聖夜に感謝を、そしてとびきりの愛を
「寒ーーい!もー、なんで今日に限ってこんなに風強いの!?」プルプル
「迂闊だったか、そういや一番強い寒波が来てるとか予報で言って……くあっ!」ビュオォッ
今年一番の寒波が吹き荒れる中、俺とルビーは今夕飯の材料買い出しの為に外へと赴いていた。というのも、いつもは父さんが作ってくれるのだが、生憎と今日は母さんと共に仕事で帰りが遅くなる事が決まっている。その為、夕飯の当番が俺達になったというのが経緯だ。
そして話は1時間程前まで遡る。
─────────。
『ごめんね2人共、さっき社長から連絡があって今日は少し遅くなりそうなんだ』
『私もヒカルもお仕事終わったら早く帰れるようにするから、ホントにごめんね!』
父さん達が仕事で事務所へ向かってから約1時間、学校の課題も終わらせてあるので俺は1人本を読みながら暇を潰していた。
仕事で遅くなる…って事は夕飯を作る必要があるな。さてどうしようかな、簡単にパスタ辺りで済ませ……「お兄ちゃん!」
「買い物行こ!」
部屋に戻ったはずのルビーが、いつの間にか目の前に立っていた。それも外出着をガッチガチに着込んだ状態で。
「唐突だな、一体どうした」
「部屋に戻って晩御飯何が良いかなーって考えてたんだけどさ、今日ってあの日じゃん?」
「あの日?……ああ、そういやそうだったな」
ルビーに言われ、カレンダーを見てからようやく気付いた。今日は12月24日、クリスマス・イブだ。最近は色々忙しかったりですっかり忘れてしまっていた。
「なるほど、クリスマス・イブなのは分かった。で、何を買いに行くんだ?」
「今日ってパパとママ帰ってくるの遅くなるじゃん?だから私達でクリスマスっぽい料理作ってサプライズしたいなって思ったの。だからその買い出し」
「そういう事か、悪くないな。じゃあまずメニューをどうするかだな」
「えーと、七面鳥」
「いや無理だろ」
いきなり最高レベルのハードルの料理を出すな。一番クリスマスっぽいのは確かだが、丸鶏が売ってある確証も無ければそれを調理する場所も器具も無い。当然だが別の料理を代案にするしか無いだろう。
「唐揚げじゃダメなのか?あれなら俺達でも十分作れるし」
「んー、じゃあそれで。あとはサラダとホワイトシチューと……」
「…よし!メニューと材料けって~い!」
「決まったな、俺も着替えたからさっさと済ますぞ」
「……やっぱり私達、寒さに弱すぎるよね?」
ルビーがそう言うのも無理はない。現に外出の為に着替えた俺達は今、見た目だけならマトリョーシカのように着膨れしている。
しかし寒いものは寒い、風邪を引くよりマシだろ。
「毎年の事だしこればかりは仕方ない。早くしろ、雪が降る前には帰りたいからな」
「それはそう。じゃあ行こっかお兄ちゃん」
先程チラッと見たスマホアプリでの予報だと降り始めるのは約3時間後、今から出れば十分間に合うはずだ。
ドアをしっかりと鍵掛け、俺達は商店街へと歩を進めた。
で、今に至る。風は確かに強いが雪が降っていないだけ幾分はマシだし、もう商店街は目と鼻の先だ。そこまで距離は無いはずなのに、この寒さの所為でいつもより長く感じたな……。
さて、ここのスーパーで買うものは…。
─────────
スーパーや我が家行き付けの八百屋、精肉店と各所を回って食材+αは買い揃えた。料理の分はこれで良いが、そう言えば肝心のケーキをどうするかを聞いていなかったのを思い出した。
「ルビー、ケーキはどうするんだ?出来合いのスポンジとホイップクリームといちごでも追加で買って作るか?」
「うーん…それでも良いかとも思ったんだけどさ、折角だからもう1件だけ行っても良い?」
「もう1件?何処に……ああ、そういう事か」
ルビーが何を言いたいのかの察しが付いた。確かにあの店だったらサプライズに申し分無いケーキが確実に存在するだろう。恐らく店主さんも俺達が訪れる事に気付いてると思うので、早速向かうことにした。
……今回は代金を受け取ってくれるだろうか。
───巴比倫弐屋
「貴様達か、こんな寒空の下足を運ぶとは苦労しているな。求めている物は用意が出来ておるから持っていくが良い」
「わ~、さすが義瑠さん!これすっごく美味しそう!」
最後に訪れたのは昔から俺達の馴染みの店、巴比倫弐屋。ここでは求めている物が手に入らない事は無いだろうと思わせる程に次元の違う品揃えをしており、店主である義瑠さんもかなり独特で癖のある人「癖のあるは余計だ、アクアマリンよ」すみません。
「それにしてもかなり大きいケーキですね、これなら家族全員で十分味わえそうです。義瑠さん、おいくらですか?」
「代金は要らん。それの消費期限が迫っておる故な、在庫処理をどうするか決めあぐねていた。持ち帰るのであればそれだけで良い」
「え、でも……」
「疾く行け、真冬とはいえ生クリームが溶けてしまうぞ?」
…本当に、この人には頭が上がらないな。昔から何かと理由を付けては俺達にこうやって無料でお菓子をくれるけど、その代金を払うと言っても受け取ってくれないんだよな。
いつかは必ずお礼をしたいけど、今はまたこの厚意に甘えさせてもらおう。
「…本当にありがとうございます、義瑠さん」
「ありがとう義瑠さん!今度買い物来る時にケーキの感想伝えますね!」
「ふっ、では楽しみにしておるぞルビーよ。親孝行は出来る間にやっておけ」
2人で改めてお礼を言い、店を後にする。義瑠さんのおかげで極上のケーキも手に入ったので、最高のサプライズパーティに出来そうだ。
これで改めて必要な物は全て揃える事が出来た。後は帰って軽く腹拵えした後、料理の準備だな。
◇◆◇◆◇◆
時刻は20時になろうとしていて、すっかり遅くなってしまった。予定では18時過ぎには終わる予定だったのに、まさか機材トラブルでさらに延びるとは……。
アクアとルビー、待ってるだろうなぁ。
「ヒカル走れる!?ただでさえ遅くなっちゃってるのに、これ以上あの子達を待たせたくない!」
「うん、僕も同じ思いだ。幸い2人とも今日はスニーカーで走りやすいから家まで走ろう!ここからだとそこまで距離は遠くない!」
しっかり走れるように荷物を持ち直し、僕とアイは家に向かって走り出す。少し歳を取ったとはいえ、僕だって役者の端くれだからいくらか鍛えている。アイドル時代から今の女優業まで弛まぬ努力を続けているアイは言わずもがな。
もう少しだけ待っててね、2人共…!
「「ぜぇ……はぁ……」」
今なら陸上競技選手にも劣らないのではないかと思える程の走りで、15分強で家まで辿り着けた。その代償に今は肩で息をして、足は生まれたての小鹿みたいにプルプルと震えている。
2人で深呼吸をして息を整え、鍵を挿して回す。ゆっくりとドアを開けて中に入ると、予想に反して電気は点いていなくて真っ暗だった。
(おかしいな、アクアとルビーが居るはずなんだけど……)
まだ何処かに出掛けたまま帰ってきてないのかな?とにかく暗くて何も見えないから電気を……。
パチッ
パァン!パァン!
「「うわぁっ!?」」
「「メリークリスマス(!!)」」
「お帰りパパ、ママ!今日もお仕事お疲れ様、お風呂沸かしてあるよ!」
「お疲れ2人共。多分何も食べずに走って帰ってきたんだろ?風呂から上がったら飯用意してるから食べよう」
電気を点けた瞬間クラッカーの音が鳴り響き、僕とアイは呆気にとられてしまった。
と思ったら、目の前には愛する2人が立っていた。
「アクア、ルビー…これは一体……?」
「えへへ、今日は帰るの遅くなるって言ってたからサプライズ!いつも私達の為に頑張ってくれてるからさ、今日くらいは私達で労いたいなって!」ニコッ
「提案したのはルビーだ。父さんと母さんに感謝してるのは俺も同じだし、こういう時こそ親孝行出来たらって思って提案に乗った」
「「ルビー、アクア…!」」ダキッ
2人の気遣いと労いに思わず目頭が熱くなり、気付けばアイと一緒に2人を抱き締めていた。歳を取ったら涙脆くなっていけないね。まさか2人が僕達の為に料理まで用意してくれてるとは夢にも思わなかった。
クラッカーが鳴った時の言葉で思い出したけど、今日はクリスマス・イブだったね。忙しい日々だったから頭から抜けてしまっていたけど、僕達にとっては今までで最高のクリスマスプレゼントを貰った気分だよ。
ありがとう…アクア、ルビー。
アイも僕も走って帰ったので体が火照ってしまっている。その為お風呂はシャワーで軽く済ませ、アクア達の待つダイニングへと足早に向かう。そこには心を込めて作ってくれたのであろう、暖かい料理がところ狭しと並べられていた。
「すごーい……2人でこんなに作ったの?」
「ああ、ルビーがメインで俺はサポート。疲れてお腹空かせて帰ってくる2人に美味しい料理食べて貰うんだー、って張り切っててな」
「ちょっと作りすぎちゃったかなとは思ったけどね。でもほら、私もお兄ちゃんも食べ盛りだから今日くらいはね?」
「本当に凄いよ、どれも美味しそうだね」
メインであろう唐揚げやパスタ、色とりどりの野菜で作られたサラダにホワイトシチューと綺麗な焼き色のバケットまで。クリスマスらしい料理なのに加えて栄養価も高そうだ。
そして特筆するべきは、中央に陣取っている大きなケーキだ。
「こんなに大きなケーキ、凄く高価かったんじゃないの?お金大丈夫?」
「それなんだけどね、あそこの店主さんが在庫処理したいから持っていけー、ってくれたの」
「代金支払うって言ったのに頑なに受け取ってくれなくてな…全く」
なるほど、あの人のプレゼントという事なら腑に落ちる。
あの人は不思議だし少し怖いところもあるけれど、昔からお世話になりっぱなしで申し訳無いな……。とはいえせっかくのご厚意だ、素直に甘えてありがたくいただこう。
「じゃあこんなに立派なケーキを譲ってくれた店主さんと、何より素敵なサプライズのクリスマスパーティを用意してくれたアクアとルビーに感謝して…」
「「「「いただきます!」」」」
今日食べた料理の味を、僕は死んでも忘れる事は無いだろう。それほどまでに美味しく、愛情に溢れた味がした。
「ふん、貴様達2人が惜しみ無い愛情を注いで育てたが故の賜物よ。いつまで隠し通せるかは我とてまだ視てはおらぬが…努その在り方を損なうな、ヒカル、アイ、アクアマリン、ルビーよ。
フ、ハハ、ハハハハハハハハ!!」