色々おひなさま

色々おひなさま






 株式会社ガンダムの地獄のようなPⅤ撮影も終わり、人心地ついたころ。

 スレッタがこそこそと何かを作っている所にミオリネは遭遇してしまった。

 見れば机には色とりどりの紙が散らばり、ハサミやら糊やら、幼学生の工作かというくらいゴチャゴチャしている。

 ひときわ目を引くのは卵の殻だ。下の部分だけ丁寧に切り取ったようで、ずらりと机の端に並べてある。

 …またこの子は何をやってるんだか。

 イースターの準備でもしているんだろうか。まだまだ先の事だというのに、なんとも気の早いことだ。

 ミオリネは呆れながらスレッタの作業を見守った。…内心、興味があったのだ。

「ん~、よし!上手くできたっ!」

 スレッタが会心の笑みを浮かべて『それ』を掲げる。見ていたから分かるが、卵の殻を使った小さい人形のようだった。

 卵の殻の周りに色鮮やかな紙をくるりと貼って、これまた紙で作ったティアラのような装飾品を殻の頭にちょこんと乗っけて、小生意気にも扇のようなアイテムを手(?)の部分に持っている。

 最後にちょんちょんとペンで目を付け足して完成のようだ。

 スレッタはニコニコしているが、ミオリネはつい突っ込んでしまった。

「ねぇ、その人形って髪はないの?」

「ひぇっ!!ミオリネさんッ!?」

 スレッタがぴょんと跳ねるがいつもの事だ。ミオリネは気にせず更に追求した。

「その子、もしかして坊主なの?装飾品的には女の子だと思うけど」

「ぼっ、坊主じゃありません!この子はお姫様なんですっ!」

 スレッタがガオッ!と吠えるが、まったく怖くない。むしろミオリネの追及の手は強まる。

「お姫様ならなおさら髪を付けなきゃダメでしょ。何のための人形かは分からないけど、そんなにツルツルじゃ可哀そうでしょうに」

「むむ…っそうですね。ミオリネさんの言う通りです。あとこれは雛人形ですよ」

「知らないからそんなの。ほらちゃっちゃと付け足す」

「そんな~ミオリネさん」

 いつものようにじゃれ合いながら、雛人形?とやらを完成させていく。スレッタは紙で髪を表現しようとしているようで(ダジャレじゃないわよ!)、赤色の紙を器用に切っては人形に貼り付けていく。

「今度こそできましたー!」

「よかったわね。で、雛人形って何なの?」

 スレッタは水星時代にたくさんコミックや映像作品を嗜んだようで、よくこちらの知らない知識を披露してくれる。常識はずれにも思えるその内容を聞くのは、ミオリネの密かな楽しみでもある。

 今回はどんなトンチンカンな話が飛び出すのだろう。ミオリネは表情には出さないが少しわくわくしていた。

「これは女の子の成長を祈って飾る『雛人形』です!ホントはもっと綺麗で精巧な人形なんですけど、わたしには技術がないから簡易版にしました」

 ふふん、というように胸を張るスレッタにミオリネは呆れた眼差しを向けた。

「女の子の成長って…アンタもう成長しきってるでしょ。それ以上どこを成長させるつもりよ。体重?」

「しっ失礼ですよミオリネさん!これを飾るのは女の子の成長を祈ると同時に、幸せな結婚が出来るように祈る意味もあるんです!」

「は~ん、幸せな結婚を祈る、ねぇ」

 『花嫁』を前にしてよく言ったものだ。ミオリネは胡乱な眼差しでスレッタを見た。

「な、なんですかその目は…!」

「いや、いいけど。それにしても卵の殻をこんなに用意して、失敗を想定してるにしてもやりすぎじゃない?」

「い、いえ…お雛様はこれだけじゃないんですよ。これから『お内裏様』と、できれば『三人官女』くらいは作りたいなぁって思ってて…」

「まだ作るの?アンタ1体の完成であれだけ喜んでて、まだまだ先は長いんじゃない」

 そう言いながらも、ミオリネは紙とペンを手に持ってスレッタに渡していた。

「ほら、私も手伝ってあげるから、どんな形に切ればいいかペンでなぞってよ。その間にハサミを用意してるから」

「み、ミオリネさぁん。ありがとうございますぅ」

「妙な声出さないっ!」

 スレッタを理不尽に叱りながらも、ミオリネは手を動かしていく。茶色の紙を切り、ピンクの紙を切り、青い紙を切り……。

 ハサミマスターになるかと思うほど細かく紙を切っていき、どんどん小さな『雛人形』は完成していった。


「こ、今度こそ全部できましたー!」

「あとは飾るだけ?この台使っていいの?」

 卵の殻を使ったチープな人形だとしても、ずらりと並べば壮観だ。それも自分たちの手で作ったものなら感慨深いものがある。

 ミオリネは人形の一つを手に持って、用意されていた台に置いてみた。階段状になっているから、何体かずつ並べるのだろう。

 ひょいひょいと適当に置いていくと、スレッタから待ったがかかった。

「ミオリネさん、違います!お雛様はちゃんと並べ方があるんです!」

「そうなの?じゃあスレッタに任せるわ」

 一家言あるスレッタに人形を渡すと、楽しそうに並べ始める。

 左端に男人形、右端にお姫様人形、下段に他の女の子人形3体だ。

「これで完成です」

 スレッタは満足げにふーっと息を吐いて、出てもいない汗を拭いている。

「ねぇ、この並びって何か意味あるの?」

「えぇと、それはぁ。左のお内裏様が旦那さんで、右のお雛様がお嫁さんです…。下の三人はお付きの女の子です」

「ふ~~~ん」

 ミオリネはジトっとした目つきで『雛人形』を眺める。三人娘はピンク、青、茶の髪で、これはおそらく地球寮の女子メンバーだろう。お姫様は赤髪なので明らかにスレッタだ。そして王子様の髪は…。

「旦那様は、緑髪なんだぁ」

 他にも色々な紙があるのに、あえて緑。地球寮の男子メンバーではもちろんない。原色なので濃い緑だが、おそらく色があれば灰色がかった薄い緑が使われていただろう。

 まぁ作ってる時に薄々勘づいていたけども。

 ジーッと見つめていると、スレッタはあわあわと面白い挙動になっていく。

 ミオリネは本気で不機嫌になっているわけじゃない。スレッタに対するいつもの揶揄いだ。

 十分に楽しんだところで許してやろうとした時、「ミオリネさん、これを!」スレッタはどこからかもう2体の人形を持ち出して来た。

「ん?なにこれ」

「つ、追加のお雛様です…。ミオリネさんが紙を切ってくれてる時に、急いで作りました」

 作業効率はどんどん上がって、最後の方のスレッタは職人のように素早く紙を貼っていた。逆にミオリネはその凝り性がたたって、どんどん紙を切るのに拘ってしまい、作業時間は縮められなかったように思う。

 その時間差で、これを作ったらしい。ミオリネは新しい人形をじっと見る。

 金色の髪をした王子様と、銀色の髪をしたお姫様だ。

「雛人形にはお内裏様とお雛様だけの簡易版もありまして、よければミオリネさんにもこれをプレゼントしたいなって…。て、手伝ってくれた、お礼、です!」

 まったく邪気のない顔で二つの人形を差し出してくる。

 ミオリネはため息をつくと、その人形を受け取った。

「せっかくだから貰っておくわ。理事長室の机に置いとく。まぁ…可愛いしね」

「えへへ、ミオリネさん。お揃いですね」

 嬉しそうに笑うスレッタに苦笑すると、ミオリネは軽くデコピンをした。

「わっミオリネさん、急にひどいです」

「ほら、ちゃっちゃと片づけるよ。大分散らかしちゃったからね」

「ミオリネさん、自分の部屋もこんな風に片付けたらいいのに…」

「なんか言った?」

「いえ、何でもありまっせん!」

 わいわいきゃあきゃあと声をあげながら、スレッタと散らかした道具を片づけていく。その途中でチュチュやニカやリリッケ、三人娘が帰ってきた。

 スレッタの説明を聞いた彼女たちは、せっかくなので自分たちも作りたいと張り切ってしまい、またもや作業台は道具の山に逆戻りになる。更には途中でアリヤとティルも帰ってきて、もう大変なことになってしまった。

 結局アリヤ人形やティル人形、更には召使い人形をお姫様仕様にしたものまで作る羽目になり、作業台の上には色とりどりの人形が陣取る事になった。

 それを見て、女の子たちが嬉しそうに笑っている。

 姦しい声を聞きながら、ミオリネはこんな日も悪くないわね、と密かに思った。声には出さないが、騒がしく忙しない毎日は嫌いではない。少し前には望めなかった光景だ。


 その日から、理事長室の机の上だけ少し物が減り、代わりに小さな人形が2体置かれるようになった。

 たまに金色の王子様人形をツンツンと突いては、前後に揺らして楽しんでいる。

 力を入れて倒してしまう事もあるが、それもまた楽しい。

「ふふっ」


 ころりと転がる姿がなんとも可愛らしくて、ミオリネは思わず無邪気な笑みを浮かべていた。









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