花の都の山寺でのお話

花の都の山寺でのお話


【日本霊異記が元ネタの、ニカルフィさんが抱かれる内容のSS】

言うまでもなく閲覧注意ネタです

注意書き諸々はワンクッションの下にあります











・日本霊異記/中巻/第十三『愛欲を生じて吉祥天女の像に恋ひ、感応して奇しき表(しるし)を示す縁』を元ネタにした、ワノ国で『ニカ』として山寺にひっそりと崇められているニカルフィさんが、彼に恋する一人の僧の夢に現れ交わってくれたフワッとした内容のSSです。


・元ネタである内容の

①優婆塞(うばそく・在俗の男性の信者。半僧半俗者)が吉祥天女像に恋をする

②夢の中で彼女と交わる

③翌朝その天女像を拝むと腰布に精○が染み付いてた

④優婆塞がそれを恥じる

⑤追い出した弟子に言いふらされる

⑥やって来た里人に優婆塞は真相を打ち明ける

⑦「淫欲の盛んな者は、画ける女にも欲を生ず」

……という大まかな流れに沿ってはいますが、投稿したSSは創作部分が大部分を占めるので鵜呑みにはしないで下さい。

・ニカルフィさんは愛されてますが、元ネタのオチをなぞったのでどちらかと言えばビターエンド寄りで終わります。

・ニカルフィさんが抱かれる方とは言え積極的なので、「初心なルフィさんしか認めん!!」と言う方はブラウザを閉じてお戻り下さい。

・内容が内容なので読む人を選びます。ご注意下さい。

・僧には名前が無いのでご自身や作中キャラを思い浮かべて下さっても構いませんが、上記のようにビターエンドなのでハッピーエンドが好きな方にはおすすめ出来ないです。











 吉備の境にほど近い、花の都のとある山寺の本堂に、委細不明の仏像があった。仏像とは言うが、仏か神かどうかすら分からない。如来、菩薩、明王、天と各種の神仏の像が鎮座している中で、その像はどれにも属さない神として、本堂の奥まった場所に安置されている。雲のような髪と羽衣は真っ白で、確かに仏の特徴を備えているが、左目の下には縫い傷のようなものと、胸元に大きな傷跡のようなものがある。男性だと分かる身体つきだが、首は細く、顔立ちは少年のようにあどけない。腰布だけが紫の色彩で、珊瑚を嵌め込まれた瞳のみが赤かった。装束は髪や羽衣と同じく白かったが、明らかに舶来のものと分かる形だった。尊名は『ニカ』と、舶来とも土着とも判然としないものだったが、どうやら舶来の神ではあるらしいとおぼろげながら伝わっている。名君として名を馳せた光月モモの助の代に造られた神の像であると、由来だけは判明しているが、それ以外の記録が悉く欠如している。しかし見事で美しいその像は、名君である将軍の所縁の物として希少な価値があると尊ばれていた。

 その山寺に一人、白舞出身の僧が訪れ定住するに至った。僧は日々の修行を真剣にこなし、周囲から尊敬を寄せられるのに時間は掛からなかった。由来の分からない、舶来の神らしい『ニカ』の像を、他の仏像と変わらず拝んだ。

 僧は初めのうち、この『ニカ』の像が本堂の奥まった場所に鎮座しているのが、惜しいと感じた。珊瑚の瞳のせいであろうか、山寺よりは海か、あるいはそこに近い場所にある方が似合うと考えるほどだった。自然と純粋に、そういう思いが生じたのである。

 日々そう思案しながら白い神の像を拝むうち、僧はやがて『ニカ』へ愛欲を生じるようになってしまった。名君の将軍所縁の尊き像に、このような愛欲を抱くのは何事かと、僧は人知れず苦悩した。隠れて女犯や男色に耽る坊主も、寺に年端のいかぬ少年を住まわせ侍らす稚児趣味の坊主も等しく嫌悪していたというのに、その像には魅了され続けて遂にはその執着から解脱する事を諦めてしまった。僧は日々の修行と合わせて日に六度その像を拝み、「どうか貴方様に似たお姿の者を、私の元へ給わり下さい」と欠かさず祈念した。


 そのように日々を過ごしていた僧だが、ある晩不思議な夢を見た。山寺の臥所で眠っていたはずの己が海辺に佇んでいる。潮の匂いが鼻腔を刺激し、波の音が耳に心地よく、砂浜を踏む足はいつもより不安定で、海と空の青さが眩しかった。嗚呼これは夢なのだと、理解するのに時間は掛からなかった。夢の中で夢だと自覚する事は、稀にある。

 だがそれがただの夢ではなかった。僧が焦がれるあの、『ニカ』の像の後ろ姿が現れた。彼は宙に浮かび、海を見つめている様子だった。僧が見間違うはずはなかった。日に六度拝み、あれほど愛欲を抱き焦がれているのだから。

 僧は歓喜に打ち震え、「ニカ様」と呟いた。その呟きを聞き逃さなかった『ニカ』は僧へと振り向いた。白い髪、白い衣、紫の腰布、明るい肌の色、あどけない顔立ち、珊瑚よりも鮮やかな赫い瞳──人の手で造られた像ではなく、そこに現れた神の美しい姿の、何もかもが僧の一対の瞳に烙きついた。僧はたまらず、砂浜に足を取られながらも、その神の元へ跪き五体投地を捧げる。そうして顔を伏せたまま、山寺へとやってきた己が日々『ニカ』へ信仰を捧げている事、そしてそれ以外の執着も抱いている事を、赤裸々に告白した。

 『ニカ』は、それを黙って聞いていた。夢だから当然だろうと僧は思った。声を発する事はなくとも、夢に現れて下さっただけで充分だと満足すら覚えた。しかし予想外の出来事が起こる。

「お前、そんなにおれの事が好きなのか」

 波の音に遮られる事のない、良く通る声だった。男にしては高く、女にしては低い。喫驚した僧は顔を上げた。『ニカ』は首を傾げ、僧が応えるのを待っている。

「聞こえてるか?おーい」

 『ニカ』は近づきしゃがみ、僧の眼前で手を振った。その時僧は初めて、これがこの神の声であると理解した。例え極楽浄土に辿り着いて迦陵頻伽の麗しき歌声が聞こえたとしても、この感動に勝るものはないだろうと息を呑んだ。

 震える舌で、お慕いしております、愛しておりますと、僧は涙ながらに訴えた。すると「そっか」と、『ニカ』は笑った。愛嬌に満ちたその笑顔に、僧は胸の高鳴りを覚えた。

「でもお前、おれに似た奴を寄越してほしいって言ってなかったか?」

 『ニカ』の表情が変わった。僧の顔が青褪め、返答に難儀する。しかしすぐに、その通りです、と偽る事なく頷いた。神である『ニカ』に己の浅はかな願いがその耳に届いていた事が畏れ多く、また恥じた。貴方様のお姿を拝するだけではいよいよ満足できなくなった、痴れ者なのですと白状した。そのせいで罰せられる事になろうとも構わないと覚悟する。

「お前をこらしめたいとか、そういうつもりでおれは来たんじゃないぞ。もしおれに似た奴がいたとして、お前は満足出来るのかって訊きたかったんだ。そいつと一緒にいても結局おれじゃないって勝手に失望して、そいつを傷つけるだけにならねえかって」

 僧はまたしても返答に窮した。罰よりも辛い問答だった。そうならないとは決して言い切れない。僧が愛欲を生じたのは他でもない、眼前の『ニカ』である。例え似通った容姿の者を侍らそうと、己の浅はかさに後悔するだけではないかと、想像しないわけではなかった。素直にその胸の内を、僧は打ち明けた。それを聞き届けて、『ニカ』は顎に手を当てて、しばらく考え込む様子を見せた。

「どうすりゃいいかな。お前がそんなにおれの事が好きなら、何とかしてやりてェけど……」

 僧は滅相もございませんと首を振る。貴方様が夢に現れたこと、お声とお言葉を拝聴する事ができただけでも充分でございますと告げた。

「そういう訳にもいかねェよ。お前、おれに海が似合うって言ってくれただろ。それが嬉しかったんだ」

 『ニカ』は瞳を細めて微笑んだ。その表情もさることながら、珊瑚よりも透明で美しいと知ったばかりの赫い瞳に、己の顔が映っている。その事に僧は気が狂わんばかりに舞い上がりたくなるのを必死に抑えた。

「何もしないんじゃ、ここに来た理由が無くなっちまう。……あ、そうだ」

 『ニカ』はぽん、と片方の拳を片方の掌の上に乗せた。すると海辺だった風景が一変し、いつもの臥所の風景に戻る。僧が唖然としている間に、『ニカ』が彼の首に飛び付き抱き締めた。何をなさるのです、と僧は動転した。甚だしく恐れ多い事だと離れようとするが、『ニカ』はそれを拒絶した。

「おれに触りたくねェのか?」

 僧は耳元で囁かれた言葉に搏たれ、褥の上だったその場にフラフラと座り込む。『ニカ』も僧を抱きしめたまま、同じように座り込んだ。柔らかいふんわりとした『ニカ』の髪の毛の感触が、抱き締められた僧の頬と首元に伝わってくる。

「お前がおれのこと、忘れられないようになればいいんだ。他の誰かを代用しようとか、そんな悲しい事考えなくて済むように」

 名案だろ?と『ニカ』が訊く。僧は何とも応えられなかった。恐る恐る、『ニカ』の背に手を回し、抱き締めた。あたたかい、と呟く。親族以外の者にこうして抱き締められたのは、生まれて初めてだった。幼い頃に仏門に入った僧は、生来の真面目な気質故に、愛欲から遠い所に身を置いているつもりだった。だがこの神に抱いた愛欲は強く深く、こうして身体を密着させていると、欲望が恐ろしいばかりに溢れてくる。

「お前がおれにしたいって考えてること、全部やってみろよ。何でもいいぞ」

 慈悲深い言葉に、僧は逆に躊躇う。しばらく抱き締め合ってそのまま打ち過ぎた頃、僧は視線を斜め下へ向けた。艶々とした明るい肌の秀麗な『ニカ』の脚が、彼の瞳を射止めて離さず、仙人が女の脛の白さに見惚れて神通力を失った伝説を思い出さずにはいられなかった。

「何も心配いらねェって」

 思考を見抜かれたと察した僧は固まる。だが『ニカ』を信じて生唾を飲み込み、そっとその脚に触れると、彼は「あははっ」と笑い声を高く上げた。僧はたじろぎ手を浮かせたが、『ニカ』は一切気分を害した様子は無い。

「──そのまま触っていいよ」

 甘い声だった。温かく、甘美な感触だった。僧は己の愛欲の赴くままに『ニカ』に触れ続けた後、ついには彼と交わった。


 翌朝、僧は目を覚ました。いつもと変わらぬ臥所である。夢の中であれほど官能的で忘れられない幸福な経験をしたというのに、今彼の裡にあるのは罪悪感のみだった。

 身支度を整えたものの、日課である『ニカ』の像を拝む為の足取りは鉛のように重い。本堂の扉を開けてゆっくりと歩を進める。仏像の顔すらまともに拝む事が出来ない僧は、『ニカ』の像の前に辿り着いても中々顔を上げられない。意を決して顔を上げると、『ニカ』の像が纏う紫の腰布に、何かが付着しているのが見えた。目を凝らせばそれは、紛れもない、僧が昨晩夢で『ニカ』へと放ち迸った淫精だった。僧は恥入り、その穢れを取ろうとするが、染み付いたそれは中々落ちない。僧は慚愧に耐え切れず、「何故畏れ多くも貴方様自らが私と交わりにやって来たのですか」と、口に出して慟哭せずにはいられなかった。そしてそれは、様子を伺いに密かにやって来た彼の弟子に知られる事となってしまった。

 僧はそれを他言せず、聞いてしまった弟子も同じく他言しなかった。だが変わらぬ修行の毎日を送っていても、弟子が内心で抱えた僧に対する軽蔑は強くなる一方で拭い去る事は出来ず、次第に弟子は師である僧に礼節を欠くようになった。結果僧は弟子を叱り、山寺から彼を追い出してしまった。追い出された弟子は怒り、人里へと辿り着くやいなや、師であった僧を誹り、例の情事を里の者達に暴き立てた。

 里の者達は驚き、真実を確かめる為に数人が山寺を訪れ、僧に一連の事を尋ねた。僧は何一つ言い訳せず、『ニカ』の像が納められている本堂の奥へ、訪れた全員を案内する。里の者達は確かに、『ニカ』の像の紫の腰布が不浄により穢れている事を確かめた。僧は己がこの『ニカ』の像に愛欲を生じた事、夢の中で交わった事、その結果が目の前の光景である事を、包み隠さず打ち明けた。

 これでよく分かる、深く信ずれば、信心が神仏と感応しない事はないという事が。実に不思議である。経典が告げ知らせる、「淫欲の盛んな者は、画ける神にも欲を生ず」と申し聞かせるのは、このような事を言うのである。


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