落ちてるウタ

落ちてるウタ



人形だった時、自分が歌えなくてもと作詞や作曲をしていたウタは小さな玩具の身体で大きなペンを抱え、五線譜の上を走る様に歌を描いていた。

その時の癖なのかもしれないし、元々なのかもしれない。ウタは人に戻ってから若干字が大きかった。勿論ナミやロビンと共に矯正して意識しているウチは然程じゃなくなったのだが…


「うお…こりゃまた随分とやってんな…」


ウソップが廊下を見渡して驚嘆に近い息を吐く。もう何度も見たが、それでも圧巻と言いたくなるのだ…この、埋め尽くすなんて言葉が相応しい程に壁や床に書かれた五線譜と歌詞の走り書きは


「今回は……あっちか?」


恐らく歌詞の意味を読み解く限りこのまま進めば犯人はいるだろう。ただ、本人が今も書いているのか…それとも……と予想しながら角を曲がったウソップの足に何かが当たる。慌てて飛び退くと、そこにはスヤスヤと寝息を立ててまさに落ちてると言っていい状態のウタがいた。

叫ばなくてよかったとウソップは口を覆っていた手を離す。

人間の身体を取り戻し、改めて歌う事が出来る様になったウタはそれはもう喜んでいた。作詞作曲、振り付けなんかもやる気が色々と制限がかかっていた人形時代と比べて段違いだった。枷が外れたと言っても良かった。

だが、芸術家肌とも言える彼女がインスピレーションが湧いた時にこの悪癖が出てくる。手元にある書けるものを全部使ってその場で曲を書き上げてしまうのだ。それもテンションが高いからか一つ一つ字が大きい。遺跡の壁画と見紛うほどと言っていい。

しかも、体力がまだないのもあるだろうが、恐らく書きながらその歌詞を口遊むのだろう。ウタウタの力が発動して勝手に寝落ちしてしまう様だ。力尽きたとばかりにその場でパタリと眠る。

一度チョッパーの部屋の前で寝落ちして部屋から出てきたチョッパーが絶叫したのは記憶に新しいなとウソップは頭を掻いた。

これでも、本人は最初フランキーが用意した黒板や書くものが大量に置いてあった部屋から使う。それが部屋の外に出ているという事は…今その部屋はもう埋め尽くしてしまったのだろう。相変わらず思いついたら止まらないのは我らが船長であり、彼女の幼馴染であるアイツの影響が絶対にあるなとウソップは確信した。

とりあえず、このままウタを床に寝かせる訳にもいかないだろう。


「ルフィのやつ呼んでくるか…」

「おーい、こっちにウタいんのか?」

「ムー!」

「ん?」


呼ぶ前に目的の人物からやってきた。そういえば近くにいなかったなと思ってたがどうやらムジカが連れてきたらしい。テトテトと昔のウタを連想させる人形の身体で健気に走りルフィを先導している。

ウタが落ちたのを発見したら基本的にルフィが回収しにきてくれるが、そのルフィをムジカが呼ぶ前に見つけてしまってビビる被害者が多いという訳だ…まぁ楽譜を見つけ次第多少は察する事は出来るが、それでも知ってる人間(それも仲間)が死んだ様に床に倒れていたらヒヤッとするのが普通である。


「今日はすげえ書いたな!聞くのが楽しみだ、ニシシッ」


そう笑ってウタを抱えていくルフィを見送り、ウソップはまた今回の大作に目を向ける

…本来なら、もうちょい強めにウタ本人に気をつける様に言うべきなのだろうがこの船は同じように音楽家だったり、物作りが好きなやつだったり、論文やら読むのが好きなやつが割と多いためについ熱中してしまう彼女の気持ちも分からなくはないのだ。

なにより

時折起きている状態で現在進行形で楽譜を書いている彼女を見た時といったら…

あの時、あのボタンの目はそんなにも輝いていたのかと言わんばかりにキラキラしていて、本当に楽しそうなのである。

更には人間の身体に慣れるまでのリハビリ間、「忘れられ、捨てられる」トラウマで飛び起きる事も少なくなく、中々寝付けなかった彼女の怖いものなどありませんと言いたげな安心しきった寝顔までついてくる。

諦めて簡単に落ちるインクのペンを渡してしまったりと、自分達はウタを甘やかし過ぎなのかもしれない。このままだといつかサニー号が丸ごと彼女の楽譜にされるかもしれないなんて冗談に聞こえないほどだ。


けれど今までの分、ウタには、これからも楽しそうにはしゃいで欲しいと思うのも船長含めこの船に乗っている者全員の総意だったりするのだ



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