肉の林、夢現
ぼんやりとしていた感覚が次第に鋭くなる。ゾクゾクと背筋を這う快楽に思わず身体を反らすと、妖しく笑う声がする。舌を伸ばす。肉厚ななにかに絡め取られ、口内が甘さでいっぱいになった。喉を伝う液体。あまい。すき。もっとほしい。
(…ここ、は)
目を開く。あの部屋を思わせる真っ白な世界を背景にして、いまは分かたれたはずの朋が淫靡に笑っていた。
「げに遅き目覚めかな、クボ」
「……は、え、」
「んッ、はあ…」
「あぅっ!?」
きゅう、と急所を締めつけられる刺激に情けない声が飛ぶ。咄嗟に目を向けたそこはイサンの胎内に呑み込まれ直接視認することは叶わないが、明らかに兆しているということは直感した。これは、夢か?だってこんなこと起こるはずがない。そもそも自分は。
「いや、これは夢ではない。現実だ」
「っ!?」
背後からの、イサンとまったく同質の声に振り返る。声に違わず、若干隈が薄い点を除けばイサンにそっくりな男が、自分を後ろから抱きかかえていた。
「そなた、は…!?」
「俺もイサンだ。正確には鏡越しに見たイサン、だがね。ほら、そなたもあの部屋で見ていたんだろう?彼が鏡に向き合っているのを」
「なにを言っ、ッ、はあ…!」
「サンイ、な妨げそ」
抗議するようにナカに力を込められ、熱い息がこぼれる。混乱する頭で必死に考えたところによると、このサンイと呼ばれた男は鏡技術による可能性観測の産物、なのだろう、たぶん。でも、なんでこんな状況になっている?なにかがおかしい、一先ず事態を把握する必要がある。
「っ、イ、サ…!一度、一度どけっ。そなたはこんなこと、は…いや、私にはやることが」
「やること?これより大切なことがあったのか、クボ?」
「私よりなほ尊むことやあらむ?そなたは、さしも私に着したらずや」
「っあ……あ………?」
両側から、前後から聞こえる、朋の言葉。脳が融ける。ふわふわして、きもちよくて。だめ、駄目だ。私はこんなことをしている場合ではない。戻らなくては。私は、私は………?
(…なにを、してたんだ?もどるって、どこ、へ)
目覚める前の記憶が思い出せない。なにかを、していたはずだ。そして戻るべき場所があるはずだ。なのに、なにもかもが霞みがかって、まったく具体性を示さない。
「思い出せないなら大したことではなかったんだろう。それより、ほら。そなたが連れ去るほどに焦がれた朋がそこにいるぞ?」
サンイの手がする、と胸板をなぞる。それに視線を誘導されて、艶やかな汗を滲ませながら上下に揺れるイサンをまともに見てしまう。羽織ったシャツの隙間から覗く白い肌は薄らと上気し、瞳は潤み、口はだらしなく開かれている。快楽で突き出された舌から唾液が滴り落ちた。
あの、イサンが。誰もが憧れ、同時に嫉妬を覚えずにはいられなかった、手の届くはずのなかった天才が。娼婦のような痴態をさらしている。動揺とわずかな失望、そして……優越感と、快感。新雪を乱暴に踏み荒らすがごとき背徳が脳を麻痺させていく。
「はっ…ふふ。クボ、腰が」
「は…?」
「ああ、動いたな。口ではどうこう言いながら、やはりそなたも気持ちよくなりたいんだろう?」
違う。そんなはずない。なのに腰の奥にじくじくと溜まる感覚は、確実に頭をバカにする。ほしい。ほしい。もっと奥に。もっと、強く…!
「まあ待ちたまえ。いまは私が動くゆえ」
「それに、これからそなたは前後不覚になるのだから」
「へ、ぇあッ!?は、ぐ…!?」
内臓の奥になにかが潜り込んでくる。本来なら異物を受け入れぬはずのそこは、なぜか素直にその熱を喰らう。腹の中に収まってしまった熱を感じるたびに全身に震えが走る。
「あ、な、に、なに…!?なん…!?」
「気持ちいいだろうな。寝てる間にたぁっぷり蕩かしておいたから」
サンイの言葉とともに入りこんだ熱が律動する。ナカが擦られるたびバチ、バチと視界に火花が飛び散る。あ、あ、と喉から漏れ出す声が止まらない。犯されている。腹の、内側を。
「あ、うそっ、だ…こんなっ、こん、おかッ、し…!?」
「なにやあやしき?この様子か、そなたの身体か。私がここにあること、あるいはサンイのことや?」
全部、全部だ。イサンがここにいるのも、鏡越しのイサンが存在しているのも。こうして貪られている状況も。初めてアナルを犯されているのに、明確に快楽を得ている自分も!
(こわ、い。なんだ、なにもわからない…!)
危機感が必死に思考を揺らす。逃げなければならないとわかっている。だが、呑み込まれている前も、剛直に貫かれている後ろも、あまりに心地がいい。また、頭にビリビリ快楽が送りこまれる。
「ひッ、はひゅっ、ああッ!?うぅ゛、あ、あ…!」
「んふふ…ああ、クボ。さばかりに喘ぎて」
「はっ、はあ…!」
イサンがこちらに顔を寄せる。花のように甘い香り。引き抜かれ外気に触れる男根に身震いする。
「実に嬉しや」
「いさ、ぁ、んぐぅ…!」
制止しようとした声は抑え込まえる。口内を優しく撫でる舌を噛むわけにもいかず、なすがまま。上顎を舐められ、じゅうっと舌を吸われ、散々絡ませられる。だんだんぼうっとしてきたところに、知らない感覚が叩き込まれた。
ばちゅんっ!
「ッ、ッ〜〜〜!?」
「ぅあッ、あ…!」
「ふっ…俺を忘れないでほしいが。二人で睦み合っていると、さすがに妬けるな」
「ふふ…相すまぬ、サンイ」
朦朧とする意識の上から唾液をすする音がする。それでもなおサンイの責めは緩められず、イサンの手は胸の尖りを引っ掻きはじめる。やはり触れたことがないにもかかわらず、そこは尻穴と同じくジンとした感覚をもたらした。
「はっ、ひゃう…!?ま、て、つまむなっ、ひっぱるなぁ!?」
「んじゅっ、ぷはぁ…されど、これほどまで差し出されては」
「いじめないほうが失礼だな」
クスクスと笑う声。そこでようやく、私は自分から胸を突き出すような格好をとっていたことを自覚した。羞恥で顔が熱くなる。
「ちがっ、これは…!」
「なにが違うんだ?イサンに挿れて、性器を固くして、ナカも締めつけて。本当はこのまま溺れたいんだろう?」
サンイの声が耳をうつ。直接頭のなかにはいってくる。のうがかきまぜられる。きもちいい、きもちいい。もっとほしい、もっと!
「ぁ、あっ…あ…!ほ、し…」
「ん?」
「ほしい…!きもちよく、なりたい…!」
声に出した瞬間なにかが弾け飛ぶ。めちゃくちゃにしたい、めちゃくちゃにされたい。欲望が身体にも現れたのか、二人分のうめき声がする。
「ぅあっ…おお、きく…」
「こちらも締まったな…よく言えたな、いい子だ、クボ」
「はふ、ぁ、ん…じゅ…」
舌を弄ぶ指先を必死に舐める。脳みそを直接融かす声が思考を壊す。そのうち二人の律動が再開し、あっという間にまともな言葉が紡げなくなる。
「ひんッ、あ、あ、ああッ!はっ、いっ、ふぅぅ゛ッ…!」
「ふっ、ふっ…!はは、もう出そうか?いいぞ、俺も…!」
「はあっ、ああッ!?ぃ、く、いく、クボ、くぼぉ…!」
びりびり。びりびり。ペニスもアナルもきもちがいい。重なる声が心地いい。すき。すき。
「「────クボ」」
「あ……♡」
じゅん、と脳が濡れる。鼓膜を震わせる音に、私はありえないほどの多幸感を味わわされながらどちらでも絶頂した。
「ふぁっ、あああ゛あ゛ッ!?いぐっ、いっ、ぎっ!?ぃっ、でぇ、るう…!♡」
「んううぅっ!あ…ナカ、出て…♡」
「ッーーー!は、あ゛…」
イサンの尻穴が精液を搾り取る。サンイの男根が一滴残らず子種を注ぐ。前からも後ろからも追い詰められ逃げ場を失った快楽が頭に殺到し、私の身体は制御を離れてガクガク震える。胸の奥からじわりとなにかがせり上がってくる。
「ぁ…な、に」
「孕んだのだから乳も出る、当たり前だろう?」
「ち、ち?」
「はむっ」
「んぅっ!?」
乳首からとろとろと溢れる白い液体をイサンが舐め取り、そのまま口で嬲る。じゅうと吸いつかれるたびにまたしても軽度の絶頂が襲い、イサンの中で自分の怒張が兆していくのがわかる。
「あ゛ッ、いさ、いさんだめ、だめだそれ…!?」
「んっ、はぁ…いと甘し…♡」
「俺の種だから、要はそなたはイサンとの子を孕んだということになるな。嬉しいだろう?大切な朋との間にできた子宝なんだから」
子ども。宝。イサンとの。声がまた頭をとかす。うれしい。はらむの、うれしい…♡
「……ああ、嬉しい…ふふ、こども、か」
「んッ…クボ、私も」
「ああ。イサン、そなたにも子どもができるように、もっと…」
こんなに幸せなんだから、イサンだって是非とも孕ませてやらなくてならない。目の前の彼が嬉しそうに頬を染めるのを見ていると、いきり立つ己に対しても誇りに似た感情が湧いてくる。
「イサンもきっと気持ちよくなりたいだろう。そのためにはもっと子種を注いでやらないと」
「わかっ、た」
薄い彼の腰を掴む。もう、好きに動いてもいいのだろう。下から思い切り突き上げるとイサンは喉をさらして喘いだ。
「はひゅっ…!?お゛ッ、ぉあ゛ッ!?あっあああッ!ひぃっぐ、いぐっ、も、はや…ぁ!いぎっなりぃ…!?」
「そなたの腰使いも蕩けるようだったが、焦らされている感が強くてな…!ほら、イけ、イけ♡」
「あっイグっいぐっ!♡はらむ、はらんでしまっ、あああ゛ッ♡」
「ぐううっ!♡」
また搾り取られる。ぎゅるぎゅると睾丸が疼き、精液が作られていくのがわかる。きもちいい。もっとはらませたい、はらみたい。快楽が、ほしい。
「はあっ、はあっ…ああ…♡」
「次は俺だな。その間はイサンにも種を注いでもらうといい。焦らずとも時間はたっぷりあるからな…♡」
とっぷりと膨れた腹を愛おしそうにサンイが撫でる。その甘い声に私は一も二もなくうなずき────
ぶちん。テレビの電源を切るように視界が闇に閉ざされる。同時に、熱に冒されていた思考が急速に冷静さを取り戻していく。
(…私は、なにをして…!?)
今度は正しく、恐怖で身体が震える。自分がいるのは白い部屋ではなく、なにか、ぬめぬめしたものに覆われた場所だ。両腕は頭の上で一纏めに拘束され、足も生暖かいものに埋まって動かない。目はなにかで塞がれ、そして、腹はひどく重かった。
必死に記憶を辿る。L社のもと支部と思わしき地下施設が見つかったとの連絡を受けて、私たちはリンバスカンパニーより一足先にそこを探索していた。その途中、先頭を務めていた自分は突然床に呑み込まれて。
「───────────」
(!ひとの、声!)
「っ……ここだ!」
自分の身体の惨状を想像して一瞬躊躇したが、またいつあの幻覚が襲ってくるともかぎらない。ここは恥を捨てるべきだと判断し声を上げると、まもなくして肉を斬り裂く音がした。
「見つけまし………どう、したんです、それ」
引きつった声は、確かヘルマン理事が目を向けていたソーニャという者だ。実際に九人会に入れるかはともかく、顔合わせという意図もあって同行していた、と思う。
「うわ……うわ」
ご丁寧に二度ドン引きした声を放つガファンに少し苛立ったが、腕の拘束を切り離したことには感謝してもいい。自由になった手で目隠しを取り払うと、自分は小さな肉の卵の中にいたようだ。触手がびっしりと生えていて、それで身体を蹂躙されていたことがわかった。
男二人の手を借りて卵の中から這い出でると、ヘルマン理事は筋繊維で編まれたような卵に腰かけてシミが入った資料を読みこんでいた。卵の形態になっているということは、幻想体の制圧には成功したのだろう。そのおかげで自分にかけられていた幻覚も解けた、といったところか。
「…ああ。その腹だけど」
ちらとこちらに視線を向けてすぐに資料の速読に戻った理事がなんともないように告げる。
「そのままだと幻想体の眷属が生まれるらしい。調査はここで切り上げて帰ったら摘出手術だ」
「それはありがたいですが、肝心の枝は?」
「ここにはないってよ。どうやら支部崩壊の折に幻想体を卵で持ち出した愚か者がいて、ここで研究してたらしい」
骨折り損だと言いながら気味が悪そうにガファンが一歩距離を置く。こんな腹だから当然だなと思っていると、ソーニャが困惑したように尋ねてきた。
「あの、クボさん。さっきから幸せそうにお腹を撫でてますけど、大丈夫ですか?」
それを聞いて、ようやくあの多幸感が残っていることを自覚する。そして、自覚してなお振り払えないそれに、「子を堕ろさなければならない悲しみ」に、私は今度こそ空っぽの胃の中身を吐いた。