詰め込んだ思い出は
アルバムには記憶にない彼女が写っている。菓子の入っていた缶の中には彼女から貰ったであろうものが詰まっている。
増えていく身に覚えのない記録(思い出)は積み重なり、重くなり、デイビットを圧迫していく。
それを望んだのはデイビットだ。
例え覚えてなくても、残したいと願ったのは自分だと記憶している。
「それじゃあ写真たくさん撮って、ものを残そうか」
そう言って彼女に手渡されたのは可愛らしい、春をモチーフにした缶箱。その缶に入っていた菓子を一緒に食べて、紅茶を飲んだ。
覚えている。ああ、覚えているとも。
「だからと言ってゴミを残すのは違うだろう」
なんの遠慮もなくデイビットの『思い出』を覗いた全能神はその中にある包み紙をつまむ。
それは果物が描かれた飴の包み紙、言ってしまえばゴミだった。
「あとこれ中身入ってるじゃねえか。捧げ物は受け取るだけじゃ意味無い。味わってこその捧げ物だろう」
「贈り物だ」
シュミレーター後のジャック・ザ・リッパーとポール・バニヤンと一緒にいた彼女に会った時に渡されたもの。デイビットもどうぞと、手のひらに渡された飴玉。
「……デイビットの手大っきいから本当に小さく見えるね」
「これは」
「何時ものお礼……にしては簡単過ぎるね。また何か贈るから」
「お礼を受け取るようなことは記録していないが」
「助けられてばっかりなんだよなあ」
くすくすと笑う彼女は幼い少女の様で、先程までシュミレーターにいた時の凛々しさはない。優しい声で、優しい瞳で告げた。
「デイビットはいつも頑張っているからね」
頑張るのは善いことだ。
それをデイビットが誰よりも善い人であると確信している彼女に言われたのだから。
ならばこの飴は、包み紙はその証だ。彼女に認められてデイビット・ゼム・ヴォイドは人間になる。人間になれる。
「彼女がオレに贈ったものだ。彼女は捧げるような人ではない」
「はいはい……ん、リボンなんてまた可愛らしいものを」
「バレンタインで貰ったものだ。お前だって貰っただろう」
「まあ貢ぎ物を受け取ってこその神様だろう?」
バレンタインにはチョコレートというのは日本人の文化だ。藤丸立香も学校でチョコレート交換をしていた学生だったのだから、サーヴァントやスタッフに配るのは当たり前のことだった。
「デイビット!ハッピーバレンタインらぶ」
「特異点の影響が抜けてないな」
「やばいらぶねえ……んん、ハッピーバレンタイン!どう?言えてる」
「言えてる」
「よかった。というわけでどうぞ」
「……貰えると思っていなかったから何も用意していない」
「お返しなんて大丈夫だから!バレンタインは感謝の気持ちを伝えるイベントでもあるしね。ゴッフとかカドックにもあげたし」
「カドックにも、なのか」
「うん。先輩だし、お世話になっているし」
「オレは君になにもしていない」
「してくれているの!デイビットが気付いていないだけで、君は善いことを私にしてくれた」
だから、どうか受け取って。差し出された可愛らしい箱を、感動で震える手を抑えながら受け取る。
「嬉しい。とても嬉しいよ、藤丸立香」
「喜んでくれてよかった!」
箱に向けられていた目線を彼女に向ける。
目を伏せて、まつ毛が震えている。
頬は紅潮して美味しそうだ。
(美味しそうだ?)
「んん……なんか、恥ずかしくなってきた!それじゃね!」
涙で潤んだ丸い瞳がいつか貰った飴玉に見えて──
「美味しそうだ」
「食欲と性欲は一緒みたいなもんだからな。兄弟、まだバレンタインの返礼はしてないんだろ?」
「性、欲」
「お前が人間であるならば欲のひとつやふたつあるのは当たり前だ。それを今まで意識することがなかっただけ。それをお嬢というひとりの女が解き放ったワケ」
「それは」
「悪いことじゃねえよ。繁殖は人間の務めだ。まあたまに暴走するやつがいるのが人間だよなあ」
「……」
「そのチョコレートの包装、お前のだけ違うんだよ。ここまで言えばお嬢が何かしらお前に感情を向けてんのが分かるだろ?戦士なら戦ってこい」
駆ける、駆ける、駆ける。
急遽用意した花束を持って。脇目も振らず彼女のいる元へ。デイビットの人生、こんな経験をしたことが無いのは確かだ。だから分かりやすい方がいい。
「藤丸立香!」
「ど、どうしたのデイビット」
「これはバレンタインのお礼だ」
「……お礼なんてよかったのに。ありがとう」
「ありきたりだ。分かりやすいものだが、それでいいと判断した」
「ありきたりって……この花束」
「ああ」
「ありきたりでいいのに。気持ちが1番だよ」
藤丸立香の頬はあの時のように紅潮している。手に持った薔薇の花束のように綺麗で美味しそうだ。
「君が好きだ、藤丸立香」
「デイビット……!あのね……ここ、食堂……!」
アルバムに記憶にない彼女が笑っている。
春をモチーフにした缶箱はありとあらゆる物が詰まっている。
飴の包み紙にラッピングのリボン、押し花にした薔薇の花びら。そして、金色の指輪。
なに、特別なものでは無い。ありふれた魔術礼装。付ければ気持ち、魔力の循環が良くなる程度の。サーヴァント用のものをこっそり貰って、人が使うように改良されたもの。
それを見つめて、覚悟を決めて、小箱を持ってデイビットは部屋を出た。
「立香、今いいだろうか」
「はーい開けるから待っていて」
扉の向こうには何時ものカルデアの礼装ではなくラフな格好をした彼女がいる。明るく笑う立香は昨日の記憶通りに体調などに問題は無い。
「どうしたのデイビット」
「この前のお礼だ」
そう言いながら小箱を開ける。そこには華美な装飾は一切ない、シンプルなシルバーの指輪が鎮座していた。
「デイビット……?」
「これは君から貰った魔術礼装の色違いみたいなものだ……左手を出してくれ。そしてどうか、君の薬指に指輪をはめることを許してくれ」
「うん、喜んで。ねえデイビット。キミにあげたあの指輪の礼装はある?」
「オレの部屋にある」
「じゃあさ、その……その指輪をデイビットの左手薬指にはめたいって言ったら許してくれる?」
「ああ……喜んで」
手を繋いでデイビットのマイルームへ歩き出す。
教会も神父も格式も礼節もない、小さな儀式。2人は重りであり、鎖であるその指輪を喜んで薬指に受け入れた。