花一輪

花一輪


ビーマ♀→ドラウパディー

おまけのわし様




「ドラウパディー! 君に似合う花を摘んできたんだ」

 そう言って花を見せると彼女に笑顔が咲いた。

 摘んできた花にも負けない、それ以上の綺麗な彼女の笑顔を見て、険しい山道を掻き分けて摘んできた甲斐があったとビーマは思った。

 花の一輪を手に取ってドラウパディーの髪に挿頭す。彼女に似合うのは泥などの汚れではない。こういった可憐で華やかなものだ。そして一等の笑顔があれば、シュリーにも並ぶほどの美しい女となる。

 自分と正反対の、愛しいドラウパディー。

 傷んで無造作に伸びた癖毛の自分とは違う艶やかな髪。手だって、豆が出来て節くれだった指を持つ自分と、武器を持ったこともなく戦いでできた傷なんてない蓮華のような滑らかな手を持っている彼女。体だってビーマが強く抱きしめてしまえば簡単に折れてしまいそうなほど小さくて細い。美しい腰のドラウパディー。

 なにもかもが正反対。

 だかビーマは自分のこの体を恥ずかしいなどと思ったことは一度もない。

 人より体が大きくて、食い意地が張ってて、ガサツで、木を根っこから引き抜いて振り回したり羅刹を鯖折りにするような女だ。他の兄弟――ユディシュティラのように思慮深くはないし、ナクラのように礼儀正しくもない、サハデーヴァのように頭がいいわけでも、アルジュナのように器量が良くない。

 だけども母クンティーと父である風神ヴァーユから授かったこの体は、愛する家族と妻を、無辜の民を守るためにある。だからこそ強靭なこの肉体を誇らしいと思いこそすれど、恥ずかしく思うことなど決してない。

 決してないが――

「俺に花は似合わないだろ」

 摘んできた花の一輪をドラウパディーはビーマの髪にさした。「そんなことはない」と言って、「とても似合う」と笑った。

 誰でもない彼女に言われると、心が浮き足立つ。

 それでもやはり自分には花などの可愛らしいものは似合わない。こういうものはドラウパディーのようなお淑やかでたおやかな女性にこそ似合うものだ。

『お前に花なんてものが似合うか!?』

 昔言われた言葉がちくちくと刺さる。

 まだ小さくて、王宮にやって来たばかりのこと。弟達が自分に似合うと花束を渡してくれた。そのときは純粋に嬉しかった。花は綺麗だし、何より花を見つけて贈ってくれた弟達の好意が嬉しかった。

 だけどそれを言われてから、急に恥ずかしくなってしまった。言ってきた同い年の従兄弟はそのとき投げ飛ばしたが、貰った花は全て母に渡した。弟達の好意を無碍にするようなことだったが、自分が持つべきものではないと感じたから。自分に花は似合わないから。

 馬鹿なことを考えていると自分でも思う。母や兄弟、ドラウパディーは決してそんなことを言うはずがない、思っているはずがないことはわかっている。こんな自分を好きだと言って花を贈る物好きな羅刹がいることもわかっている。

 それでも過去に言われた言葉の針が抜けやしない。

 うじうじとどうしようも無いこと考えてしまって、自分らしくないとビーマは自嘲した。

 やがてドラウパディーは花を持って去っていった。きっと他の兄弟達に見せにいくんだ。彼女は兄弟五人の共通の妻で、ビーマだけの妻ではない。夫五人を平等に愛する彼女は、妻として誰か一人を特別に愛することはない。

 そのことに寂しく思うことはない。ドラウパディーのそういったところがまた愛おしかった。例え女同士であったとしても、本当の夫になることは出来なくとも、ビーマは彼女のことを愛している。

「…………」

 ドラウパディーの姿が見えなくなったところで、髪にさされた花を取った。似合うと言ってくれた彼女には申し訳ないが、やはり自分には勿体なくて、不相応な言葉だ。




「ご馳走様でした」

「おっ? カーマ様ですか。満足いただけたようならなによりです!」

 様々な因果を経てビーマはカルデアに召喚された。

 そして食べることも好きだが作ることも好きなビーマは召喚されてからこうしてキッチンに立ち、料理を提供するサーヴァントの一人となった。

 苦なんてことはない。誰かが自分の作った料理をたくさん食べて、腹いっぱいになって元気になる様子を見るのはとても気持ちがいい。

 おまけに弟のアルジュナもここにいる。楽しそうに笑っていて、誰かとともに親しい様子で飯を食べている姿は姉ながら微笑ましい光景だった。

 綺麗に食べ終わった食器を持ってきた、今日は子供の姿をしたカーマをキッチンのカウンターから見下ろす。どうしてか何も言わずに彼女はビーマを見上げていた。

「愛の神としての仕事は休業中ですが……、チップとでも思ってください」

「は、えっ? うおっ! なんかある!?」

 ぽん、とコミカルな音がなったと思えば頭に違和感。触れると何かがそこにあった。慌てて愛用の包丁を鏡代わりに確認してみると、そこには花をあしらった飾りが!

「はあ!?」

「取ろうとしても無駄ですよ。何しても取れないようにしてありますから。まあ一日経ったら外れますが」

「くっ! と、取れねぇ!」

 どういう仕組みかわからないが、頭にがっちりくっついていて取れやしない。力任せに取ろうとしたら頭皮からベリっと剥がれてしまいそうだ。

 一日経ったら外れるって、つまり今日一日これつけたままでいろってことか?!

「あれ〜? 神様の好意を受け取れないんですか〜?」

「う……」

 そう言われてしまえばビーマは何もすることはできない。

 ニタニタと、カーマはまるで面白いオモチャを見つけたかのように笑っている。

「じゃ、今日一日頑張ってくださいね」

 そうしてヒラヒラと手を振ってカーマは去っていった。彼女が何をしたかったのか、感謝の気持ちなのだろうか。ただ困惑しかなかった。

「……一日このままかよ」

 どうして自分に花の飾りなんてつけたのか、ビーマには神様の気持ちはわからない。


 取れない花の飾りをキッチンにいた他のサーヴァントは「似合っている」と言ってくれていた。アルジュナも、マスターも。彼らは心底そう思って言ってくれたものだ。その言葉を素直に受け取ったものの気恥しい。

 なぜ自分に、もっと似合う相手がいたはずだ。王女とか姫とか、女神とか。幼い子供もいたのに。少なくとも自分のような武骨な女を飾るものではないだろう。やはり神様の気持ちはビーマにはわからなかった。

 キッチンでの仕事を終えて真っ直ぐ与えられた自室へと戻る。じっとしているのは性にあわないが、この姿をこれ以上誰かに見られるよりかは部屋に一人でいるほうがマシだ。特に、今はある男だけには会いたくなかった。

「おまっ――!」

「っ!」

 最悪だ。運が悪い。今一番会いたくなかった男が目の前にいる。

 ドゥリーヨダナは目を見開いて驚いているようだった。いつもなら減らず口を叩いて喧しい声で騒ぎ立てるのだが、今は大人しい。珍しくはあるがそれよりもさっさと部屋に戻りたかった。

「横通るぜ」

 廊下に突っ立っているドゥリーヨダナの横を通ろうとした。通ろうとしてはやく部屋に戻ろうとした。

「おいビーマ、頭のそれ……」

「――っ!!」

 しかし相手は簡単に通しちゃくれない。ビーマの頭の――カーマによって取れなくなった花の飾りを指摘した。

 慌てて手で覆い隠したが今更遅い。取ろうにも取れないし、申し訳ないが壊そうと力を込めても傷一つ付きやしない。

「変なもん見せちまったな」

「へ、変なも」

「わかってんだよ。おれにこういうのは似合わねえって」

 お前に言われた言葉だ。

 昔言われた言葉が、サーヴァントとなった今でも忘れられない。それを今も気にしていて、情けない。

 逃げるような形だが足早にその場を立ち去る。

 今度は呼び止められなかった。どんな顔をしているのか見てはいないからわからないが、どうせ面白可笑しく笑っているんだろう。何かとよく突っかかってくる相手だ。いまだって似合ってないとでも思っているに違いない。

 ああくそ、嫌なこと思い出してしまった。

 せっかく似合うと、アルジュナもマスターも言ってくれていたのに。



「旦那じゃねえか。そんなとこ突っ立ってて何やってんだ?」

 カルデアの廊下を歩いていたアシュヴァッターマンが見つけたのは、立ったまま動かない不気味なドゥリーヨダナの姿だった。

 つい声をかけて近寄ったが、なんだかボソボソと喋っている。

「…………が」

「ん?」

「似合ってないとか言っておらんが!!??」

「うるせっ!!」

 何言ってるんだ、と耳を寄せれば突然の大声。アシュヴァッターマンは自分の声が大きいのだと自覚しているが、この男も大概声が大きい。

 よくわからんが何かあったんだな。おそらくそれは生前の関係者――ビーマに関することだろう。

 この男はビーマのこととなると様子がおかしくなる。妬み嫉みだけじゃない感情があった。ずっと昔からこうだったからむしろこれが通常運転なんだろう。

 父であり師であるドローナの下にいたときから憎まれ口を叩いては投げ飛ばされていた。サーヴァントとしてカルデアに召喚されてもそれは変わらない。

 素直になればいいのにと何度思ったかわからないが、こういう面倒臭いところがあるから旦那なのだ。

「何があったか知らねえが、シミュレーターでも行くか?」

 とりあえず体でも動かせば頭もスッキリするだろ。

 アシュヴァッターマンができるのはこれぐらいだ。

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