船出は共に

船出は共に

ifローのはなし

※最初胸糞!!!!!

※閲覧超注意!!!

※遺灰ダイヤと夢の共有ネタをお借りしました。

※この話は遺灰ダイヤをIF世界から持って来れなかった世界線です。











船出は共に


三日ぶりに訪れたドフラミンゴは妙に上機嫌だった。

──なァ、これはなんだと思う?

真っ白い鳥籠の中、ドフラミンゴの問い掛けにローはのろのろと顔を上げた。言うとおりに顔を上げなければ、ローの想像もつかぬ屈辱を味合わされることはドレスローザで捕らえられたこの十日で身をもって知った。だからこそいつかこの籠から逃げる日の為に、最低限この男の指示には従っている。

指示に従えば男は上機嫌にサングラスの下の目を細めた。後ろ手になにかを隠している。なにか、悪趣味の極まりない"貢ぎ物"であることは想像に難くなかった。

「良い子だ、ロー」

「……」

いくらでも勘違いしていればいい。お前がへし折ったと思っているこの心は決して折れていない。

鑑賞用の動物のように閉じ込められていても、皮膚がいくら引き裂かれていても。

腕の一本なんてなくても良い。

足が戒められていても良い。

どれだけの屈辱と苦しみをもたらそうが、自分は自分であり続ける。

──そして、必ず本懐を遂げてみせる。

そして黄色い船に帰るのだ。帆を上げ、エンジンのうなりを上げて深海を進む船。ベポやペンギン、シャチの待つあの船へ。

この命ある限りは諦めはしない。諦めるのは死んだ時だけだ。

(せいぜい油断していろ)

ローは内心でせせら笑いながらドフラミンゴを見上げた。190センチを越えるローには狭い籠は身を動かすのも一苦労だった。

ドフラミンゴは見たこともないほど上機嫌に鳥籠の前にしゃがみ込んだ。後ろ手に畳んでいたなにかを広げる。悪趣味な装束にしては分厚い。そして、白かった。

「お前にプレゼントだ。ロー」

ばさり、とドフラミンゴの前に白い、ふかふかの、大きな、なにかが広がる。からんからんと音を立てて、それに包まっていたなにかが転がる。


──え



咄嗟にドフラミンゴを見上げる。

サングラスの奥の目が、異常にぎらぎらとした嗜虐と愉悦の色でローを観察していた。心臓が握りつぶされて目の前が暗く陰るような恐怖の予感がローを稲妻のように貫いた。

再度、ドフラミンゴが持つものを見る。

明かりの加減で透明な毛なみを、ローは知らないはずがない。特徴的なサングラス、帽子たち、わからぬはずがない。

──妙に上機嫌なドフラミンゴ。

──プレゼント。

──ここから、ゾウまでは一体、何日。

──なぜこの三日居なかった。

電気が弾けるようにローの脳裏がばちばちと働く。ローは哀れなほどに賢すぎた。

鳥籠の隙間から残った片腕を伸ばす。海楼石の手錠が耳障りな音を立てる。触れるか触れぬかで、ドフラミンゴが立ち上がって遠ざける。

「気に入ると思ったよ。ずっと側に置いてたものなァ」

「うそだ」

「俺は嘘は吐かないさ。家族にはな」

胃の中からせり上がったものが鳥籠の床を汚す。飛沫がサングラスにかかってしまった。これはトレードマークなのだと笑っていた。名前と同じだからわかりやすいでしょう、と自慢をしていた。いつでも自分のために整えられていた毛並み。ようやく奴隷時代を忘れられるようになった新入りの、それは。あれは。全て知っている。自分を呼ぶあの明るい声が、悪夢のように耳を劈く。

──キャプテン!

「あ、あ、ああ」

獣のような嗚咽が漏れる。涙などこの男の前でながすものかと思っていたことなどもう忘れた。鳥籠の隙間から一本しかない腕を必死に伸ばす。傾く鳥籠に痛むはずの傷ももう何も感じない。

「安心しろ、ロー」

ドフラミンゴの優しい声にローははっと顔を上げた。

まさか、人質なのか。この男が。

なら、ならまだ──

ローの淡い期待を、過たず推し量った男は、口角を優雅に持ち上げて微笑んだ。

──ちゃんと、一人残らずおくったさ。我が家族と同じ場所へな。

ドフラミンゴの哄笑。念入りに踏みにじられる仲間たち。

血を吐くような絶叫は自分の喉から吐き出され、一本しかない手は彼らを守るには短すぎた。



──もう起きて、キャプテン。

懐かしい声がする。



ばらばらと大粒のダイヤモンドがきらきらと輝きながら夢の中を散らばる。

「フッフッ──嬉しくて言葉もないか? かわいいなァロー」

床に散らばる美しいその一つ一つを、ローは無我夢中でかき集める。踏みつけようとするドフラミンゴの足から身を投げ出してかばう。

どこかから泣き出しそうな気配がするのは、見聞色の覇気が故か、自分がついに気が触れたのか。

──キャプテン。俺たちのことなんていいから、お願いだよ。笑って。お願いだよ。俺たちのことより、生きてるあなたを大事にして。

そんなこと、出来るはずがない。




──ッ!

寝台から飛び起きてローは頭を抱えた。心臓は激しく脈打ち汗はシーツまで染みている。

なんだあれは、何だあれは。

思わず船長室を飛び出してコックピットに向かう。コックピットを叩き空けてその場に居た仲間に肩の力が抜ける。

「どうしたの、キャプテン?」

丁度当直だったベポとペンギンとイッカクが驚いていた。

「おなかすきました?」

「ひどい顔だよ船長」

一人一人の声を聞いて、ローはようやく息を吐く。

夢、夢だった。

あの絶望。あの恐怖。あの憎悪。全て夢か。

──そうじゃねェ。

ローは吐き気をこらえながらベポに尋ねる。

「……もう一人の俺は今日どこで寝てる」

「俺の部屋! 俺当直だから」

ベポに頷いてルームを展開する。先ほどは能力を使うことさえ忘れていたことを思い出す。

「シャンブルズ」



「──来ると、思ってたぜ」

ベポの寝台にしゃがみ込む、ローと同じ顔立ちをした男は、笑みを失った真っ青な顔で膝を抱えていた。この一月でようやくほんの少し綻ぶようになった顔はこの艦に来たばかりのように強ばっている。

「お前の夢を、俺が見たこと、あったから……同じことがあるかもと……ッ」

「話すな──口にしなくて良い」

残った手ががたがたと震えている。それでも別世界の己はわずかに残った気力で顔を上げて首をふった。

「聞いて、くれ」

細く息を吐いたローは頷いた。

「……ヘルメスでこちらに来たとき、あちら側の装置を完全に破壊しきれなかったってのは言ったな。あ、あいつは必ず俺を、追ってくる……」

「ああ……」

ローも想像がついた。あれの右腕として教育を受けていたのは自分も同じだ。一度壊れてしまったあれが、一人残った"家族"に異常な執着を向けることは想像に難くない。

そしてそれを成し遂げる力と執念を持っている。

「そのとき、俺は一度、あちらに潜り込みたい……」

「──それは」

「こちらで迎撃するのがベストだ、わかってる。だが……っ」

ぼろ、とローと同じ、けれどずっと細くやつれた彼の瞳からこらえきれなかった涙があふれた。

「俺は……、俺は、あいつらと一緒に、船出がしてェ……っ」

ローは驚いて彼を見つめた。

──初めてだ。

これが初めてだった。彼自身の願いをローが聞いたのは。

ずっと口にしたくても出来なかったこと。クルーたちが気にかけていたことを知っている。

「……無茶なことはわかってる。策を台無しにするかも、しれねぇ……」

「いや、良い」

ローはうつむきそうになった彼の肩をつかんではっきりと肯った。

「良い。お前のしたいように動け」

「い、いいのか、作戦は……」

──ローは彼で、彼はローだ。

だが、ローは彼の知らないことを知っている。

「……俺はワノ国で臨機応変っつうのを学んだ」

冗談めかしてうそぶけば、彼の涙が余計に止まらなくなる。

「あ、あ゛り゛がと゛う゛……ッ」


自分よりも薄い体を肩口に押しつけてそのまま背中を叩く。

ようやくかさぶたが治りかけた背中だ。ようやく、眠れるようになった心だ。

──きっとお前は立ち上がれる。

ゆっくりとシーツに寝かせて、ローはベッドサイドに腰掛けた。

「……お前の好きなフレバンスの街で、鴎が鳴いた……さあお休み、愛しい子よ……」

膝にしずくが落ちる。

寝かしつける為に呟いた子守歌が震えたのは聞こえていないと良い。彼を寝かしつける手と反対の手で押さえた目頭から、彼に見せるまいとした涙が止まらない。

──彼はローだ。最悪の世代の死の外科医、ポーラータング号キャプテン。トラファルガー・D・ワーテル・ロー。

だからこそ、もう一度立ち上がろうとする彼の強さを信じた。

夢でさえ心が砕け散りそうだったあの惨劇を、おそらくあれが一部にすぎぬほど繰り返された屈辱と蹂躙を、自分は耐え切れただろうか。心を壊さずに、壊れたとしてももう一度直して立ち上がることが出来ただろうか。

──わからない。

ただ一つわかるのは。

「……船出は共に」

ああ、それは、何に変えてもかなえてやりたい。
















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