船長と1人目と2人目
海賊船に乗っていれば、遅かれ早かれだっただろう。
懸賞金はならず者として、むしろハクがつくことだったし、シャンクスたちは金額が上がったり手配されたりで喜んでいた。
だいたい普通はそうなるもので。
「2億‥‥2億かァ‥‥」
「胃薬なら処方してやるぞ、"神(ゴッド)"」
「ヨロシクオネガイシマス‥‥」
思い出したようにズーンと沈んでるような人はたぶんいなかった。どんまいウソップ。
億を超えると将官クラスが来るらしいしね。ほんとがんばれ。
(まァ私もヒトゴトじゃないんだけど)
ぺたぺたと自分の頬を触って。
手配書に描かれた、"知らない私"の顔をみる。
『"歌姫"ウタ 懸賞金2億3920万ベリー』
私によく似た顔‥‥っていうか、21歳の私が、血走った眼で絶叫している。写真なのに声まで聞こえてきそうな形相だ。
ここまで必死だったのはウタウタの力で"鳥カゴ"を押し返すとき‥‥だったかもしれない。
チユチユの治癒がどんどん切れ初めて、そのぶん私がウタウタで応援しなきゃいけなかったんだけど、私も体力が限界で。
結局は‥‥ルフィにドフラミンゴをぶっとばしてもらうしかなかった。
「なさけないなァ、あたしってば‥‥」
「なーにシケたツラしてやがるんだ、"2億3920万ベリー"」
「ゾロ。てはいしょ、だよね?」
「おう」
さっきニュース・クーから届けられた世経新聞に挟まっていた、手配書の束を渡‥‥そうと、した。
「座ってろ、そのままでも届く」
「ん?あ、ほんとだ。おとなのうではべんりだね」
「…………」
日課、というほどでもなけれど。暇つぶしにやっているゾロの手配書チェック。
もう見たものはパラパラとテキトーに放り投げて、まだ知らない海賊のものをチェックしている。
みるときの金額は関係ないらしい。すこし前、「まァ目安みたいなもんだ、金額で判断はしねェさ」って、教えてくれた。
「新聞も頼む」
「めずらしいね、いつもはよまないのに」
「まァな。懸賞金と同じでアテにはしすぎねェが、目を通すくらいはして損はねェだろう」
「あ、ゾロ。こぶんのなまえがあるよ」
「ヨサクとジョニーの?!どこだ!?」
「ちがうちがう、サイとぶきおんな」
「あ、そっちか」
花ノ国とかいう場所で、サイが結婚式をあげたことが書かれてる。あのブキ女との結婚は政略結婚を台無しにするものだったらしく、勢力バランスがどーのこーのとか書かれている。
要は、組織の都合を台無しにしてでも、結婚したかったということだろう。
ブキ女が一応ルフィの子分になるのはフクザツだけど、サイがケジメをつけたのなら仕方ないだろう。
(なんて言ってるけれど。私は‥‥)
「みろよ、お前のことも記事になってるぞ」
ぼんやりした思考が途切れて、現実に戻って体が、強張る。
これが、緊張するってこと、な、んだろうか。
久しぶり。
「‥‥ウタ?」
「ううん、なんでもない。どこ?」
「このあたり、読んでみろ」
パサリと広げた世経新聞の二面。
紙面の大半をでっかく覆った大人の私、ううん、私の写真。その下に、ドレスローザのことが書かれている。
『海兵・海賊・革命軍。「ホビホビの実」によって、数々の勢力を潜在的に敵対させていたことが、ドレスローザ革命に繋がったことは皆さんご存知のとおり。
その中でも特筆すべきはやはり"麦わら"、"最悪の世代"の中で最も狂気じみた海賊の逆鱗に触れたことだろう。
今回特集を組むのは"麦わら"の傍らで大事件を目撃し、手助けしてきた"生き人形"。
もの言わぬ人形でも心無き玩具でもなく、かの"麦わら"の狂気を宿した者。
悪魔の呪いが解け、魔女へと変貌した海賊の復讐譚である──』
「すごい、ウソップよりウソついてる‥‥わたしのしらないわたしのことがいっぱいかかれてる‥‥」
「新聞なんてそんなモンだろ?海賊なんて恐れられてナンボじゃねェか」
「ううん、うれしくない」
「気にしすぎだ。お前はずっと立派な──」
「だって、シャンクスのむすめで、あかがみかいぞくだんにいたことがかいてないから」
「それは‥‥!!」
考えないようにしていた。
あの日、フーシャ村でルフィと一緒に旅立ってから、ルフィに「仲間だ」と言ってもらってから。
オモチャの私はずっと、ルフィの仲間であることを拠り所にしていた。
オモチャでもみんなに「仲間」だと思ってもらっていた。その絆が強ければ強いほど、「今の私」の心は苦しくなる。
「てはいしょをみて、さいしょにおもったのがね。『シャンクスたちはきづいてくれるかな』ってことなの」
「かおは9さいのわたしににてるけど、しんちょうはむかしとちがってルフィよりひくくなっちゃったんだ。なのにむねはおっきくなってるし‥‥」
「…………気付くに決まってんだろ。娘だぞ?」
「うん、わたしもきたいしてる。だから、よくないとおもうんだ。わたしは、ルフィのなかまでなきゃいけないのに」
欲ぶかいものだ。ルフィに思い出してもらって、もう十分すぎるほど報われたのに、子供のようにシャンクスをもとめてる。
ゾロがずっと険しい顔をしてるのも、船の面子や規律のことで悩んでるからなんだろう。
むしろ、ゾロにしては猶予をかなりもらってたほうかもしれない。
「…………」
ゾロは何も口に出さない。目を閉じて微動だにしないほど、葛藤してるのが"見える"。
やっぱり、曖昧なままはよくない。
だから‥‥。
「ねえ、ゾロ。わたしルフィにいっていちみを──」
「ウタ!!!!!!!」
「‥‥ルフィ?」
ルフィが、怖い顔で仁王立ちしていた。
フライドチキンボックスを抱えて、ムッシャムッシャと肉を食べながら。
このままだと威厳がアレだと思っ‥‥たかどうかはわかんないけど。水でも飲むみたいにチキンを胃袋に流し込んだら、真面目な話をするぞといわんばかりに私の目の前にドスンと座った。
「ずっと聞いてたぞ、ウタ、ゾロ。誰が何といおうと、お前はおれ達の仲間だ!!シャンクス相手でも渡さねェ!!」
「ルフィ、その、」「おいルフィ、さすがに今はウタの心情も──」
「お前もお前だぞゾロ!!なんでウタにまっすぐ『仲間だ』って言ってやらねェんだ!!」
「それは‥‥!!そうだが……!!」
どうしよう。私が迷っていたせいで、ゾロが見たことないくらいに落ち込んでいる。今にも切腹しそうなほど、暗い顔だ。
ルフィはというと、そんなゾロの様子にぷりぷり怒っているままだ。
私のせいだ、私がみんなへの恩を忘れてたから──。
「ウタ、よく聞けよ」
パサリと麦わら帽子を脱いで、私に見せる。
「おれはシャンクスからこの帽子を"預かって"、オモチャになってたお前を"貰った"。おれが海賊としてこの帽子を返しに行くんだから、オモチャだろうと海賊として仲間になってたお前を引き抜かせねェ」
「オモチャだったからって言い訳も通させねェ。化物みてェな能力者がゴロゴロいるのが偉大なる航路なんだ。能力者に騙されたシャンクスがいちばん悪い」
「‥‥うん」
「‥‥そうだな」
ルフィは平静に、海賊の厳しさを語る。
私もゾロも、居住まいを正して"船長"の方針に耳を傾けていた。
「お前はオモチャになっても、ずっとおれ達を支え続けてきてくれたんだ。海賊として、立派に航海してきたんだ」
「会いに来るのは構わねェ。親子だからな、おれがどっかに隠れてりゃいいだけだ」
「でも、ウタの冒険を認めないで、もしもシャンクスが『オモチャだったからしょうがなかったんだ』『だから戻ってきてくれ』って言ってきたんなら‥‥」
「おれはシャンクスをブン殴る。二度とお前に会わせもしねェ」
「……」
「なァ、ウタ。シャンクスは、お前の父親は、『オモチャのお前は娘じゃなかった』なんて言う男か?ウタはおれたちとの冒険を"なかったこと"にしたいのか?」
過去を"思い出す"。
オモチャになっても消えなかった、オモチャのままだったからこそ忘れられることがなかった、冒険の日々を。
『でっけェ‥‥なんてでっけェんだ……!』
『いい夜桜だったな』『あァ、酒の肴にピッタリだ』『キイ』『おう、お酌ありがとうよ』
『私のことを‥‥仲間と呼んでくれますか?!』
『アーアアー』『キィー』
『ごべーん!!!!おれが悪かったァァァ!!!!!』
『おれたちの船長はエロでもロボでもオモチャでも!!みんなを心から従えてる!!お前たちとは違うんだホグバック!!!!』
『行くぞ!!!!いざ魚人島へ!!!!!』
『海賊王に、おれはなる!』『キィー!』
「ううん、そんなことできない」
「わたしは、ルフィの"仲間"だよ」
麦わら帽子を通り抜けて、飛びつくようにルフィの胸元へと飛び込んでいく。
オモチャだった頃のように、今の自由を肌で感じるように。
オモチャだった頃は胸元にしがみつくのがせいいっぱいだったけれど、大きくなった今は背中に腕を回して抱きしめることができる。
ルフィも、私の体温を確かめるように腕を回してくれる。今ここにある想いを‥‥幼馴染を裏切ることなんて、私にはとてもできない。
「ごめんねルフィ。わたし、じぶんのことばっかりで、ルフィのもくひょうのこと、なにもきにしてなかった。ルフィがぼうしをかえすなら、わたしもシャンクスにあえるのに」
「いィさ。"四皇"を倒す順番はちょっと後ろのほうになっちまうからな、焦るのも仕方ねェ」
「‥‥すまねェな、"船長"。おれとしたことが、"四皇"ごときに遠慮しちまってたようだ。あらためて身に刻んどくぜ、おれたちは"四皇"を超えて海賊王になる一味だってことをな」
「ししししし!!おう、もしものときは頼んだぞ!!」
「ウタもすまねェ。おれの臆病さが、お前の覚悟を鈍らせちまってたようだ」
「いいよ、これからもルフィをたすけてあげてね」
ありがとう、ルフィとみんな。こんな私を受けいれてくれて。
ごめんね、シャンクス。私、これからも"麦わらの一味"の海賊として、生きていきます。
もうしばらく、待ってて。ルフィが立派な海賊に。
私たちが、ルフィを立派な海賊にするまで──。
epilogue
「たたたたた大変だァ~~~~!!!!」
「どうした宣教師屋?!なにがあった?!大嵐か?!敵襲か!!?!」
「外科医の兄ちゃん!!ウチの船長が甲板でぶっ倒れたんだ!!ルフィ大船長とウタの姐さんの熱にあてられちまって!!」
「熱だと!?」「え?!る、ルフィが!!」「嘘でしょ‥‥!!」
"宣教師"ガンビアの報告を受けて、船室(なぜかメリー号にソックリ)で休んでいたローや、ルフィの仲間たちが血相を変える。
閉鎖空間である船上で病気が蔓延するなど、全滅へと繋がる一大事。ましてや、それが船長ともなれば。
ウタにしてみても、オモチャ化からの復帰で体調がどう影響してるか、未知数が過ぎる。
全速力で甲板に出るも……。
「ルフィ」
「どうした?」
「もうちょっとだけ、こうしてていい?」
「おれもずっとはできねェけど、今日は特別だ。いいぞ」
「ん、ありがと」
「ぐがー……zzz」
抱擁でお互いの体温と肌を感じ合っているルフィとウタ。傍らで大イビキをかいてるゾロは、いつもどおりの昼寝。
熱などどこ吹く風、健康そのもの。
いや、違う意味での熱はある。もし"最悪の世代"のことなど何もしらない人間がルフィとウタをみれば、その童顔も相俟って思春期の少年少女にしか見えないだろう。
「オゥ‥‥スゥーパー……」
「あらあら」
「おったまげー‥‥あんな優しい顔してるルフィ、見たことねェ‥‥」
「は、はれんちにござる!」
「‥‥オイ宣教師屋」
「ん?どした?」
「尊い‥‥ルフィ先輩とウタ先輩の美しき抱擁……おれ、今日死んだっていいべ……」
「どーしたもこーしたもねェよ!!ロメオ屋、熱どころか三時の昼寝タイム並に穏やかな寝顔してるだろうが!!!!どこが病気だ?!!?」
「『ルフィ先輩が尊すぎて死にそう病』っすよ、アレになると数時間は起きられねェもんで。医者であるアンタにイッパツ気付けをと」
「アホにつける薬はねェよ!!」
アホにつける薬はない、ないのだが。
ゾウに着くまでこのコントを見ないで済むなら。この航行中だけでも天から降ってこないものか、ローは心の底から願った。
「なァ"神(ゴッド)"……胃薬、もってるか?」
「いや自前で処方しろよ」
「そうだな……おれ、医者だったな……」
Fin.