花はあなたのそばに咲く

花はあなたのそばに咲く


秘密結社「バロックワークス」の副社長”ミス・オールサンデー”ことニコ・ロビンの足元でボロボロになったルフィが横たわっている。


「アラバスタ」を支配するために暗躍する秘密結社「バロックワークス」。

その社長であり、王下七武海の一人サー・クロコダイルにルフィは敗北した。


砂地獄に呑み込まれかけていたルフィをクロコダイル側であるはずのロビンが助けた。

奇妙な構図ではあったが、救われた事実にルフィは感謝の意を伝える。


「……ありガとう…」


「…………」


息も絶え絶えなルフィを黙って見つめるロビン。

そうして見つめあっていると、ルフィの元へ小さな影が駆け寄っていくのが視界の端に映る。


「ウ゛タ…」


「……お人形さん」


それは動く人形だった。ウタと呼ばれている生きた人形。

ルフィのそばに駆け寄り、ロビンからルフィを守ろうとするように二人の間に立った。



――帽子とウタを返せよコノヤロー!!!

――見た目に似合わず可愛らしいお人形さんを持ってるわね。実は少女趣味?



ロビンが初めてその存在を確認したのは「ウイスキーピーク」でのこと。

ルフィが大事にしている麦わら帽子と共に興味半分からかい半分で手元に引き寄せた。


最初は”生きた人形”という物珍しさだけだった。

流石海賊。随分と珍しいものを持っているなと感心していた。


だが、目の前にいる人形はどうだ。

ロビンの前には、ウタが必死に両手を上げてルフィを守ろうとしている姿があった。

ただの付属品ではない。確かにこの子は麦わらの一味の一人だ。


「……健気ね。自分が彼を守れるとは思ってないでしょうに」


ウタの身体は小さく震えている。それはきっと恐怖だ。


傍から見れば、今のロビンは死にかけの敵を助けるという意味不明な行動をしている女だ。

何を考えているか分からない女がたった今助けてくれたとしても、気が変われば二人の命運が尽きることを理解しているのだろう。

それでも、我が身可愛さに逃げることなくルフィを庇い続けている。



――走るんだで、思いきり!!!



「…………」


背格好がまるで違う。身長なんて比べるまでもない。

何もかも、記憶に残る姿とは似ても似つかない。

なのに、その姿はかつて自分を生き延びさせた友達を思い出させた。



――ワシはここまでだ。捕まった!!…行け!!!

――やだ!! 海には誰もいないよ!!



本当はあの時、死んでしまいたかったと今は思う。

大切な人たちを残してたった一人で苦しみ生き延びるくらいなら、あそこであの人を庇って死にたかった。


それでも、自分は生き延びた。

託された意思を滅ぼさない為に。

生きてほしいと願った母やあの人たちの想いの為に。


今目の前にいる人形の姿は、あの運命の日に多くのものを託された自分が選べなかった未来を想起させるものだった。



――いつか必ず!!! お前を守ってくれる”仲間”が現れる!!!

――この世に生まれて一人ぼっちなんて事は、絶対にないんだで!!!!



(……その通りね、サウロ)


”麦わらのルフィ”には小さくとも必死に守ろうとする”仲間”がいる。

ああ、確かにそんな”仲間”は存在するのだろう。



……自分以外には。



倒れるルフィと自分の間に立つウタの姿を目にして、何故だか無性に苛立ちを感じてしまった。

だから、こんな無意味なことをしてしまう。


「可愛らしいお人形さん……」


ウタの周囲に咲かせた腕が、持ち上げるように全身を拘束する。

ギギギ……と苦し気なオルゴールの音が漏れる。


「随分と耳障りな音を出すけど……」


ギチギチと嫌な音が出るのを聴きながら、ウタを拘束する腕に力を籠める。


「引きちぎったら、どんな音が鳴るのかしら?」


その時、目の前の男はどんな顔をするのだろう?



「や゛め゛ろ゛……!!」



地の底から響くような声に動きが止まる。



「”仲間”に゛……手ェ出す゛な゛……!!!」



相手を射殺さんばかりの怒気を滲ませながらロビンを睨むルフィ。

その視線に、先ほどまで煮えたぎっていた激情が急速に冷え込んでいくのを感じる。


今、自分は何をしようとしていた?

何故こんな無意味な行動を取った?

無駄に恨みを買ってどうするつもりだった?


「……ごめんなさい、冷静じゃなかったようだわ」


咲かせた腕に込める力を弱め、持ち上げられていたウタを優しく地面に降ろす。

降ろされたウタはロビンの顔をジッと見つめていた。


「…………」


その視線に耐えられず目を逸らす。


そうしていると、背後から強い殺気を感じ始める。

恐らく先ほど倒した「アラバスタ」の戦士ペルがこちらに向かって来たのだろう。


ならば丁度いい。この二人の処置はそちらに任せてしまおう。


近くに待機させていた移動用の”F―ワニ”の元へと歩みを進める。

最後に一度だけ、倒れるルフィと寄り添うウタに顔を向ける。


「……精々”仲間”は大切になさい」


そう言い残し、今度こそロビンはその場を離れた。


この感情は、彼らへの羨望だったのだろうか。

取り留めのない思考がロビンの頭脳をかき乱す。


「……今は、そんなことを考えている場合じゃない」


目の前に迫る長年の”悲願”を思い、ロビンは思考を打ち切る。


これが最後のチャンスだ。もうアラバスタに眠る”モノ”以外に自分の情報網で探せるものはない。

目的を果たせなかったのなら、自分は……


「もうすぐなのだから」


己が感情の正体に答えを出すことなく、ロビンは王都アルバーナへと向かっていく。

その姿は答えを恐れ、逃避しているようでもあった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「アラバスタ」で起きた動乱を解決し”偉大なる航路”を進むゴーイングメリー号。

その船内に密航していたニコ・ロビンは船長であるルフィと交渉をしていた。


「私には行く当ても帰る場所もないの」

「――だからこの船において」


アラバスタにて守られていた”歴史の本文”。それこそがロビンの目的であった。

だがしかし、そこに記されていたのはロビンが求める”真の歴史”ではなかった。


20年、探し続けて残った最後の手がかり。

それが空振りに終わった以上、もう自分の”夢”を叶える希望はない。


何よりも、もう疲れた。

生きることにも。誰かを裏切り裏切られるのにも。

……一人ぼっちであり続けることも。


自分を生き延びさせてくれた人たちには悪いが、もうこれ以上は頑張れそうにない。

崩れゆく遺跡と運命を共にしようとした時、目の前の男は自分を助け出した。



――私にはもう生きる目的がない!!! 私を置いて行きなさい!!!

――? 何でおれがお前の言う事聞かなきゃいけねェんだ…!!!



死ぬつもりだった。死んで楽になりたかった。

なのにこの男はそれを無視した。だからその責任は取ってもらわなければならない。


「ん~……」


ルフィは頭を捻り考える素振りをしている。

やはりこのような得体の知れない女など受け入れられないかと内心落胆する。


だから、次にルフィが口にした言葉はロビンの予想を大きく外すものだった。


「……まずちゃんとウタに謝れ」


「…………え?」


自分でも驚くほど間抜けな声が出る。

そんなロビンに構うことなくルフィは言葉を続ける。


「お前、あの時謝ったのってウタじゃなくておれにだろ」

「だからちゃんと謝れ」

「ウタが許すなら、いい」


「は!? じゃあウタがボロボロだったのってこいつのせいなの!?」とこちらを睨むナミの姿が視界に入る。


確かに、あの時しっかりとウタに謝罪をした覚えはなかった。

仲間を傷つけ、謝りもしない輩を迎え入れるなど交渉以前の問題だったことに今更気付く。


そう悟ったロビンは座っていた椅子からゆっくりと立ち上がりルフィの肩に乗る人形に目を向ける。

なるべく怖がらせないように、目線を合わせながら。


「お人形さん、あの時は痛い思いをさせて……」


そう言いながら頭を下げる。


「怖い思いをさせて、ごめんなさい」


言い終わり、ウタの沙汰を静かに待つ。

しばらくすると、キィと小さな音が鳴ったのをロビンは耳にした。


「……おし!! ウタが許したからいいぞ!!」


『ルフィ!!!!』


あっさりと許した船長に全員が抗議するように声を上げる。


「心配すんなって!! こいつは悪い奴じゃねェから!!!」


そんな声も気にすることなく、太陽のような笑顔でルフィはロビンを受け入れた。


「フフッ……」


その姿に知らず笑みを浮かべた。

作り笑いは随分と得意になったが、純粋に笑うのは珍しいなとロビンは自己分析する。


「賑やかな”仲間”ね。お人形さん?」


そうウタに話しかけるロビン。

彼女は誇らしげにキィと音を立てて胸を張った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「逃げろレベッカ!! 受けきれん!!」


「ドレスローザ」の戦士キュロスが娘レベッカに叫ぶ。

この地を支配するドンキホーテファミリー最高幹部ディアマンテの”蛇の剣”がレベッカに迫る。


「!!」


迫りくる魔剣を前にレベッカは気丈にも握りしめた剣で受け止めようと構える。


「”千紫万紅”……」


しかし、その魔剣がレベッカを傷つけることはなかった。


「”胡蝶蘭”!!!」


空間に咲き誇る無数の蝶がレベッカに迫った蛇の如くのたうつ剣を受け流す。


「ロビンさん!!」


「ぬう!?」


「ロビランド!!」


戦場に現れた麦わらの一味の一人、ニコ・ロビンに全員が驚く。

そんな周りを気にすることなく、ロビンは戦っているキュロスに向けて叫ぶ。


「隊長さん!! 後ろは気にしないでいいわ!! レベッカには私がついてる!!」

「思い切りやりなさい!!」


普段は冷静沈着、落ち着いた女性然とした立ち振る舞いをするロビンが感情を露わにして叫んでいる。

その姿にレベッカは驚愕の表情を浮かべる。


確かに、先ほど一緒にいた時もロビンが怒りを抱いていたのは肌で感じ取れるほどだった。

だが、彼女の怒りはここまで強いものだったのか。


「すまない!! 恩に着る!!」


彼にもまた、何か感じるものがあったのだろうか。

ロビンの声を背に受けたキュロスは力強く返答する。


「……”お互い”に限界のようだな」


静かな呟きは、聞いたものに今まさに噴火する火山を想起させるような熱を内包している。


「この”怒り”の!!!」


キュロスの叫びは、ロビンの声に込められた想いも背負わんとする男の決意を感じさせるものだった。




「…ロビンさん、怒ってる……の?」


キュロスと戦いながらレベッカを巻き込むように技を繰り出そうとするディアマンテを、ロビンは油断なく見据え続ける。


「ええ、勿論」


怒っている。そう自分は今怒っているのだ。


ドレスローザを支配するために人々をオモチャに変えてきたドンキホーテファミリー。

ロビンも同様の状態にされていたからこそ分かる。その辛さを。


あんな苦しみを多くの人に振り撒いている奴らに怒りを覚えている。それは確かだ。


「私はね……」


声が震えているのが自分でも分かる。

どうにも今は感情の制御が難しい。


「怒っているわ……!!」


ウソップたちと共にドレスローザの真実を聞いた時、辿り着いてしまった予測。

ずっと自分たちと共にいた”生きた人形”の正体。


その答えが出た時、ロビンは耐えがたいほどの怒りが身体の中で荒れ狂ったように錯覚した。


12年。12年だ。

自分が故郷の「オハラ」を政府に焼き消され、その後生き延びるために逃げ続けた20年。

その半分以上の年月をあのオモチャの姿で、更には声を出すこともできない状態であの子は生き続けていた。


どれだけ辛かったのだろう。

自分もまた20年もの間心休まる時はなく孤独であったが、彼女のソレは余りにも異質な状況だ。


オモチャにされ、忘れ去られ、五感の大半を奪われ、声すら上げられない。

そんな状態で生き続けていくことが、どれだけあの子を苦しめた?


ルフィが共にいたとはいえ、今まで持っていた感覚を奪われることが、誰からも忘れ去られることが想像を絶する苦しみであることを自分はその身をもって体験した。

自分たちの”仲間”をそんな状態にしていた”敵”を、自分はどうにも許すことができない。


「”半…月~”!!」


「また来るぞ!!」


「ええ!!」


ディアマンテが半月を描くような構えを取る。

大技の発生を予感させる動作にロビンたちは構える。


「”グレイブ”!!!」


振り下ろされた剣より放たれた地を抉る斬撃をレベッカを庇うように抱え回避する。


「どうしたキュロス…お前さっき生意気にィ……!!」

「怒っていたんじゃねェのか!? ウハハハハハ!!」


ディアマンテのキュロスを嘲る声が響き渡る。


その声を聞いたロビンは頭が沸騰するような感覚に襲われた。

煮えたぎる怒りが目の前でキュロスと戦うディアマンテを叩き潰せと命じ続けている。


「……ッ!!」


それをロビンは無理やりねじ伏せる。


この戦いは、これまで支配され続けた「ドレスローザ」の悲劇と怒りの清算だ。

彼らの怒りに自分が手を出すのは無粋でしかない。



――……”お互い”に限界のようだな

――この”怒り”の!!!



それにキュロスは自分の持つ怒りも背負って戦ってくれている。

だから手を出す必要はない。そう自分に言い聞かせ納得させる。


故に今すべき戦いとは、キュロスが後顧の憂いなく戦えるように娘のレベッカを力の限り守り抜くことだ。

ロビンは倒れ込んだレベッカと共に素早く起き上がり、キュロスとディアマンテの戦いを見守り続ける。


ドンキホーテファミリーに対する怒りの清算はこれでいい。


(でも、何よりも……)


だが、己がそれ以上に怒りを抱く対象がまだ存在している。


(私自身が……!!)


かつて、まだ麦わらの一味と敵対関係にあった頃、

ボロボロになったルフィを守ろうとするウタの姿を見て、衝動的に殺しかけてしまったことがある。


今思い出しても恥ずべきことだ。

自分自身が許せない。


(なんて、醜い……!!)


今なら素直に受け入れられる。

自分は嫉妬していた。羨ましかった。

守ってくれる”仲間”がいるルフィとウタに。


だから引き裂いてやろうとした。

自分はこんなにも孤独なのに。生きているのがこんなにも苦しいのにと、醜い嫉妬を剥き出しにしてしまった。


ウタに謝りたい。今度こそ、心から。

許されることではないのは承知の上。それでも、やらなければ自分の気が済まない。


何よりも……



――この世に生まれて一人ぼっちなんて事は、絶対にないんだで!!!!



(ええ、その通りよ。サウロ)


もう二度と、あの子を孤独になどさせてやるものか。

今もなお残り続ける友の言葉を胸に刻み、ロビンは前を見据える。


この国を覆う闇が払われる時は近い。


「絶対に……」



――必ず待っとる”仲間”に会いに行け!!! ロビン!!!



「一人ぼっちになんて、させないわ」


怒りに震える美しき花は大切な”仲間”を思い、咲き続けていた。



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