花咲き誇る遊園地(中編)

花咲き誇る遊園地(中編)


 三人で園内を歩く。


「ねえこれ、面白そうだよ!」


 ゆいちゃんが指差したのは、お化け屋敷だった。

 古びた洋館を模したゴシック調の重々しい建物。看板には「新感覚心理ホラーエンターテイメント〜絶叫迷宮病棟〜」と記されていた。


「ゆいとお化け屋敷かぁ…大丈夫か?」

「うん、全然平気だよ、怖くない! だってお化けさんたち面白いし、楽しいもん♬」

「お化け屋敷で笑顔になるやつがあるか! お化けが気の毒だろ!?」


 拓海くんが頭を抱えてから、私に目を向けた。


「先輩は、こういうの大丈夫で──」

「ふわぁああ♬♬♬」

「──めっちゃワクワクしてる!?」

「だってだって新感覚ホラーだよ! きっとめちゃくちゃエグそうなやつだよ! 懐中電灯だけもって真っ暗な廃病院をお散歩するとかめちゃくちゃドキドキするシチュエーションだもん! 私も昔やったことあるけどワクワクドキドキしてすっごく面白かったもん!」

「そ…そうですか……」

「そうだよ──って、ふあ!?」


 ふわあわあわあわ、テンション上がりすぎて拓海くんドン引きしちゃってる。

 恥ずかしいよぉ……あうあう……


「……のどかちゃん、入院してたことあるの?」

「ゆいちゃん…? う、うん。昔、ちょっと」


 本当はちょっとどころじゃないけれど、ゆいちゃんの目を見たら、なんだか喉がキュッと締まる感じがして、それ以上の言葉を出せなかった。


「そっか…」


 ゆいちゃんはそう小さく呟くと、またいつもみたいなパァっとした明るい笑顔になって、拓海くんの腕を引いた。


「拓海、のどかちゃんも楽しみにしてるし、ここにしようよ。──ほら、のどかちゃんも行こう?」


 片手で拓海くんの腕を引き、もう片手を私に差し伸べる。

 私は躊躇いそうになる心を押さえて顔に笑顔を貼り付けながら、ゆいちゃんの手を取った。

 受付で渡されたのは、キャンドルを模した小さなライトだった。

 本物の蝋燭みたいに儚くぼんやり、そしてゆらゆらと揺れる光だけを頼りに、真っ暗な病院内を探索するというのがこのお化け屋敷の企画だった。

 キャンドルライトには心拍数を計るセンサーも付いていて、お客さんが感じている恐怖が測れるようになっていた。

 そしてその人が感じている怖さの種類によって、襲ってくるホラー現象が変化するそうなの。

 つまり、全然怖がらない人が一緒にいた場合、より恐ろしいお化けや現象が襲いかかってくる、ということみたい。


「ふわぁ〜、楽しみ〜♬」

「よぉ〜し、あたし、負けないよ!」

「この説明を聞かされてそのリアクションかよ……」


 げんなり顔の拓海くん。


「拓海くん?」

「拓海ぃ〜?」

「なんだよ二人揃って」

「「もしかして怖がってる?」」

「ハモんな! て、ってか、全然怖かねーし!?


 強がっちゃって、可愛いなぁ。

 あの時も……そうやって強がってたよね……


〜〜〜


 真夜中の人気のない暗い病院の廊下は、ひんやりと冷たい空気に包まれているはずなのに、不思議と息苦しくなるようなどんよりとした雰囲気に満ちていた。

 へぇ、真夜中の病院ってこんな感じなんだ?

 おばあちゃんは入院知らずの花マル元気さんで、お母さんもお父さんも、そしてあたしもそれを受け継いだのか病院とはとんと縁がなかったから、こういうのって、なんか新鮮だった。

 カツン、カツンと、あたしたちの足音だけが空間に木霊する。

 灯りはぼんやりとして足下さえ覚束ず、一歩先もわからない。

 最初ははしゃいでいたあたしたちだけど、暗い足元で何か柔らかいものを踏んでしまって、そのときは思わず絶叫しちゃった。


 拓海が、だけど。


「拓海ぃ〜、今きゃーって言った。きゃーって。あはは」

「ううう、うるせえ、ゆい! せ、先輩もそんな笑わなくても良いじゃないですか!?」

「ご、ごめん拓海くん、ぷぷッ!」

「くっそ〜、いったいなにを踏んだってんだ──」


 足元にキャンドルライトを向けると、そこに、埃に塗れて転がっていた赤ちゃんの人形が虚な瞳であたしたちを見上げていた。


 飛び退いた拍子にガタンと背中が壁に当たった。

 声も出なかった。

 自分でも気が付かない内に拓海の腕を強く掴んで縋りついていた。

 でも拓海も恐怖で緊張しているのか、その腕はやけに硬くて……すべすべしてて……


 ……………た、拓海、だよね?


 恐る恐る横に目を向けると、皮膚を剥がれた人体標本と目があった。

 それから後のことは覚えていない。頭が真っ白になって、走って、転んで、


 気がついたらあたしは、どこだかわからない暗い場所で、ひとりぼっちでうずくまっていた。


〜〜〜


 ゆいちゃんがあんなに取り乱すなんて思わなかった。人体模型に驚いた彼女は、私たちが止める間もなく先へと走って逃げてしまった。


「ゆ、ゆい、待て!?」

「ゆいちゃん!」


 私たちも走って追いかけたけど、その先にあったのは、二つの扉だった。

 そう、ここは迷宮病棟。内部はいくつものコースに分岐していて、お客さんが感じる恐怖の度合いをセンサーが読み取り、それによってルートが変化する仕組みだった。

 私たちが近づくと、二つある扉のうち片方だけが自動的に開いた。


「ゆい、そこにいるのか? 居るなら返事しろ、ゆい!」


 暗い通路の先に向かって拓海くんが呼びかけたけれど、返事は無かった。

 すぐに追いかけたから、そんなに離れてしまったとは思えない。だから、返事がないってことは、きっと……


「ゆいちゃん…もう一つの扉を開けちゃったのかな……?」

「そんな、どうして!?」

「その人の恐怖によってコースが変わる仕組みらしいの。だからもしゆいちゃんが本気で怖がってたなら、私たちと違うコースに案内されると思う」

「ッ!?」


 それを聞いた拓海くんは、すぐにもう一つの閉ざされた扉を叩き始めた。


「ゆい、ゆいッ!」

「た、拓海くん、ダメだよ、壊れちゃうよ!?」

「でも、ゆいが!」

「落ち着いて、ここは遊園地のお化け屋敷だよ?」

「…あ……そう……か……」


 拓海くん、こんなにも取り乱すなんて、ゆいちゃんのこと、本気で心配なんだね。

 ほんと、優しいお兄ちゃんは過保護すぎるんだから……


 ……だから、


「大丈夫だよ。怖がりな人にはあんまり怖くないルートが選ばれるみたいだし、かえってゆいちゃんには良かったかも知れないよ?」

「そうですかね……?」


 不安そうに閉じた扉を見つめる彼。

 私はその手を掴んで、彼の名を呼んだ。


「拓海くん、こっち向いて」

「え?」

「ゆいちゃんが心配なら、早くこのお化け屋敷を抜け出して、ゴールで迎えてあげたら良いと思うの。どう?」

「……そう…ですね……」


 ちょっと迷ってから、拓海くんは頷いてくれた。

 握った彼の手から、早鐘みたいな脈を感じた。このドキドキは、不安なのか、それとも……?


「じゃあ、行こう」


 私は彼の手を引いて、開かれた扉のルートを進み出す。

 彼の手を握る私の脈も、早鐘のように高鳴っていた。

 でもこのドキドキは、不安でも恐怖でもないって、自分でもわかってる……


 だから、私は心の中で謝罪の言葉を呟いていた。


 ごめんね、ゆいちゃん……



その1〜3はこちら

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その4〜6

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その7〜9

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