義弟にされるきっかけ
10年程前の五条家の宗家にて。
「はあ⁉︎類が二級呪霊に攫われた⁉︎」
ダンッと机を強く叩いてサングラス越しに鋭く睨みつける。類についていた二人の女中が頭を床に擦り付けた。
「誠に申し訳ありません!」
「謝罪は後だ!何があった?」
先ずは状況を把握するのが先だ。そう考えて問い詰める。漸く頭を上げた女中は震えながら述べた。
「我々は類様の近隣を散策したいとの願いに応え、近くの林を散歩しておりました」
「それで?」
「突如周囲が静まりかえったかと思うと、突然呪霊がどこからか襲いかかってきたのです。何故か類様のみを執拗に狙い、その場で殺さずどこかへ連れ去ってしまいました」
おそらく呪霊が類だけを狙ったのは、類が術師であることを見抜いたからだろう。ついていた女中は術師ではあっても等級は低い。まだ術式こそ発現していないが、類の術式の強力さはこの眼で知っている。それを本能的に察知したから襲いかかってきたのだ。
「どういたしましょう、御当主様」
それまでずっと黙っていた五条宗家の当主が口を開こうとした瞬間、悟は勢いよく立ち上がった。
「じゃ、類の救出は俺が行ってくるから」
「悟様⁉︎しかし…」
女中が何か言いかけたその時、当主が悟に静かに声を掛けた。
「何をするつもりだ、悟」
「何って決まってんじゃん。要はその呪霊祓って類を助ければいいんだろ」
「方法を問うている」
「そんなの話してる場合かよ——そんなことしてる間に類が死んだらお前らどうするつもりだよ」
そう言えば静まる部屋に痺れを切らし、悟はそのまま屋敷を飛び出した。
(何のんびり話し合いなんかしてんだよ…!)
女中の言っていた林へ向かう。木々は薙ぎ倒され、奥へと続いていた。進んだ先は開けており、今にも木の下に倒れている類へ襲いかからんとする呪霊と類の間に割り込んで、
「術式順転蒼!」
蒼を放つ。一瞬で祓われる呪霊には目もくれず、悟は類に近付いた。木に強く身体を打ちつけたせいで頭から血が出ているものの、大した出血ではなさそうだった。漸く一息ついて大きく息を吐き出す。屋敷ではあくまでも冷静に振る舞ったが、内心気が気ではなかった。今すぐに飛び出しそうになるのを抑えて居場所を聞き出したのである。
悟にとって類は弟のような存在だった。生まれた時から術式の強力さに目をつけており、見込みがあったら弟にでもしてやるかと考えていたくらいだ。まだ術式の発現していない年で二級の呪霊からもある程度(屋敷で話をしていた間)の時間逃げられていたらしいのに気付き、将来弟にしてやろうと決めたのを意識のない類は知らなかった。