英雄の為ヒーローに

英雄の為ヒーローに




「ねぇコブラ。昨日の喫茶店の事で話したいことがあるの…」

『今は木戸霊歌だよ。ショコレェパフェのこと?凄く美味しかったよ

あんな食べ方があったなんて延子ちゃんは詳しいね!』

「私が崩したものを喜んで頬張る貴方が好きだった」

時間が遡る 

通りすがりのヒーローに守られたその瞬間まで



私は名前を知らない弓使いに射抜かれようとしていた

アシュラが呼んだ魔法少女に


“イデア”は英雄という実態のない概念に憧れる魔法少女。周りとは違う

薄っぺらいもの、洗練されているもの、中身が無いもの

皆が視線を外した光景をただじっと遠く見つめている

醜さからかけ離れた虚像を

自身の醜さに翻弄され続けてきた


『……間に合った』

『大丈夫

…アシュラ、好きにはさせない』


実在した 

孤独なsilhouetteを引っ提げて射線上に割り込んだ魔法少女は

 この戦いを終わらせるために悪を討ち滅ぼそうとしていた

 「偽りの英雄を倒しにきた」


いつだって私は物語の諦観者

他人の人生を覗く視聴者

これはきっと貴方の物語




寒波が押し寄せた市では道路の凍結が続いている

交通の便も心なしか冷え込んできた

移り住んでそれほど時間は経っていないが分かる

それほど普段、活気がある街だから

あの出来事は昨日の事のように鮮明に覚えている


待ち合わせ場所に選んだ区の公園

日に当たれば遊具が光を、私を照らし合わせる

あまりいい気はしない

夜になれば打って変わって遊具は暗い森のように怪しげな迷路の形相を醸し出す

私の求めていたシチュエーション

木戸霊歌には学校帰りに直ぐ来てほしいと連絡を入れ、悟られないようにした

遠くから激しい息遣いで走ってくる姿が見えた。手を振りこちらに誘う

延子は霊歌の友達である。一緒に戦い、怪我もして傷を舐め合ったり

これまで

等身以上の巨大なテディベア人形を巨人のように乗り回すスノードロップ、鋼の精神の影響で暴走したレイの鎮圧、感情の行き場を失ったティックの説得、ジーニアスの救出、脱線させた新幹線で乱入してきたガーゼットの撃退

生きているのが不思議なくらい

まるで誰かに守られているかのように。心苦しかった

同盟には大部分を除いて歓迎され個別の連絡先とグループが形成されている。特にやりとりが多かったのは霊歌。その次に、縫、マネージャー

今回マネージャーとは連絡していない。彼女は特にアンテナが鋭い

同盟の加入条件。コブラの監視の元、眷属を切る。手元に置いとくのが目的なのだろう、誰かの入れ知恵。本人にその気はない。きっと対等でいたいのだろう


悪き魔法少女は美しい光景を求め自らの醜さを正当化する為に英雄を名乗った

差し詰めこれがその報いで、罰なのだろう

「私の死を持って貴方が完成するのなら」甘んじて受け入れる


死ぬにはいい日だ


この街に移り住む前

私には幼稚園からの幼なじみがいて、小学校に入っても仲の良さは変わらなかった。上の学年、柄の悪いけどヤンチャなだけの先輩に絡まれたが突き放したのがきっかけで幼なじみが狙われた。その先輩には後で少し音を上げさせ教員にハメてあげた。良い人の模範で皆から慕われ学級委員長にも推薦させられた

中学校になっても同じことを繰り返すのだろうと少し吐息を混じりながら今を謳歌する。平和とはこういう事なのだろうと思って

何時もの時間に家に帰り、また学校に行って、友達と遊ぶ約束ができて

何度もあがったことのある家。ぬいぐるみ人形劇が好きだった。二人で遊んで、母に呼ばれて、一人で待っているとき彼女のぬいぐるみを取った

「色焼けしてる…きっと私と会う前からずーっと隣に居続けたんだね」

「偉い子」

「貴方がいないとあの子はどうなってしまうんだろう。最初は泣いて、けどそれも忘れて…大人になって。それは尊い事なんだよね」

「けど私はそう感じないんだ。だって、あまりに報われ過ぎてる

私ならきっと、その事が気掛かりで人形を見るたびに思い出し

彼女の心の傷になって残り続けると、そう思っているから」

「けど、そうした方が綺麗だもんね。痛みが人を強くして」

よく泣くあの子に必要なこと。いつまでも私はいない。彼女に強くなってほしい

だから壊した。彼女の大切な人形を

手が震える。いけないことだと分かっていながら

この先どういう目で見られるのか頭の中で気づいていて

手が止まらない。こんなことをしたらいけないのに、正義が欲望を刺激する

一度生まれた欲望は渇望に変わり目を覚ました頃には無残にも棉を撒き散らし皮一枚で首が繋がるテディベアが転がっていた

その後の事はよく覚えていない。

唯一残っていたのは静かに見下ろす友達の顔

それは重く美しかった


『延子ちゃん、おかしいよ…こんなことしても悲しいだけだよ』

「今はイデアね?……そう?いたって冷静よ。私はね、コブラ、貴方に強くなってほしいの」

「ちょっとだけ休憩しようかしら。小話でも挟んで」

コブラは疲労していた。公園に着いて早々、変身して攻撃をしかけられた

ただ攻撃を回避するだけで何もしてこない。バスターの撃つ気配もない

「両親はいないって話したかしら。まぁいいけど。母は離婚、父は大学生になるまで面倒見てくれてね。癌の余命宣告を受けた少し後に女の人が来て、その人、私を引き取ってくれたの」

「父の友人でアイドルプロデュースをしている」

『それが…今のマネージャーさん…?』

「正解。父の最期も二人で看取ったし、私のこと結構真剣に聞いてくれるから」

「少し可哀想だと思ってね。置き手紙を置いた。もう会う事は無い」

『…!イデアちゃん』

「手加減は無用よ。その木刀、スタチューリーヴァーの

レイが細工したんでしょうね。魔力を感じる。いいわ、それで斬りなさい

バスターだけじゃ決め手にならない」

『絶対にしない…どういう理由があってもイデアちゃんの要求は呑めないし

イデアは、英雄だから』

思ってもいない言葉が飛んできて困惑する

英雄、今からなるのはコブラの方だ

私ではない。今まで名乗ってきたのは上辺だけに過ぎない

魔法少女になれば英雄になれる、そう思っていた

それを砕いたのも貴方だから

「少し手助けしてあげる」

『!?あっ…………______ガッ    』

快楽を植え付けた

相手のみならず自己も強化してしまうが闘争を求め攻撃するだろう

こちらは制御するつもりがない

「お膳立ては済んだわ。早く始めましょう」

戦いは長くは持たなかった

イデアの攻撃は眷属を増やすことにある

スタチューリーヴァーに仕込まれた剣術は付け焼き刃ながら

唯一の遠距離攻撃であるバウンドボイスを切り捨て、特攻する

喉が枯れる程の罵声を浴びせ続けながらも前進が止まらない

勝てる見込みはない。接戦する振りをして流れで止めを刺される

望んだ展開

息絶えた頃には彼女も元に戻り私を抱き締めてくれる

暖かい腕に包まれて



冷たい



バスターが放たれた

体の言うことが効かない中、唯一動けたのが右手だった。それを自身と私に

快楽魔法と呪魔法が両者を乱す

苦しむコブラの姿が目に焼きついて寒気がした。醜い

コブラは追い詰められていたはず。苦痛で飾り付けた美しい姿に

そしてやむを得なく私を、その為に今まで隣に居続けたはずだった



「アシュラステッキの魔法少女はそれで死んだの…」

『花恋さんと私も出来ることはしたけど既に魔力が枯渇していて…』

「私の魔法なら魔力供給が出来たのだけど、惜しいことをしたわ」

『今も夢で見るの、あの子の顔…』

「きっと不本意だったのでしょうね」

『怖かった』


『おかしいよね…可哀想とか後悔も、他の感情もあるはずなのに恐怖が先に来て』

「貴方」


「………… 」

『ごめんなさい。このまま、お願い、じっとしていて…』

「強いわね」


「泣いているの」

「傷は癒えない。それを背負って生きていく霊歌がいるだけで彼女も救われるのよ」

『…延子は、イデアは英雄なんだよね』


違う、自分を信じられないから、醜いから。皆んなに惨めに崇められる様を見たかっただけ。見え透いた英雄像のコスチュームで分かる


『コブラはね。ヒーローなの』

私はステージに立つと上を向く。ファンの純粋な視線に耐えられないから。美しいと感じた事柄にしか目を向けれなかった。醜いものを直視しないよう目を背けてきた


これは幻覚

しかしそこから願望、願い、祈りが流れ込んでくる

霊歌の視点から見た私。そこにいるだけで救いになっていた私

「何を望むの?」

『一緒に、隣に居続けて』

「それが呪いでもあるわけね」

『お願い…』

忘れていた恐怖に目を向ける時

死ぬことではなく生きることで救われると教えられた

片隅に思った願いが思わぬ形で叶ってしまった


霊歌に延子は希望になり隣に居続ける。一緒に醜いも美しいも見れるはず

これはきっと二人の物語




「頬張る貴方がね」

『ど、どうしたの?』

「いいえ、喫茶店で思い出しただけ」

霊歌のことを故意に傷つけようと考えていた。アシュラステッキの小学生の話を聴いたとき。悪気は無い。ただ綺麗でいてほしかった。英雄として。今はヒーローだけど。傷として貴方の中に残ろうと

「…ありがとう」

話したいことは山程あった

アシュラ戦で割り込んだ理由、コブラ戦で横槍が入らなかった理由

パフェを上から順番に崩して食べる理由

『はるかちゃんが観たの』

そこでの私の最期は眷属を庇って串刺しにされていたそうだ

それを聞いて納得した。きっとそうするだろう。悔いはないはず

『二人が戦っているときはお姉ちゃん達がアシュラを抑えてくれていてね…』

冷静さを欠いていたせいで想定していなかった

二人が弱ったところで漁夫の利をされる。共倒れでは意味がない

アシュラ含めて四人、中でも弓使いヨイチ13は腕が立つようで

総崩れの防戦一方だったという

これらの出来事はジーニアスの因果律改変の賜物だった

「私なんかの為に」

そのせいでここ最近は魔力不足で保養に周っているようだが詳しくは聞かない

気まずそうな顔で赤らめていたから


ショコレェパフェ

コンサートの打ち合わせで必ずと言っていい喫茶店で彼女が必ず選ぶメニュー

全高32cmの細長い捻れ状のグラスに流し込まれた生チョコと固形物

これを底下から掬い上げて食べるのはマネージャーからの請け負い

最終的に崩される運命なのに立派な塔を建てる理由は分からない

だがそれを自らの手で壊すのはもっと美しいと思う。派手であれば尚更

『あぁー…特に意味は無いの』

『混ぜると何処を食べているのか分からなくなるのが気になって…

けどね延子ちゃんの食べ方を見て少し変わったの』

食べる度に味が変わることに驚き、私が崩したパフェを嬉しそうに頬張る霊歌の顔が頭から離れられない。偽りの英雄に戻ってしまうのではないか。だがきっとコブラならその手で私を

『きっと綺麗なことばかりじゃ駄目なんだって』

『正直、私も逃げ出したいこともあって人の事言えないけどね…延子ちゃんにも好き嫌いはあると思うの。見えてる光景は違うけど、美しいとか…』

「醜いこととか」

「そうね…今からでも間に合うかしら。ほら、魔法少女レイ」

『あっ初対面が最悪って話』

「私、初手で快楽を植え付けようとしたの」

受け狙いで言ったが引かれた。事実だから挽回しょうがないが。定期的にこんな顔が見れるならそれで満足だ


『マネージャーさんに音信不通のこと謝らないと』

「私のことにいつも本気になってくれていたから申し訳ないわね」

今思えば彼女も英雄だったのかもしれない。私が意識していないだけで薄々

「…ごめんなさい」


これからは能力に工夫が必要になるだろう

皆んなの足を引っ張らないように、三輪久延子“魔法少女イデア”は

木戸霊歌“魔法少女コブラ”を守るために




「カルミアにも謝らないと」

『?』


「縫と寝たことがあるの」

『 (๑╹ω╹๑ ) 』




『延子ちゃん…

私も妹のことで言えないけど、見境がなさすぎるよ』






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