聖夜の追跡

聖夜の追跡



エースと出会った最初の1年目のクリスマス。

俺は共に過ごす相手はいなかったし、そもそも仕事が溜まっていて楽しむ余裕なんてなかった。

クリスマス前日にエースは友人達とパーティをすると申し訳なさそうに言った。

俺はこちらの事は気にせず、エースにまだ学生なんだし、楽しめる時は楽しんでおけと言っておいた。

しかしその日の夜、トレーナー室で仕事をしていたら、エースがやって来た。


「やっぱクリスマスに1人は寂しいだろ?門限までだけど今から一緒にクリパしようぜ!」


と、某店のフライドチキンとコンビニで買ってきたケーキと飲み物をテーブルに並べた。

俺は少し泣きそうになりながら、エースの優しさに甘え、ささやかなクリスマスパーティーを楽しんだ。



2年目、この年は予め夜に来るとエースから連絡があり、俺は少しでもエースの荷物が減るように、事前に飲み物とケーキを用意して、トレーナー室の冷蔵庫にしまっておいた。


「ダチと騒ぐのもいいけどよ、トレーナーさんと2人だけで過ごすのも悪くないな」


そう言って微笑むエースに、俺の心臓は大きく脈打った。



3年目、ちょうど有馬記念がクリスマスと被っていたから、この年は少し早くクリスマスを祝うことになった。

ただいつものトレーナー室ではなく、俺とエースがよく行く中華料理屋で沢山の料理を頼み、一緒に食べた。

けど少し前にエースからクリスマスプレゼントを貰っていた俺。

お返しに何か欲しい物は無いか聞くと…。


「あたしが上げたくて買ったんだし、お礼ならこのラーメンで十分だよ!」


と、にこやかに返されてしまった。

……来年は何か用意しておこう。



エースがトゥインクルシリーズを引退し、ドリームトロフィーリーグに移籍した4年目。


「あのさ、今年のクリスマスは…どっか遠くまで行かないか?」


12月に入った時、顔を赤らめたエースが尋ねてきた。

俺は断る理由もなく、寧ろこっちから誘おうとしてたから、その申し出に喜んでOKを出した。

出かけた先は有名なクリスマスマーケットをやっている場所で、エースは普段制服以外では着ないスカートを履き、化粧をして、髪を下ろして、少し大人びた格好で来ていた。

俺もその日はちょっとオシャレをしていて、お互いの気合の入り様に同時に吹き出してしまった。


「笑ってごめん!今日のトレーナーさんすっごくカッコいいぜ!」


と、褒めてきたから俺も、「エースこそ、いつもに増してすごく可愛いよ」と言ってやったら、エースは茹蛸のように顔を真っ赤にして、それを誤魔化すように俺の手を引きクリスマスマーケット会場を歩き出した。

会場はすごく混んでいたから、逸れないように手ではなく腕を組ませて、2人で並びながら出店を見たり、物珍しい食べ物を買い食いしたりして楽しく過ごした。

そして夕方、会場がライトアップされ、トレードマークである大きなもみの木のクリスマスツリーが見える場所で、俺はエースにクリスマスプレゼントを渡した。

プレゼントは動くのに邪魔にならないシンプルなデザインのイヤーカフなのだが、気に入ってくれるか不安だった。

けどエースは目を輝かせて、蕩けるような笑顔を俺に向けてくれた。


「ずっと大事にする、ありがとう、トレーナーさん」


その時のエースの笑顔にずっと我慢していた彼女への恋心が爆発し、思わず「好きだ」と言ってしまった。

エースは驚いていたし、俺はやってしまったと頭を抱えたが、そんな俺を見ながらエースは苦笑いし、「あたしも、トレーナーさんの事が好きだよ」と言ってくれて、晴れて俺達は恋人同士となった。



5年目、来年卒業を控えたエースと共に、去年とは違う場所で開催されていたクリスマスマーケットに赴いた。

恋人になって一段と距離感が増したエースは最初から腕を組んできて、体を密着させてくる。

俺は頭の中で素数を数え、必死で平常心を保たせながら2人で会場内を見て回った。

夜になると人気の少ない、会場から少し離れた場所のベンチに座り、会場全体を彩るイルミネーションを眺め、2人だけの時間を過ごした。

しかしエースはまだ寮生だったため、門限の時間が間近に迫っている。

俺は寮まで送ろうと言って立ち上がったのだが、エースは俺の手を掴み、俯いてこう言った。


「……今日……宿泊届け出してるから……まだトレーナーさんと、一緒にいたい……」


その言葉の意味を理解した俺は、エースの手を引いて自分のアパートへと連れて帰った。


……翌朝、昨晩渡しそびれたクリスマスプレゼントの指輪をエースの左手の薬指にはめ、プロポーズをした。

エースは泣いて喜んでくれて、トレセン学園卒業後、エースは俺の恋人から愛嫁となった。



夫婦となって初めてのクリスマスを迎えた6年目。

この年は外出せず、家で2人きりで過ごそうとエースに提案された。


「腕によりをかけてご馳走作るからさ!楽しみにしてくれよ!」


眩しい笑顔でそんな事を言われたら断れない、いや断る気もなかったけど。

エースは前日から下拵えをしっかりして、当日は宣言通りすごいご馳走を作ってくれた。

あの、テレビとかでしか見たことのないくらい大きな七面鳥のチキンが丸ごと1匹分あるんだけど、どこで買ったの?


「父ちゃんの知り合いに七面鳥育ててる人いるからさ!その人に頼んで取り寄せた!」


……エースのご実家ってすごいんだなと改めて思い、七面鳥のお礼は後で考えるとして、今はエースとの2人きりのクリスマスを楽しむ事にした。

そして今年のプレゼントはネックレスとハンドクリーム。

毎日台所に立ってくれているエースの為に、色々調べて評判の良いメーカーのクリームを選んだ。

エースは直ぐにクリームを試してみてくれて、「すっげー手がしっとりする!ほら触ってみろよ!」と、両手で俺の顔を挟んで、しっとりスベスベになった掌の感触を味合わせてくれた。



7年目、帰宅すればエースが出迎えてくれる生活がすっかり当たり前になった頃。

常日頃俺の為に家事をしてくれているエースへの感謝も込めて、クリスマスプレゼントとして、一緒に温泉旅行に来た。

やって来た旅館は、エースの現役時代に来た所と同じ場所。

ただあの頃と違うのは、今回は2人1部屋で、泊まるのは露天風呂のある部屋だと言う事。

昼は観光地を巡り、夜は懐石料理を食べ、その後エースに誘われて2人で露天風呂に入った。

丁度その時に雪が降って来て、満天の星空と満月が合わさって、とても幻想的な風景が見れた。


「ありがとう、あなた、最高のクリスマスだ」


隣で風呂に浸かるエースが、俺の肩に頭を乗せる。


「……もう一つ、プレゼントが欲しいんだけど…いいか?」


エースが何かを欲してお願いしてくるのは珍しく、俺が用意できるものなら何でもいいよと言うと、エースは暫く俯いて、お湯の中で手を重ねてくる。


「………そろそろ……子供が欲しいなって………」


一際小さな声で言われた、『子供』と言う単語。

俺としてはもう少し2人きりの生活を楽しみたかったけど、エースとの子供は、いつか欲しいと思っていた。

「授かり物だし、すごく時間がかかると思うけど、それでもいいか?」と尋ねると、エースはゆっくり頷いてくれた。

……これから暫くの間、少しでもエースとの時間を増やそうと考えた。



そして、8年目。

今年は一昨年と同じく外出せず、家クリスマスを楽しんでいた。

大きな七面鳥は蒸し焼きにしていて、クリームシチュー、緑色葉野菜、そしてクリスマスケーキと、一昨年と比べてかなり質素な料理でクリスマスを祝っている。


「あたしの事は気にしないで、好きな物食べていいんだぞ?」

「無理なんかしてないさ、エースと…君のお腹の中にいる赤ちゃんと一緒なら、どんなに質素でも最高のクリスマスディナーだ」


エースのお腹には俺との子供がいる。

妊娠が発覚してから今日で6ヶ月目に入り、お腹の膨らみがはっきり分かるようになってきた。


「ウチの父ちゃん達もお義父さん達も、クリスマスプレゼントだって早速大量にベビーグッズ送ってきて…暫くリビングで寝起きしなきゃならなくなっちまったじゃねーか」

「みんな初孫が出来ることが嬉しいんだよ、エースは?」

「当たり前だろ?大好きな人との赤ちゃんが出来て、喜ばない女がどこにいるんだよ、な?」


と、お腹を撫でながら穏やかに微笑むエースは、もう既に母親の顔となっていた。


「あなたは?」

「…君と同じさ」


俺もエースのお腹越しに、この下にいる我が子を撫でる。

産まれてきたらこの子とエースのために沢山働いて、大きなクリスマスツリーを買って、沢山のプレゼントを用意しようと、今から来年のクリスマスを楽しみにしてしまっているのだった。


終わり


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