聖杯戦争が終わった後の話
「いよいよ私の前からも消えるって訳?」
彼女は玄関に立つ男を振り返り言葉を投げる。立ち尽くす男は生死を分けた数日間を共に生き延びた彼女を振り返った。
「バーサーカーと旅行に行く訳じゃなさそうだしね。」
その言葉に男はバツが悪そうに顔を顰めた。
「そりゃあ旦那と一緒に居たいけどよ、これから数十年しか生きねえ旦那と一緒にいれば旦那が迷惑を被るから。だから、俺はまた放浪する。そうやって生きていくつもりだ。」
「ふーん。」
男はこの小娘の目が苦手だった。対峙しただけで全てを見透かしているかのような言動を取れるこの小娘がかつての友を思わせる瞬間もあったが、明け透けに全てを語る彼女が苦手な理由だった。
「結局置いて行かれるのが怖いくせに。」
「そうだ。俺はかつての戦争の後もパーンダヴァの奴らにさえ置いて行かれた。放浪が終わってからはそりゃあ王家の始祖になったりもしたが、それも滅んだ。何もかもが変わって消えていくのは誰だって怖いだろ。」
男は手の平で輝く宝珠を撫で、彼女から眼を逸らす。彼女は見たままを語るが、何をどこまでどう見てるかは本人さえ自覚していない。理解できないまま口にするために、予言のような直感を発揮する瞬間さえあるほどだ。だからこそ、彼女が今自分の何を見て語るのかが怖かった。得体の知れない神を相手にするよりもタチが悪いそれに、彼女も理解はしている。
「……今更当たり前のことを言わないでよ。ただの人間だって、置いて行かれるのは怖い。無くなるのは怖い。変わっていくのは怖いのに。」
眉ひとつ動かさずに、彼女は人としての恐怖を語る。
「人間だって生きている限り必ず生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで同じ存在はいないんだよ。生まれて、出会って、別れて、死んでいく。人間は知らないのが怖い。だから変化が怖い。死ぬのが怖いのは死んだ後がわからないからでしょ。」
とうに神に捧げられた生贄は、恐怖の本質を語る。死が怖いのではなく、その先に何があるか分からないから怖いのだと。その理屈が当てはまるなら、彼女が死地にあっても怯えない理由も納得がいく。
「キャスター、死が遠いからって何かを怖がらない理由にはならないよ。人と出会うのはそれは失った瞬間に自分がどうなるか分からないから。それでも、人間だって誰かと出会うんだよ。」
いよいよ男は眼を逸らすのも限界だと悟る。この場から逃げるか正面から見据える以外に彼女の言葉を遮る権利は無くなってしまったのだと。
「バーサーカーと共に生きる約束が守れないのも、私は非難しないよ。でも、キャスターはこれからも多くと出会うべきだ。生きている限り、人間の築いた社会がそばにある限り、キャスターは出会う喜びと別れの悲しみを繰り返すよ。でもそれが当たり前なんだ。」
「どんなに辛くてもか?」
「うん。普通の人間だって体験することがキャスターは人より多いだけ。本質は何も変わることはないよ。」
彼女はそれを言ったきり手をつけていた作業を再開する。男が出て行こうと振り返ることはないのだろう。男は何も言わずにドアノブに手を掛けて扉を開く。最後に一度だけ振り返ったが、彼女が男を振り向くことはなかった。
「……さようならだ。」
男は二度と戻らなかった。