自由の翼
Nera水深800mの世界は真っ暗で静かな場所だ。
生命の神秘に満ち溢れており、未だにその全貌を解明できた者は居ない。
世界一の科学者であるベガパンクすら匙を投げる場所に潜水艦が航行している。
最先端の技術で建造された潜水艦は以前、とある海賊団に強奪されてしまった。
「ねえルフィ、いつまでこんな場所に潜めばいいの?」
「分かんねぇ!ただ、ここが安全だと思っただけだ」
ところが1週間前、その海賊団がたった2人に瞬殺されて潜水艦を強奪された。
海賊たちは海に投げ捨てられてそのまま漂流して二度と表舞台には出てこなかった。
その事件を引き起こした張本人たちは、何の行く先も考えずに潜水をしている。
「でも…1週間もお風呂に入れないと…臭くない?」
「ウタの匂いなら平気だって、なんなら股間の匂いでも嗅げるぞ」
「…ルフィのスケベ!!」
毛布に包まっている男女の瞳は濁っていた。
かつて英雄と歌姫と称された彼らは諸事情により逃亡する事になった。
地位も部下も名声も幼馴染以外を全てて捨てたカップルは、ひたすら逃げ続けた。
深海を航行しているのは、水上より危険が無いと思ったに過ぎない。
「海王類の群れが前方に居るね」
「まいったな……逃げる場所がねぇぞ」
見聞色の覇気を発動させたウタは全長100m越えの海王類の群れを発見した。
すぐに幼馴染に報告すると、彼は困ったように頭を搔いた。
海に嫌われている能力者でなくても人間なら死ぬ環境。
なんとかして群れを避けようにもサイズのせいで海流で翻弄されるのが目に見えた。
「ルフィ!そこの岩盤に空いている穴で待機させても良い?」
「それしか方法はねぇな!行くか!」
操縦しているウタは慎重に操縦して洞穴の中に逃げ込んだ。
潜水艦の仕様上、そこから二度と動かせなくなる一か八かの賭けだった。
帆船なら能力で無理やり動かせても深海ではなす術がない。
魚の激突などもっての他だ。
「うおっ!!揺れるなァ!!」
「良かった……穴の中でこの海流なんだもん。あそこで居たら沈没してた」
とりあえず一息つける状況になったウタは操縦桿から手を離した。
休憩をする彼女にルフィは干し肉を持ってきて手渡した。
船内を微かに照らす照明は、肉を美味しそうには魅せなかった。
それでもお腹を空かせた彼女たちにとっては久しぶりのご馳走である。
「ありがとう!」
「腹が減ってたら何もできんからな」
一緒に干し肉を頬張った彼らは束の間の休息を満喫していた。
考えるのが苦手なルフィは、そういう事をウタに押し付けて毛布に包まった。
芋虫のようになった男は、女に近寄って頬擦りをして寝息を立てて寝てしまう。
女の体臭は、疲れ切った彼にはご褒美だったかもしれない。
「おやすみルフィ、せめて夢の中で休んでね」
ルフィが居れば、ウタは何もいらない。
いざとなったら能力を発動してルフィをウタワールドに閉じ込める。
そしてその間に自害すれば永遠に2人はウタワールドで暮らしていける。
それをやらないのは、まだ自分の知らない世界に希望をもっているからだ。
「ここ、意外と広そうね…もう少し進んでみよう」
船長が寝てしまった以上、全ては操舵手に託された。
海王類の巨体で引き起こす海流が激突するのを恐れて彼女は前進させた。
紅白の後ろ髪は垂れたり上がったりして彼女の心境を表していた。
そして気付いた。
「やけに長いわね…もしかして人工物?」
潜水艦がすっぽり入るほどの広さがあり、障害物はさほど見当たらない。
そして何故か、途中から壁がまっすぐになっており誰かが作ったとしか思えない。
見聞色の覇気を通じても生命反応は魚以外は無さそうだった。
先行きが見えない不安をルフィの寝息で誤魔化して進んで行く。
「光だ…」
30分ほど潜水艦を前進させただろうか。
大きな場所に出ると上から光が差し込んでいた。
水深計は、深度700mを指しており、地上ではない事は明らかだ。
「どうしよう…」
覗き窓から見ると水面が見えるので空気があるようだ。
ルフィを起こすべきか迷ったが、託された以上、独断で浮上させた。
ここで失敗しても最悪心中すれば解決するのは大きい。
「空気はありそうね。魚人島ではなさそうだけど…」
海底1万mにある魚人島は巨大なシャボン玉に包まれており大気がある。
全体図が見えないので何とも言えないがここも似た様なものだろう。
地殻変動で地盤が沈んで空気が取り残されているようだった。
「ルフィ!!起きて!!」
「ごがーー」
「私1人で行っちゃうよ」
「ダメだ!!」
肩を揺すっても起きなかったルフィはウタの一言で目が覚めた。
彼女を1人で行かせる事は絶対にしないと誓っていた。
故にぼそっと呟いただけなのに彼は覚醒して妻を優しく抱きしめた。
「大きな空洞があるみたいなの」
「なんかあるのか?」
「まあ、何もないでしょ。でも気分転換にはちょうどいいと思って」
「そうだな」
潜水艦の中にありったっけの物資にすし詰めされて生活空間が狭かった。
そのせいでまともに訓練する事もできずにずっとコックピット席に座っていた。
身体がなまってしょうがないのでウタは運動を提案した。
もちろん、冒険に興味があるルフィは承諾した。
「…ん?明かりがあるな」
「魚人島みたいにアダムがあるかもね。こっちからすれば都合が良いわ」
ハッチを開けて2人が飛び出すと想像以上に巨大な空間だと分かった。
何故か天井から光が差し込んでおり、周囲にあるヒカリゴケが周囲を照らしている。
眼前に広がるのは、人工物にしか見えない建物の廃墟群。
世界政府が把握してない古の街のようであった。
「おおおお!!冒険の匂いがする!!」
「見聞色の覇気では生物は見当たらない。滅びた古代都市みたい」
「なあなあ!探検しようぜ!!」
「うん、行こう!!」
世界政府に追われるわ、海賊に襲撃されるわ、賞金稼ぎと交戦する羽目になるわ。
対人関係にトラウマを植え付けられた2人にとって理想な空間である。
気分転換に冒険しようと食料をリュックサックに詰めた2人は街に足を踏み入れた。
「なんだこの文字?」
「まさか“ポーネグリフ”!?世界政府が存在を隠す都市だとでもいうの!?」
“ポーネグリフ”は、世界政府によって解読を禁じられている文字だ。
何故禁じられているのかは誰も知らない。
それは世界の常識であり探求してはいけない“空白の100年”の一部としか分からない。
ここは、沈没したのかそれとも“何か”に滅ぼされたのか。
とりあえず世界政府が認知していない場所に違いなかった。
「あそこにでっかい建物があるぞ!!」
「この都市のお偉いさんが暮らしてそうな場所ね」
街路は石畳が敷かれており馬車が通ると思わしき車道と歩道に分けられていた。
水道も整理されているようで、意外と風化しているように感じられなかった。
不思議な光景に興味津々だった2人は、大きな建物に惹かれてそこに入っていく。
「なんだこれ?」
「鎧を纏った石像、門番かしら?」
「ほえ、頼もしそうな門番だな」
出迎えたのは、全長10mはありそうな鎧を着用した石像だった。
侵入者から建物を守る様に100体以上が向き合うように佇んでいた。
その壮観から2人は感動し、好奇心がくすぶってどんどん歩調が速くなった。
「すげぇな!!見ろよ!!街が見渡せるぞ!!」
バルコニーに出た2人は古代都市を見渡す。
この偉大なる都市が何故、滅亡したのか分からない。
ただ、動物の反応が見られないのでそれが原因かもしれない。
「ねえルフィ」
「どうした?」
「人の痕跡ってあった?」
「いや、綺麗さっぱり何もないな」
ウタは嫌な予感がしていた。
これほどの建造物が存在するのにゴミ1つ無かったのだ。
廃墟という割には何かしらの勢力が清掃しているようだ。
ところが一切、誰かが居た痕跡は見つけられず不気味がっていた。
「カチ」という嫌な音がして何かが引き摺る音、落下する音、反響する音。
2人は見聞色の覇気で正体を暴こうとするが生物の反応は無い。
代わりに何が動いたのか理解した。
「うおおおお!!石像が動いたぞ!!」
「やっぱりトラップ!!でも人間相手じゃないなら気が楽!」
さきほど入り口にあった石像が侵入者を排除しようと活動を開始した。
こんな機能など遥か未来のはずである現代すら存在しない。
500年先の頭脳を持つベガパンクですらクローン体を改造するのが精一杯だ。
だが、2人からすれば人間相手でないだけで気が楽だった。
「“JETマリン銃乱打<ガトリング>”!!」
「嵐脚“十六分音符<ゼヒツェーンテル・ノーテ>”!!」
高速で撃ち出される拳と鋼鉄をも切断する無数の風の刃が石像に襲い掛かる。
武装色の覇気を纏う拳で鎧を粉砕された石像は後方に居た石像に激突した。
それと同時に拳の動きを避ける様に風の刃が鎧の残骸ごと石像を切り刻んだ。
「よっしゃあ!!」
「まだ来てる!!警戒して!!」
100体以上の石像を目撃したのだからこれで終わるわけがない。
新手の石像の両目から黄色のビームを出してルフィとウタを焼き尽くそうとする。
もちろん、2人は真面目に受ける気はなく躱して石像を叩き潰していく。
建物が壊れない様に最低限の攻撃で次々と撃破した。
「まだ来るか!!来いよ!!」
「ここを破壊するつもり!?門番っていうより証拠を隠滅したいみたいね」
ミサイルを大量にぶっ放した石像は、ルフィにミサイル群ごと巨大な拳で潰された。
ウタも建物に被害が出ない様に『六式』という体技で石像を瞬殺した。
海軍大将候補だった2人は、世界最高峰の海賊団とやり合える実力がある。
意志も思考も存在せず、壊しても罪悪感がない無機物に躊躇いは無かった。
「完全にロボットね。“生体ユニット”がない」
「パシなんとかみたいな奴じゃないのか」
「“平和主義者<パシフィスタ>”より高度な物を作れる文明だったみたいね」
最後の1体を撃破したウタは、石像の正体を探るべく傷口を漁っていた。
中には精密機械と歯車、ベルト、複数の油が流動しており、鼻が曲がりそうだった。
世界政府が運用する“平和主義者<パシフィスタ>”というサイボーグ兵器。
それよりも遥かに高度な代物。
明らかにこの都市の文明レベルが現在を遥かに凌駕していた。
だからこそ何故、滅んだのか疑問に思うがそれと同時に察するものがある。
「いきなり襲って来るとは思わなかった。それにしても遺跡に容赦ねぇなこいつら」
「この石像たちが暴走したという点があると考えないといけないかも」
高度な文明に人類が滅ぼされる。
科学万能主義に対する人類の欲望に警鐘を鳴らす小説がかつて流行していた。
世界一の歌姫であり“海軍の歌姫”であった彼女は流行に遅れないように読んでいた。
人の為に想う指示を機械はその通りやるが、結果的に人類を滅ぼしてしまった。
遠隔で止められる制御装置や人の安全を最優先にするべきと小説は結論付けている。
この文明も高度過ぎるテクノロジーに滅ぼされてしまったのか答えは出ない。
「おい~~ウタ!!玉座を見つけたぞ!!」
「玉座の間?分かったすぐに行く!!」
少しだけ熱中していたのか。
いつのまにかルフィは玉座を見つけておりウタはそこに向かう事にした。
「見ろよ、あそこに王様が座ってたんだよな!!」
「確かに玉座だけど……なんかおかしくない?」
玉座の間らしき場所に出たウタは疑問に思った。
確かに玉座だが後方に大きな鏡らしき物があり下には何かの機械やレバーがあった。
どちらかというとコックピット席と言った方が正しいかもしれない。
「見ろよ!ドクロのボタンがあるぞ」
「どう見ても自爆スイッチじゃない。押さないでよ」
「分かった!!」
好奇心よりウタを優先しているルフィはあっさりと退き下がった。
大きな赤い色のボタンの上にドクロのマークがある。
どう見てもろくでもない装置である事は間違いないようだ。
それを見てウタは好奇心より恐怖心が勝った。
「残念だけどこれは私たちの手にあまるわ。帰りましょう」
ポーネグリフを解読できるニコ・ロビンが居れば違ったかもしれない。
しかし元海兵の2人には手が余る上に何よりここは得体が知れない。
さっさと潜水艦に戻る事を提案したウタは脱出を告げると出口に向かった。
「ウイーン」という耳障りな音が後方から聴こえてくるまでは。
「何の音!?」
「ゴメン、腕がレバーに当たったら何か動いた…」
「バカルフィ!!!」
ウタの指示で慌ててルフィが動いたら右腕がレバーにぶつかった。
その衝撃でレバーは奥に押されてしまい、起動してしまった。
それを申し訳ないように告げた幼馴染にウタは怒鳴り声をあげる。
唯一の出口だった場所は石壁が降ろされて2人は閉じ込められた。
〈生体認証中……オ帰リナサイ“ジョイボーイ”〉
人外の声が鳴り響いたと同時にルフィは玉座に拘束された。
慌ててウタはルフィを助けようとするが地面が揺れて姿勢を保つのに精一杯だった。
「なんだ!?なんだあああ!?ウタ助けてくれ!!」
「今助けるから待ってなさい!!」
〈ワーニング!適応者ジャナイ侵入者ヲ発見!排除シマスカ?〉
「ダメだ!!ウタはおれの味方だ!!」
〈承認シマシタ。新規ニ適応者トシテ認定シマス〉
どうやら装置はウタを異物と判定したがルフィの気転でひとまず危険は去った。
機械音声で淡々と勝手にデータを読み上げていく中で彼女は救出しようと試みた。
「ルフィ!!待ってなさい!!私が絶対に助けて…あれ?」
いつのまにかウタは玉座に座っていた。
隣にはルフィがおり、一緒に強固なベルトで拘束されていた。
あまりにも一瞬で何をされたかすぐにウタは気付けなかった。
分かったのは、自分も拘束されて夫の傍にいるということだけだ。
〈2分後ニ発進シマス〉
機械音声と共に古代都市を照らしていたライトが赤色に変化した。
ルフィとウタが探索していたのは、建物ではなく古代兵器だったのだ。
警告音と音声が無人の古代都市に意味が無い警告を発していた。
「ど、どどどどうする!?」
「まあ、やっちゃったならどうしようもないわ」
「逃げねぇのか!?」
「しょうがないでしょ、下手に動くと危険よ。男なら腹括りなさい」
ルフィは動揺してウタに泣きついた。
久しぶりに義姉ムーブができて喜んだ彼女は笑って答えた。
下手に動くより機械に任せた方が安全だと。
彼女の前にある鏡には、何か文字や記号、画像が表示されている。
「あはははははは!全く分かんない!何も分かんないよ!!あはははは!」
「おいいいい!!どうするんだ!?」
〈起動までカウントダウン、30、29、28、27…〉
ディスプレイと呼ばれた物に映し出された文字を見てウタは笑った。
もうどうしようもなさ過ぎて笑うしかなかった。
思考や決断をウタに移譲していたルフィは更に動揺するしかなかった。
何かが高速で動く音が聴こえており、この建物が動くのは間違いないだろう。
無情にも機械音声がカウントダウンを開始し、終わりが近づいた。
〈3、2、1、0〉
「起動!!」
「意外とノリ気だな…」
「しょうがないでしょ!!」
カウントダウンが終わった瞬間、コックピット席は大きく揺れた。
複数の計測らしきゲージにあった針が動いて針先は赤色から緑色の場所を示す。
その瞬間、2人の脳裏に操作方法を何者かによって無理やり教え込まれた。
「うわああああああああ!?」
「ああああああ!?ルフィしっかりしてぇ!!」
ルフィは頭がパンクしてウタに寄り掛かった。
彼女は、なんとか耐えて操作手順に沿って手を動かしておく
複数のツマミを動かしてディスプレイの明かりを点灯させる。
手が勝手に動いているがウタはそれよりルフィを気にしていた。
そもそもやる必要はないのに洗脳されたように自身の異常に気付いていない。
「ルフィ!何か歌のリクエストはない?」
「うええっじゃあ、〈旅立ち〉を…」
ウタはウタウタの能力を発動させずに歌を歌った。
さすがに能力を使うと居眠り運転になりかねないからだ。
心地いい歌声を聴いたルフィは気分を落ち着かせて脱力した。
その間で歌いながら出発準備を整えたウタは操縦桿を左手で握り締めた。
「パーキングブレーキ解除、計器良し、フラップ手順良し、出力良し」
「…何やってんだ?」
「出発前の確認、ルフィも復唱する?」
「やだ、頭が痛い。ウタお願いだから歌ってくれ…」
「ごめんね、すぐに歌ってあげるからもうちょっと待って…」
いきなり難解用語と複雑な操作手順をマスターしたルフィは壊れた。
全部めんどうな事は幼馴染に押し付けて歌を聞くだけを専念したかった。
しかし、さすがに失敗は避けたいウタは泣く泣く彼の懇願を断った。
「スロットル全開!!対気速度計は……離陸に充分!!姿勢は姿勢指示器に…」
「おえっ!!」
吐きそうになってルフィは両手で口を押えて吐瀉物を無理やり飲み込んだ。
どうしようもなくなって、無理やり瞼を閉じてウタに寄り掛かった。
ウタは空いていた右手で彼の頭を撫でると操縦桿を軽く引いた。
「出発進行、これからは私たちは自由になるの!!」
建物に擬態していた飛空艇は、あるべき場所に帰ろうと動き出す。
封印が解除されディスプレイに経路が表示されたので淡々と機を動かしていく。
ウタの慣れた手つきも脳に知識と経験を上書きされた結果だった。
変化に戸惑うルフィを励まして彼女は前に進み出す。
「ああ、良いの。もう隠れる必要も深海に籠る必要もない」
「自由に空を飛び回り、私たちは鳥になって世界を周るの」
飛空艇は爆風で古代都市を吹き飛ばして滑走路を高速で突き抜けていく。
確認の復唱と共に岩盤に突っ込んで海中へと飛び出し上昇した。
「いざ、大空の旅へ!!」
「揺れる!壊れる!!」
あっという間に水面から飛び出した飛空艇は本来あるべき大空へと舞っていく。
もはやルフィはウタにしがみ付こうと手を伸ばしつつ呻くしかできなかった。
「はい、上空に到着!行く先は…フーシャ村!!」
巧みな操作で気流に乗った過去の遺物は、現在に姿を出現させた。
飛空艇を失った古代都市はそれを見届けるように海水で沈没していく。
残された潜水艦は二度と帰ってこない主を朽ちるまで待ち続ける事になる。
そうとも知らずに翼を手に入れたウタの行き先はフーシャ村だった。
「オートパイロットに設定したから歌ってあげるよ」
「頼む…」
上空3万mの成層圏に到達した飛空艇はようやく安定した飛行となった。
相当、内部に影響がでないように設計されているのか。
不快感がない空間で自動操縦に切り替えたウタは歌を歌った。
「天空に飛んで~♪翼を広げ~♪自由を謳歌する~♪」
即興で作った〈天空の翼〉という歌を歌って幼馴染を励ます歌姫。
1万mに存在する空島より遥か上空が彼女たちの居場所となった。
「フーシャ村には海軍が居ると思う」
「だから何?私たちはもう止められない。天空こそが私たちの居場所なのよ」
「じゃあ何でフーシャ村に向かったんだ?」
「……人として生きていたいから」
素朴な疑問に対してウタは顔を伏せながらゆっくりと告げた。
天空から見下ろす地上はとても美しかったが、されど非情にも壊したくなる。
飛空艇に掲載されている数々の古代兵器の操作方法を2人は熟知してしまった
それでもウタは、兵器を極力使わない様に考えると帰巣本能が強まった
恐怖から逃れようと本能が争いから無縁のフーシャ村へと向かわせたのだ。
「ねえルフィ」
「なんだ?」
「地上ってこんなに綺麗だったのね」
「そうだな、おれは狭い世界で生きていたかもしれねぇ」
3万の上空から見下ろす世界はとっても美しかった。
地上は丸かったというのは知っているがここまで美しいものなのか。
夜空の流れ星を見て愛の言葉を囁くカップルのように会話をする。
ロマンチックという単語を知らないルフィですら圧倒される光景。
「ところで私と地上、どっちが綺麗?」
「ウタに決まってんだろ」
「ありがとう」
妻が仕事と自分、どっちが好きみたいな質問にルフィは即答した。
天竜人を殴打して全世界を敵に回してでもウタを選択した彼に迷いはない。
彼女も愛されているのを知っているし、無駄な質問だと分かっている。
それでも質問するのは、愛されている実感が欲しいからだ。
「残り3分でフーシャ村に着くわ」
「海軍の艦隊はどうする?」
「さあ、どうしようかな。武装は過剰過ぎるし風圧でぶっ飛ばせばいいかも」
ルフィの故郷にしてウタが父親のシャンクスに置いて行かれた場所。
そこは、彼らにとって神域であり懐かしの思い出である。
当然の様にディスプレイには、海軍の軍艦が10隻、映し出されている。
武装で吹っ飛ばしても良いが存在しないはずの記憶から過剰防衛と判断。
飛空艇で艦隊の上空を突き抜けて風圧でぶっ飛ばす事にした。
「サブウェポンが複合誘導核弾道ミサイル、口径30cmの電磁加速砲、どれも過剰ね」
「主砲って何だっけ?」
「……星体破壊用口径40cmプラズマ砲、どこと戦争する気だったのかしら」
ポーネグリフは古代兵器を記していると世界政府は恐れていた。
実際に復活させてその情報を嫌でも知らされたウタは溜息を吐いた。
こんな過剰な兵器が開発された背景には相応の敵が居たという証明になるからだ。
「ところでこの飛空艇の名前はどうする?」
「ルフィが決めて良いよ」
「じゃあ…自由号で!!」
「まあ、私たちの船にはぴったりな名ね」
この飛空艇の名前が決定した。
超音速で飛行する自由号は、自由になった2人を乗せて海軍の艦隊を吹っ飛ばす。
砲撃する暇もなかった宙に舞う軍艦から人が零れ落ちた。
一体何千人死んだのかも分からない。
ただ言える事は、既に犯罪者の彼らはかつての同僚の死に感化されなかった。
「……人の死ってこんなにあっさりなのね」
「あの時に頭が改造されたせいで、おれはもうダメかもしれない」
彼らの脳裏に浮かぶのは、飛空艇の装備で効率良く人を殺める術と操作方法だ。
もはや別人格に乗っ取られているような感覚はルフィを苦しめた。
「私の歌で上書きをしてあげる。それでいいでしょ?」
「ごめん、頼むよ」
人の心を忘れない様にウタは鎮魂歌を歌う。
さきほどの光景を忘れようとする2人だが、この飛空艇があればできる事はある。
自分たちのせいで悪化した大海賊時代は、これを利用すれば終焉に向かうだろう。
それは平和か滅亡かは分からない。
分かるのは、あらゆる勢力を撃破する力を持っているという事だ。
「はい、着水完了。フーシャ村の人たち、驚いてるね」
「すげぇな!村長、あんな顔をするのか」
「あははははは!!驚かせすぎたかな」
中型海王類のサイズに匹敵する飛空艇は、彼らの足であり住処である。
歌い終わったと同時に着水をし、海上モードに移行した自由号は港に停泊した。
驚く村長や魚屋のおっさんたちの顔がディスプレイに表示されていた。
「どうする?」
「行こうか!」
「ああ!!」
あまりにもギャップと滑稽さに向き合って笑った2人は外へと飛び出していった。
この日をもって、ドーン島のフーシャ村とコルボ山は彼らの縄張りとなる。
それが良かったのかは後世の学者たちが決める事だ。
少なくともそれが大海賊時代を変えるきっかけになったのは間違いない。
END