虎杖♀の話②

虎杖♀の話②


!何でも許せる人向け!


「生得領域宿儺(虎杖♀の姿)を姉のように慕っていた虎杖♀」概念の続き

五条敗北&高専側全滅バッドエンド後に宿儺(完全受肉)・裏梅・羂索が虎杖♀を構いながらゆるく過ごしてる話

※宿儺が虎杖♀を妻として娶っている


■注意

・虎杖のみ女体化

 (名前「悠仁」、一人称「あたし」)

・CP要素あり

・日本そのものは壊滅しきっていない謎状態(買い物とか出来てる)






「ただいま~。休日は混むねやっぱり」

「おや、悠仁様。おかえりなさいませ」

「えっただいまって言った私は無視?」


 見えない壁をいくつも抜けて、光の差さない場所に戻る。

 宿儺の塒(ねぐら)だ。冷たい岩に囲まれた、どこまで行っても端が見えない、城みたいな建物。

 あたしがいていい世界のすべて。


 頭を下げた裏梅の後ろに宿儺がいて、あたしはとっさに地面を見た。

 ドッと大きく心臓が鳴って、手足の感覚が遠くなる。情けないってわかってるけど、もうどうしようもなかった。邪悪な呪いの気配も、見上げるほど大きな体も、四本の腕も、見透かす目も。それからこいつがやったことも。全部ぜんぶ、あたしは怖くて仕方ない。

 そうなるだけの時間がここで過ぎて、そうなるだけのことを、ここでされた。


「っ、」


 ずるっと抜ける感覚がして、足に力が入らなくなる。あたしの足はとっくに腱を切られてて、自力で立つことはもうできない。さっきまで外を歩けてたのは、羂索が人の動きを操る呪霊を使っていたから。

 膝から崩れたあたしを、倒れる前に宿儺が支えた。腕一本で抱き上げられて、その腕に座らされて、異形の瞳と間近で目が合う。絡んだ視線をあたしから外すことはできない。


「よく帰った。我が妻よ」

「ぁ、っ……」


 こつりと額が触れあって、少し伸びた髪を撫でられる。何度か繰り返されたあと、今度は額に唇が触れた。恐怖とか嫌悪感とか、そういうものでぶわりと肌が膨らんだ気がする。嫌な汗がこめかみを伝った。

 今すぐこの手を振りほどいて、誰もあたしに触れられない場所に閉じこもりたい。けどそんな場所はこの世のどこにもないし、あたしには今しなきゃいけないことがある。グズグズしてたらどう窘められるかなんて、考えたくもなかった。


「……ただい、ま。宿儺……」

「ケヒッ、良い良い」


 冷え切った指で宿儺に触れて、頬のあたりに唇を押しつけた。機嫌よく笑う声に涙が出てきて、ぎゅっと目を瞑って誤魔化した。怖い。気持ち悪い。怖い。そんなこと思ったってどうにもできない。

 熱いねぇ、と羂索が笑った。


「しかし君普通に名前で呼ばせてるんだね。がっつり平安式の結婚したわりに『我が背』とか言わせないんだ?」

「馬鹿め、此奴に格式張った物言いは似合わん。そも婚儀では俺のやり方を重んじたが、妻の時代の価値観とて無碍にするつもりはない」

「なるほど。まあネイル買ってこさせるくらいだもんね。王の度量ってやつかな」


 羂索が投げた紙袋を宿儺が掴む。中身は百貨店で買ったネイルポリッシュ。さっきの外出はこのためだ。


 生乾きの傷口を爪で裂かれたような気分になる。


 まだ宿儺があたしの中にいた頃、あたしは宿儺を姉ちゃんみたいに慕ってた。

 あたしの顔と体で、あたしとは似ても似つかないくらい賢くて強い宿儺がすごく大人に見えたから。

 いろんなこと教えてもらって、いろんなこと話して、いろんなことして遊んだ。そのなかにネイルがあった。


 あたしの爪はただ短いだけで、つるんと黒く塗られた宿儺の爪はすごく綺麗だった。ラメで飾ったらすごく似合うだろうなと思って、任務帰りに買ったマニキュアをどうにか生得領域に持ち込んだ。クールなキラキラで飾った黒い爪はやっぱり綺麗で、得意になって宿儺の手を握ったのを今でも覚えている。ネイルの乾いた手で頭を撫でてくれたのが、すごく嬉しかった。

 宿儺はネイル独特の匂いがどうしても嫌いみたいで、そこをカバーしたやつもあるらしいから今度はそっち買おうなんて話して、あたしの爪も塗ったり塗ってもらったりした。

 いつか来る終わりまで、こんな日が続けばいいって思ってた。


 そんな願いも何もかも、もう木っ端微塵だ。


「悠仁が選ぶの遠慮してたから全部買ってきちゃった。問題ないよね?」

「構わん。して此奴との漫遊はどうだった? 御母堂よ」

「うわ君に呼ばれるとキッショいな……。もちろん楽しかったよ、娘と水入らずで買い物なんて初めてだからね」


 軽い調子で話す声をただ聞いていた。裏梅が恭しく紙袋を受け取り、どこかへ運んでいく。きっとあたしと宿儺が過ごすために作られた、あの広くて恐ろしい部屋だ。そこであの日の再演みたいに、宿儺が飽きるまでお互いの手先を飾り合うんだろう。

 宿儺があたしの手を取って、爪を押さえるようにして指先を軽くつまむ。そのまま指が絡まって、手の甲をゆるく撫でられる。

 『姉』なんてとんでもない、おとこのひとの、おそろしい手。ざぁ、と、体の中を嫌なものが撫でた。


「お前の爪塗りは以前とは違う趣(おもむき)が良いだろうな。あれは今の装いには釣り合わん。ふむ何と言ったか、菓子の名前だったな……」

「マーブルチョコ?」

「それだ」


 忘れたいのに、思い出が消えてくれない。

 手入れとかできないし、敵ぶん殴るときに刺さるし、あたしにとって長い爪は縁のないものだった。だから大人っぽい宿儺のネイルとは反対に、明るい色をべたべた塗ってカラフルなチョコみたいにした。つるぴかに仕上がったあたしの爪をつついて、よく似合う、と笑った宿儺が頭をちらつく。


 どうせ踏み躙るつもりだったなら、どうして夢なんか見せたの?


「なるほど。あれ短い爪には合うけど、悠仁爪伸びたもんね。髪も伸ばして格好も和服で大人びたし、たしかにもう少し落ち着いたデザインがいいかも」

「左様、あのときの装いに戻ることもないからなァ。握らぬ拳に刺さる爪など憂う必要はない。……裏梅」

「は。召し替えはこちらに」


 いつの間にか戻っていた裏梅があたしの着替えを示す。黒い着物と、深い深い赤色の羽織。金の刺繍が淡く光って、心臓の柔らかいところをぎちりと刺した。

 あのとき着ろと言われた羽織だ。12月24日。宿儺はこれを着て出迎えろとあたしに言って、五条先生との戦いに向かった。

 従う気なんてなくて、宿儺が戻ってくることなんかないって信じてて、でもそうはならなかった。

 あの日はこれを着ることも、宿儺を出迎えることも拒否できた。泣いて泣いて、暴れて、逃げようとして、いくつもいくつも日が過ぎて。それで。

 あたしは、自分からこれを着るようになった。


 宿儺が選んだものを贈られるまま、あたしは操られたみたいにそれを着て日々を過ごしてる。拳を握る気力だって、とっくの昔になくしてしまった。

 もう大事な人はみんなみんないないのに。だから、何されたって従う理由はなかったはずなのに。あたしの覚悟や考えなんて、宿儺の前では何の意味もなかった。

 泣いちゃだめだ、ずっとそう思ってるのに涙がこぼれてしまう。濡れた目元を舐められて、ぎゅっと強く抱き直される。何もかも、嫌で嫌で仕方なかった。


「暫し閨で過ごす。何かあれば呼べ」

「御意。……羂索、夕餉まで居座るつもりなら結界の修繕でもやっておけ」

「ほんっと私の扱い雑だね君ら……まあいいけど。夜は前言ってた悠仁の肉団子鍋?」

「ああ、久々に良い肉が入ったからな」


 気安い会話に、いつか順平と見た映画を思い出した。エンドロールが終わったあとに、こんな調子の後日談が流れた気がする。

 あのときはまだ、宿儺と最後まで一緒に戦えると思ってたんだっけ。



 エンドロールも、後日談も、ぴったりな言葉だと思う。


 だってもう、全部終わっちゃったんだから。

 五条先生はもういない。伏黒の体は、世界のどこにも残ってない。守りたかった人たちは、みんなみんな死なせてしまった。


 奇跡は起きない。ヒーローは現れない。

 エンドロールはもう過ぎて、あたしはもう立ち上がれない。

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