花の厄災

花の厄災


(※アヴァロン・ル・フェより前からカルデアにいたドゥリーヨダナの設定で)





その地で喚ばれた瞬間、とてつもない怖気が体の中を駆け抜けた。

その不快さに顔を顰めつつ、ドゥリーヨダナは辺りを見渡したが、己を召喚したはずのマスターの姿がない。

──なんだ?

はぐれのサーヴァントと呼ばれるものは知っている。人類や世界が滅びの危機にあるときに召喚されるカウンターだ。

しかし、今ここに立つ『ドゥリーヨダナ』はカルデアにて藤丸立香と契約し、白紙化した世界を取り戻すために戦うサーヴァントである。惑星のカウンターとして喚ばれるはずがない。

大体、ストーム・ボーダーでは感じていたはずの息苦しさが、この地に降りた途端消えた。代わりに、ものすごく気持ちの悪い心地がするが。ダメージの矛先がフィジカルからメンタルへと切り替わったかのようだった。

ぞわぞわと、体の内側、心の表面が撫で付けられている。それはまるで、毛がびっしりと生えそろった脚が這っているかのようだった。本当に、本当に、気持ちが悪い。

うぇ、と思わずえずいて口許を覆う。そして足元へと視線を遣り──目が合ってしまった。

「ッ、まずい」

飛び退こうとしたドゥリーヨダナは、しかし、その瞬間に足が地に縫い付けられたのを感じた。

逃げることはできない。咄嗟の判断で座に還ろうとナイフを取り出そうと思ったが、指の一本も動かすことはできなかった。

──あぁ、なるほど。苦々しい顔で、ドゥリーヨダナは『納得』した。

なぜ、フィジカル面での問題がなくなったのか。

──使う算段を立てたのなら、存分に使えなくては意味がないからだ。

なぜ、喚ばれたのか。

──使うつもりだからだ。

なぜ、己なのか。

──地の底の願いのまま、破滅を生むためだ。

「この地の下に、一体何を敷いているのだ、この國はッ!?」

内側を這う脚が、遂にスイッチを探り当てる。ドゥリーヨダナから人間性を剥奪し、神々の機構へと組み立て直すためのスイッチだ。

「やめろ巫山戯るな! 我らの神にすら触れられることを拒みとおしたというのに、見知らぬ土地の怪物ごときが気安く手を触れるな!!」


────ブツン、


憤怒に怒声を上げたドゥリーヨダナは、その音と共に活動を止めた。

そして、『咲いた』。

足の裏から生えた根を地の下で張り巡らせ、大きな、大きな蓮の花を咲かせた。

本来であれば水の上に咲くはずの蓮の下には呪いが溜まり、それはまるで穢れの沼のようだった。

地の下で伸びる根は國中に広がり、じわじわと呪いを染み出させては沼地を作りあげる。その沼には蓮が咲き、やがて國の至るところで咲き揃うと花托から悪魔を生み落とした。

悪魔──インドの地でカリと呼ばれる悪鬼である。

カリは六肢で地を駆けるとモースを喰らって呪いを纏い、妖精を襲って殺戮し始めた。破壊と殺戮の進軍は雪崩のように幾つもの街、村、森を蹂躙し、やがてカルデアの一行の前へと姿を現した。

「どうしてブリテンにカリがいるんだ!?」

ダ・ヴィンチが不可解そうに叫ぶ。立香の脳裏に、ふと快闊に笑う男の顔が過る。

「──ドゥリーヨダナ?」


……、


遠く離れた地の、呪いの沼地に沈む男の瞼が、ほんの僅かにだけ、震えた。



予言に謳われた災厄に割り込むようにして咲き誇った、花の厄災。

その苗床となった霊基には、無数の罅。やがて粉々に砕けて沼へと溶けて消えるだろう『悪性』は、「風よ、噴け」と祈りを綴った。





(ビーマが間に合えば、消滅寸前のドゥリーヨダナが医務室へ運ばれて治療されます)

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