葬儀のあとに
Nemoton手向けた百合の花が雨に打たれて萎れかかっていた。
墓地の空は灰色と白が入り交じった薄曇りだった。周囲の生垣と墓石をわずかに鳴らしながら、細かな雨が降っている。
ひとつの真新しい墓石の前、百合の花を見下ろしてふたりの男が立っていた。
ひとりは金髪だった。色濃い飴色がかった癖のあるブロンドが、しみ一つない頬と額に貼り付いている。
もう一人は黒髪、軍服を思わせる黒い制服を纏っていた。防水性のインバネスに水滴が弾かれ滴り落ちる。
黒服の男は雨の中にも関わらず、帽子を脱いだ。墓石に刻まれた名前に目を留め、そっと瞼を伏せる。
帽子を胸に当てて哀悼を示す。暫しの後、男はそっと隣で立ち尽くす金髪に顔を向けた。
「ジャクソン」
囁くような声がそっと落ちた。申し訳ない、そんな意を帯びた単語だった。
金髪の男はその言葉にぼやりとした視線を向けた。ようやっと男の存在に気づいた、とでも言う体だった。
雨の滴が髪と同じ色をした睫を濡らしている。ターコイズブルーの目が、内心まで照らし出しそうな鮮やかさを以て見つめ返す。
黒服はひそかに息を呑み、視線を反らした。
「すまない」
黒服は狼狽を押し隠して、もう一度謝罪した。
男はかすかな笑みを唇の端に上らせたが、どこかその顔立ちには空虚さが漂っていた。
「いいえ」
雨の音が体を冷やしたのだろうか、少しざらついた声で男は応じた。
「謝るのはこちらの方です。葬儀のあと、という約束でしたね」
男は両の手首を揃えると、差し出した。
「どうぞ、いかようにも」
こんなはずではなかった、こうあるべきではなかった……。
黒服は内心でそう叫びたかった。
我々の決着は本来、このような形で終わるべきではなかった。もっと別の形があったはずだった。
我々は正面から打ち砕き、打ち砕かれあうべきであり、彼を罰するのは正義と法であるべきだった!
思考とは裏腹に、身体だけが成すべき責務を遂行する。
金属音はごく軽かった。黒い鉄の輪がその男を戒める。
手錠をかけられた手首を見下ろして、男は微笑した。
ジャクソン・テイラー。
共和国内を揺るがした、希代の怪盗であり詐欺師――同時に、国内最後の純粋なる西洋人である。
彼が逮捕されたのは、五十人目の妻の葬儀を終えたあとだった。