。それなのに、「お前は致命的な見落としをしている」と言われたようで気分が悪かった。


「————……月牙」

「無駄だと言っているんだ!!!」


 その矢先、希望が潰えぬ表情で刀を握り直した一護に、ウルキオラはらしくもなく声を荒げて激情のままに槍を振るう。

 一護も、カワキも、必死で応戦するが力の差は明らかだ。


『……っ!』


 カワキはウルキオラの猛攻に対して回避に専念する事で損傷を軽微に抑えた。だが護衛にあたる余裕はない。

 攻撃を喰らった一護が柱に激突する。

 カワキが一護に気を取られた隙を突き、ウルキオラがカワキを投げ飛ばした。


「何故、剣を放さない。これだけの力の差を目にしても未だ俺を倒せると思っているのか?」


 ウルキオラは柱の上に立ち、傷だらけの一護の襟首を掴んで持ち上げる。

 力の差を目の当たりにしても折れる様子の無い一護への問い掛け。しかし、返答はウルキオラの理解の外だった。

 ウルキオラの強さなど最初から理解していると、ボロボロの体で語る一護。


「今更てめえの強さなんか……幾ら見たって変わりゃしねえんだよ……俺はてめえを倒すぜ……ウルキオラ」


「——————戯言だ」


 感情を押し殺したような、静かな声。


「黒崎一護。お前のそれは真の絶望を知らぬ者の言葉だ。知らぬなら教えてやる」

『一体、何を————……は?』


 投げ飛ばされた先から戻ったカワキの瞳に映ったのは、御伽噺に語られる者の姿。


「これが真の絶望の姿だ」


 兜が失われた頭に二本角、鋭い爪、黒い体毛に覆われた両腕と下半身、細長い尻尾——悪魔を思わせる姿でウルキオラがそこに佇んでいた。

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