罪ばにたす

罪ばにたす


 ……誤算だった。

なんとか先生だけは逃がせたけど、無数の敵に囲まれ、足も腕も銃創塗れの体では、あともう数分耐えることも叶わない。

ああ、サオリならきっと。

こんな状況でも、一人で覆せるんだろうな。

頭に過るのはそんな、想像。


「……それでも。まだ私は戦えるから」


けれど、私は絶対に諦めない。

そう、全てが虚しく終わるとしても、今折れてしまう理由にはならないのだから。

この足が確かに地についているうちは、この腕で銃を撃てるうちは、それはまだ戦えることを意味している。

何発も、何発もの銃弾が体に突き刺さり、時間が経てば経つほど、私の動きは鈍くなっていて……その命の終わりが近いことも感じ取ってしまう。

けれど、気力でただ体を動かす。

ここで私が敵を取り逃したならば、きっとそいつは先生を追っていくのだろう。

この命に変えても、それだけは何としても避けたかった。


「ぐ、ぁああ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」


しかし、現実は残酷で。

そんな決意から一分すら待たずに、私の小さな体は簡単に吹き飛ばされる。

壁に激しく叩きつけられた体は、言うことを聞かずに硬直したままだ。

愛銃も衝撃で取り落とし、もう戦うことなどできないだろう。


「……ま、待て……! 私を、私を殺して、いけ……! さ、もっ……! ないと、私は……!!」


必死に、恐怖を振り払いながら、声を上げる。

痛み、軋む、動かない体を、無理やり動かし、まだ戦えるフリをする。

私の命を使ってでも、なんとしても、先生のところへは行かせるわけにはいかない。

そんな私の言葉に、敵は何発もの銃弾で答えた。


「ぁ゛っ、あ゛……! ま゛、だ、ぁあ゛っ……!」


……意識が薄らんでいく。

まだだ、まだ足りない。

先生を、守らないと……。

あぁ、でも。

死にたく、ないな。

まだ、やりたいことも残っている。

ヒフミとも、コハルとも、ハナコとも、勿論先生とも、行きたい場所が沢山あるんだ。

……そんな気持ちを察知されてしまったのか、敵は私を弄ぶように痛めつける。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! いゃ、い゛ぃ、やっ!!!! 死に、たく、な゛ぃいいっ!!!!」


ワッと湧いた恐怖に、痛みに、『どのみち死ぬとするならば、より良いことを成そうとする自分』の鎧が砕ける。

私は、こんなことを言ってはいけない筈なのに。

犠牲になると決めたはずなのに。

それでも、それでも口から溢れる言葉は止まらない。

『どのみち死ぬとしても、最後まで足掻きたい自分』が、封じていたはずの自分が、醜くも顔を出す。


「死に゛たくな゛い、死にた゛くない゛ぃ!!!! 助け゛て、助けてよ゛ぉお゛……!!! 先生゛っ!!!」


そんな言葉を聞いた先生が、何をするかなんて、分かっている。

分かっているのに。

死にたくない。

死にたくないから、私は、愚かしくも何度も、何度も声を上げてしまう。



……少し後、足音がした。

……その主はすぐにわかる。

それは、踵を返して戻ってくる、逃がしたはずの先生の足音。

ダメだ。

ダメだ、先生。

敵達が、狙い通りだとばかりに、先生を待ち伏せするように布陣するのが暗くなっていく視界で見える。

『ここに来てはいけない』

声が出ない。

『私を見捨てて、もう一度逃げて』

声が出ない。

目が見えない。


「……助、け、て……」


私は、最後に一番言ってはいけない言葉を残し……無数の銃声と共に、意識が暗い底に落ちていく。

この音、きっと、先生も助からないだろう……。

嫌だ。

それだけは嫌だ。

私が、私が命乞いなんかしたから?

私の足掻きのせいで、大切な人が守れなかった?

vanitas vanitatum, et omnia vanitas.

『だとしても』を付けていた言葉が、脳内を埋め尽くす。

私の、命は、どこまで行っても、虚しく、無価値だったというのか……。

私は、今までのようにそれを否定できなかった。

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