群像劇
流魂街
青白い閃光と、地面が抉れる轟音が響く戦場に、今度は赤い爆炎が色を加えた。
戦場に砲撃の雨を降らせていたカワキがちらりと視線を動かす。
『取引の話は済んだようだね』
「聞いてたのか」
視線を受け、リルトットが口を開いた。
爆発音が止まない戦場で、二人の滅却師は静かに言葉を交わす。
「俺らが殿下の邪魔をしなけりゃ、殿下も俺らの邪魔はしねえって言ったよな?」
『ああ。言った』
カワキは決して嘘を吐かない。
それは彼女の父であるユーハバッハが嘘を嫌ったためか、それとも単に本人の性格の問題か。
そうなった背景は知らずとも「カワキは嘘を吐かない」という事実は、リルトットもよく知るところだった。
カワキの返答を聞き、リルトットは少し考えた後、慎重に言葉を選び問いかけた。
「……俺らは今からあのガキと戦う。それは“殿下の邪魔”に入るか?」
『入らない』
——殿下の目的は知らねえが……少なくとも、あのガキと戦うだけなら問題ねえって事だな。
思案の後、リルトットはそう結論付けて戦闘に参加した。
「そうか。なら、お互い邪魔はなしだ」
『ああ。私は好きに動くから、君達も好きに戦うと良い』
そう言い残して、カワキは再び怪物の群が蠢めく戦場へと舞い戻り、銃声と砲撃音を轟かせる。
銃声が一つ弾ける度、数十の怪物が肉片となって飛び散った。
砲撃音が一つ轟く度、怪物の群の隊列に大きな穴が開く。
万雷の喝采の如く鳴り響き続ける音は、ついには「已己巳己巴」が怪物を生み出す速度を上回り、群を壊滅に追い込んだ。
白で埋め尽くされていた地面にぽっかりと空白が生まれ、カワキがふわりと大地に降り立つ。
こうしている間にも手駒が失われているというのに、「已己巳己巴」の上に立った彦禰は顔を輝かせて、地面に立つカワキに声をかけた。
「凄いですね! 已己巳己巴をこうも簡単に蹴散らしてしまうなんて!」
無邪気な笑顔でカワキを褒め称える彦禰に、追い詰められている焦りは見えない。
そして、カワキの姿に思い出したように「あ!」と声を上げた。
「もしかして、貴女が志島カワキさんですか! 時灘様から伺っています! お会いできて嬉しいです!」
彦禰の言葉を聞いて、ジゼルがなんとも言い難い表情でカワキに目を向ける。
ジゼル達にとって最悪なのは、「カワキと彦禰が実はグルだった」という展開だ。
彦禰への攻撃はカワキにとっての邪魔にはならないと言ったが、そんなものは二人が共謀していない証拠にはならない。
ジゼルが知るカワキは、目的のためなら自分にも他人にも等しく無茶を強いる人間だったからだ。
そっとカワキに近付いて、ジゼルが問いかける。
「……あの子、あんな事言ってるけど殿下の知り合い?」
『いいや。初対面だ』
ジゼルの問いかけを、同じ懸念を抱いたリルトットが引き継ぐ。
「じゃあトキナダって奴はどうなんだ?」
『そっちは会った事も話した事もない』
「…………」
——……あっちが一方的に殿下を知ってるだけか?
——おかしな話じゃねえが……。
カワキは嘘を吐かない。
だが、「嘘を吐かないこと」と「真実を隠すこと」は同時にできるのだ。
疑念を捨てきれず、ジゼルとリルトットは微妙な顔でカワキを眺めるが、カワキは二人から向けられる疑いの視線など痛くも痒くもないようで、平然としたその横顔は眉一つ動かない。
彦禰を見上げてカワキが言葉を紡ぐ。
『君の言う通り、私が志島カワキだ』
「わあ、やっぱり、貴女が志島カワキさんですね! 初めまして! 自分は産絹彦禰と申します!」
『初めまして。……綱彌代時灘からは私の名前以外に何を聞いた?』
歯に衣着せぬ物言いで彦禰が知る情報を聞き出そうとしたカワキの問いに、彦禰は素直に答えた。
「時灘様からは“カワキさんはとても強いので心してかかるように”と申し付けられています! はい!」
『へえ。私が来るのは読んでいたか』
呟いたカワキに、彦禰が感情の読めない笑顔で言った。
「ですので……全力で参ります!」
同時、会話の間も生み出され続けていた怪物の群れがカワキに殺到する。
飛行型だけではない、足を生やした歩行型までもを増産して、白い海嘯が黒い外套を呑み込もうと迫った。
身の丈を遥かに超えた量の怪物の群を前にしても、焦りも気負いもない凪いだ表情で、カワキが不意に地面へ手をかざす。
嫌な予感にリルトットが距離を取ったと同時に、カワキの唇が詠唱を紡いだ。
『——聖唱(キルヒエンリート)』
「は!?」
「ちょっと嘘でしょ!」
聞き覚えがある詠唱に、これから起きる事態を悟り、キャンディスとジゼルが血相を変えて効果範囲から出ようと動いた。
次の瞬間、地面にかざしたカワキの指先から数字が刻み込まれた小さな柱が伸び、カワキを中心に青白い光が拡大していく。
辛うじて効果範囲の外にいたリルトットも、平静をかなぐり捨てて叫んだ。
「おい! やべえぞ、逃げろ!」
尋常ではない様子の滅却師達に、離脱も戦闘もせず、余波を避けながら状況を観察していた銀城達は何事かと顔を上げた。
その足元に光が及んだ瞬間——ゾクリ、と銀城の背を悪寒が駆け抜ける。
考えるより先に、本能が銀城の体を突き動かし——結果的に、それは正解だったとすぐに理解した。
『聖域礼賛(ザンクト・ツヴィンガー)』
地面から滅却師を象徴する五芒星の形を象った光の柱が、次々と立ち上がる。
柱に区切られた領域内で蠢いていた怪物の群が、降り注いだ神の光で瞬く間に斬り刻まれた。
押し寄せた白い海嘯は急に動きを止める事は叶わず、領域内に立ち入ったものから欠片も残さず滅却されていく。
ほんの一瞬でも逃げ遅れていたら、今頃は自分もああなっていたと、薄く冷や汗を伝わせて銀城が頬を引き攣らせた。
「おいおい、なんだよこれは!」
生前の自分達を追い込んだ滅却師の少女は、死後にまで追い詰めてくるらしい。
銀城は、彼女が放った凶弾で滅却される寸前に、一護の力を奪い取る事でなんとか持ち直したが——殺されかけた危機感まで消える事はない。
急所を撃ち抜かれた時の事を思い出し、じっとりと脂汗をかく銀城の隣で、銀城と同じく、カワキに致命傷を負わされた筈の月島が薄く微笑んで、怪物の群を薙ぎ倒すカワキを遠目に見て笑った。
「相変わらず容赦がないね。あの時の事を思い出すよ。だけど、どうやら今回の彼女の敵は僕達じゃないらしい。よかったね」
「ええ、この威力……味方ではないにしろ敵にならずに済んで何よりです」
「よかねえよ……。あんなもんに巻き添え食らったら終わりだぞ」
「多少の流れ弾くらいは仕方ないさ」
完現術者達が会話をしている間も、空中と地上に跨がる巨体——「已己巳己巴」の本体を相手取る大立ち回りは続いていた。
流魂街の空を、黒い流星が駆け回る。
穿ち、抉り、斬り伏せ、殺す。
その過程で、度々こちらに飛来する流れ弾を避けながら、破面達はカワキの真意を測りかねていた。
「うわ……なに、あの子……無茶苦茶するじゃん」
小柄な体躯で、「已己巳己巴」の巨体を相手取って互角以上に戦い続けるカワキを見て、ルピが引いたように呟く。
破面達の中でただ一人、意気揚々と獲物を狙う目付きでカワキを見るグリムジョーに、ネリエルが制止の言葉をかけた。
「はっ! やるじゃねえか!」
「駄目よ、グリムジョー。カワキに喧嘩を売るような真似はしないで」
「あぁ? ビビってんのかよ!」
諭す言葉に、苛立った怒鳴り声を上げたグリムジョーだったが、ネリエルに続いてハリベルもグリムジョーを制止する。
「今は余波に巻き込まれないよう、回避に専念すべきだ。あの子供の死神を攻撃している以上、敵ではないのだろうが……味方とは限らないのだから」
「……ちっ」
渋々ながら二人の制止を聞き入れ、彦禰と「已己巳己巴」を相手にした戦闘は続くと思われたが——
「……あ」
彦禰が不意に動きを止め、懐から仄かに赤く光る一枚の札を取り出した。
それを見た彦禰は慌てて叫ぶ。
「已己巳己巴! 時灘様が“あちら”からお呼びのようです! すぐに向かいましょう!」
周囲を包んでいた白い霧が晴れ、あたりに散っていた怪物達が「已己巳己巴」の中に自ら喰われるような形で消えて行った。
「あぁ? なんだ? また逃げる気か、てめえら!」
「はい、逃げます!」
あっさりと答えた彦禰。「已己巳己巴」も、山のような巨体を収縮させて白い刀の形状へ戻り、鞘に収まった。
「せっかく本気で戦って頂いていたのに、申し訳ありません! 自分は時灘様の本殿に向かいますので!」
『…………』
小さな黒腔を開き、ペコリと一礼すると黒腔に身を躍らせた彦禰に向かって、虚閃や神聖滅矢が一斉に撃ち込まれる中、先刻まで誰より苛烈に攻撃を加えていたカワキは、何もせずに彦禰を見送った。
それは、彦禰の手から巨大な虚閃が撃ち放たれた時も変わらず————
まるで、ネリエルとリルトットが虚閃を防ぐ事まで予見できていたというように、涼しい顔で戦いの終結を見届けた。