花要素マシマシヨダナ

花要素マシマシヨダナ









百王子は庭に面した陽の光のよく入る場所を好んでいる。

元気の良い子たちは庭に出て遊び、室内では本を読む子や遊びに耽る子、寝ている子など自由気ままに行動している。

庭には木々が生い茂り、いつの時期にも花が咲き誇るように庭師が常に管理していた。

特に長兄のスヨーダナが一等気に入っているのが森にもほど近いところにある小さな池だ。水面は透明に近く、蓮の花や葉がぷかりと浮かぶ。泥の濁りなど全くない。どのような神の加護があるのだろうか、乾季にもその池が枯れることは無く、雨季に水が溢れることもない。

トプっ、と池に吸い込まれるように素足を浸す。日課としている沐浴は池のおかげで辛いものでは無い。

ちゃぷりと慣れた動きで半ばまで進むと肩ほどまで浸かり、そのまま胸の上に手を組み祈りを捧げる。長い髪から僅かに見えるその横顔は子供とは思えぬほどに甘く、きっとその瞳で見つめられれば常人であれば寸も持たずにひれ伏すだろう。

使用人の噂話や貴族たちの某陰謀術、弟たちの喧騒も届かない。この静寂が支配する空間の主は正しくスヨーダナだ。


なぜスヨーダナが沐浴をしているのか、それは生まれた時まで遡る。一の肉塊から百一に切り分けられたスヨーダナたちは人として生まれた。人として生まれたのだが、スヨーダナはその身に神の加護を宿していた。

スヨーダナを取り上げた聖仙いわく、上半身を金剛石、下半身を花で作られている。とはいえ人の身に収まるようになる筈だったのだが、込められた加護が強すぎるために蓮の花の特徴が色濃く出てしまっているのだそうだ。

よく陽の当たる場所にて十分に水に浸からなければ徐々に動きが鈍くなり最後には地に根を張る植物のように動かなくなる。半ば植物ような営みを強いられてしまった。

ゆえにスヨーダナの沐浴を邪魔するものはおらず、この場はスヨーダナのものなのだ。


しかし、何事にも例外は存在する。

「スヨーダナ!いるか!?」

「……うるさいぞ、ビーマセーナ」

土を踏みしめ静寂を切り裂いてやってきたのは最近王宮に迎え入れられた五王子の次男ビーマセーナ、風神ヴァーユの子。

彼がスヨーダナと出会ったのはひと月も前の事だ。父親が死に、母であるクンティーに連れられて来た王宮は森暮らしからは想像もできない位に洗練されていた。

初めて現王ドゥリタラーシュトラと王妃ガーンダーリーと顔合わせをした日、その傍に侍るように立っていたのがスヨーダナだった。ほかの弟らは五王子と並ぶ様に立たされていて改めて改めて数の多さを実感させる。

「お久しぶりです、この度は……」

クンティーの言葉を皮切りに大人たちだけの会話が始まる。五王子と百王子は別の部屋に一つ所にまとめられ、そこで交流でもしていろと言うのか遊具や何やらが揃っていた。

スヨーダナは挨拶もそこそこに自室に帰ってしまったため五王子がその後どうしていたのかは知らない。弟たちがどう思ったか知らないが不思議と五王子が気に入らなかった。幸いにも居住空間はある程度離されているようなので、積極的に関わるようなことはしないでいい。

そこから対して交流もせず関心も向けていなかったのだがつい先日、沐浴中に探索に来たビーマに見つかり乱入されてしまった。うるさく名を聞いてくる野蛮人(ビーマ)にうるさいと顰め面で返した。だがそこで諦めるような子供ではなくて粘りに粘るものだから根負けしたスヨーダナはついに名乗ってしまった。渋々教えてやると晴れた空のような笑顔を向けて来るのに面食らう。

それから、どこをどうしてそうなったのか、全く分からないのだがスヨーダナが沐浴する時間になるとこうして現れるようになったのだ。

「相変わらず水に浸かってばかりだな、つまらなくねぇの?」

「うるさい、俺の神聖な日課を邪魔するなら早くどっか行け。おいっ池に入るな、でていけ!」

「ケチケチするなよこの池広いんだからいいだろ。そうだ、この前お前の弟と遊んでやったぞ」

「弟たちと?」

「ああ、だからスヨーダナもこっから出て遊ぼうぜ!」

大切な時間に邪魔ばかりするビーマをシッシッと追い出そうとするスヨーダナだがとうのビーマは気にすることも無く池に足を踏み入れる。ただ足首までしか進めないその池はスヨーダナの心を表しているようで、どうにか連れ出せないものかと考えていた。

そこで弟を使いスヨーダナの気を引こうとして話題に出した。案の定スヨーダナは己の目の届かない場所にいる弟たちがどう過ごしているのか気になる様子で耳を傾ける姿勢に入る。

こうなればビーマの勝ちも近い。より近付けるようになったスヨーダナの手を引こうと腕を伸ばすが、指先が触れようとしたその前にスヨーダナは断りの言葉を口にする。同時にビーマの体も動きを止めた。

「いやだ」

即答だった。スヨーダナが理性で考える前に口にしていたその言葉にビーマが目を開いて驚く。

「なんでだよ」

ぶすくれて拗ねる姿はほかの子供と変わりない。だがスヨーダナの何かがビーマに心を許すなと訴えかけてそれに従ったまでのこと。

「あっそ、じゃあもう帰るからな。寂しくなっても戻ってきてやらん」

完全にへそを曲げたビーマはバシャバシャと音を立てて池から出ていく。わざとらしい大袈裟な仕草で飛んできた飛沫に濡れたスヨーダナだが、ビーマの寂しさを訴える瞳に何も言うことがなくなり黙って背を向けた。

土を踏む音が遠くなり気配が無くなった頃にビーマの帰っていった方角を見る。その瞳には確かに名残惜しさが滲んでいた。

ビーマもだが、スヨーダナも生まれ持った性格からして素直になれないのだ。



「兄上!おりますか?」

「おおヴィカルナよ、どうした」

「たまには兄上ともお話したくて」

「そうかそうか、ほらこっちに来い」

この日、沐浴場に現れたのはビーマではなく三男のヴィカルナだった。自分によく似た弟の姿を確認すると破顔して招き寄せる。ヴィカルナも濡れることも厭わずに池に入っていく。

あの時にビーマと話してからもう3日が経っているが、昨日も一昨日もビーマは池にやってこなかった。沐浴が終わり次第、長兄として次期王としての勉学や武術の稽古に励むと夜早くに寝るスヨーダナではビーマとすれ違い続けている。

それは他の兄弟たちも同じで甘えたくなったり寂しくなるとこうしてスヨーダナに会いに来る。

「お変わりないようで良かった」

「それはもう、完璧な俺だもの。それにしても最近はまったく顔を見せに来ないではないか、兄は悲しいぞ?どうした何かあったのか?」

「すみません。そうですね少しバタバタしていまして」

喜びもつかの間に、ヴィカルナはスヨーダナの問いにどう答えれば良いのか困ったようで返答は歯切れが悪い。何やら面倒事に巻き込まれていると察したスヨーダナは兄としての顔を前面に出して聞き出そうとする。

「ん?どうしたこの兄に話してみろ。この俺の類まれなる頭脳で解決してやろうではないか!」

「あーいえ兄上がいると逆効果と言いますか…とにかくなんでもありませんので」

スヨーダナがいると逆効果というのはよく分からないが弟の言い分には納得出来ない。我ら兄弟が集まればどんな困難にも立ち向かっていけるはずで、1人突き放されるのは嫌だった。

「もういい」

「あっ!待ってください、ここにいて!兄上が行くとビーマが!」

池から出ていこうとするスヨーダナをヴィカルナが必死に引き止める。バシャバシャと派手に水面を叩き揉み合う音が響く。それ故に、気付かなかった。

「俺が、なんだって?」

ビーマは風のように現れた。足音を消して接近を悟らせない動きですぐ池のほとりに立っていた。

「なっ!ドゥフシャーサナはどうした!」

「ああ、これか」

現れたビーマに対して喉を切り裂くような声でヴィカルナが叫ぶ。ここには居ない2番目の兄の名を呼ぶヴィカルナにスヨーダナは困惑しか出来ない。ビーマはなにもなかったかのように体に隠れていたその体を池に投げ落とす。それは腕が赤く腫れ上がったドゥフシャーサナだった

「ドゥフシャーサナっ!!腕が折れて!」

「っ、ビーマっ何をしておる!」

「何って遊んでただけだ」

「嘘をつけ、遊ぶだけでこんな事になる訳がなかろう!」

流石のスヨーダナも緊急事態だということは理解した。いつも気軽に話しかけていたビーマが弟に危害を加えたのであれば容赦はしない。ドゥフシャーサナを抱き締めて外敵から子を守る母のようにビーマに威嚇する。

対するビーマは何故そうされるのかわかっていない様子で首を傾げているばかりだ。スヨーダナは悟る、ビーマとは己とは埒外の生き物なのだと。

「まさか……今までの弟たちと遊んでいたと言うのは……」

「ん、ああ、遊んでやってたぜ!でもあいつら腕掴んだだけで痛いだのすぐ泣くし甘やかしすぎだと思うぜ」

ビーマにとっては善意なのだろうその言葉に絶句してしまう。そんなわけないだろう、腕を掴まれただけで泣くか。骨を折られたら誰だって痛い。それをこいつは。

「帰れ!!!」

いつものやり取りとは違う本気の拒絶だった。びっくりして目を見開くビーマに殴りかかろうとして弟たちに止められる。だからせめて言葉で持ってはっきりとさせる。

「もう二度と弟たちに構うな!それが出来ないのであれば、俺は、お前を許さない!」






書ききれなかったけどこれから歳をとるごとに足の植物化が進行して素ヨダナより少し若いくらいに一日の大半を水に浸かってなくちゃならない様になる。

けど太陽光=カルナと運搬係のアシュが手に入るので±0かもしれない

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