罪の開示、序
どれくらいの時間、ルフィに抱きついていただろうか。長かった気もするし、あっという間だった気もする。また落ちかけない様にという彼の気遣いを感じつつもそっと離れた。
夜風がくっ付いていて上がった分の体温を冷ましていく。寂しくも感じるけど、ルフィから「嫌いにならない」と言葉をもらったからか…苦しさや辛さはない。
もし彼のこの言葉がいつか…とたらればに囚われるのは今はやめよう。人はどうしたって変わる時は変わるし、変わらないものもきっとある。そう信じたい。
気を取り直して残りのサンドイッチを口に入れ込むルフィを見ながらウタは口元を綻ばせつつそう思った。
「ルフィ、ちょっと聞いて欲しい話があるんだけどさ」
だから、少しだけ、ほんの少しだけ自分の罪を開示してみる。
「なんだ?」
「…この島ね、私が来た時はたくさん人がいてね、皆、皆歓迎してくれたんだ。私とシャンクス達のこと」
「…そうなのか」
「じゃあなんで今誰もいないんだ?」とは聞かないでくれた。あくまで、自分のペースで話させてくれるルフィに感謝しながらも話は続けた。
「ゴードンもね、ここの王様だったし、私が海賊の娘だって分かってたのに「君の歌声は世界の宝だ」って褒めてくれて…この島に残って欲しいって言われたの」
「それで?」
「シャンクスもここに残っていいって言ってくれたけど、私は嫌だった。確かにここで歌の勉強を受けたらもっと上手くなれるかも知れなかったけど……シャンクス達と離れたくなんか、なかった」
離れたくなかった。大好きな父親と、自分の家である船……自分が本当は違うところで生まれて、彼が血のつながった父親で無いと知っても、よく知らない元の故郷や両親より7年共に暮らした家族達だった。
「シャンクスも、分かったって…次の日にはこの島を出ようって言ってくれた……でもその日の夜だったの」
何も知らなかった故に、あの楽譜を歌ってしまった故に起きた惨劇
「エレジアが滅んだのは」
「…何が起きた?」
「私はその時の記憶がよく分からなくて、起きたらエレジアが炎に飲まれてて、人がたくさん死んでた…たくさん、たくさん」
自分が燃やした国、自分が築いた死体の山
あんなに音楽と平和に溢れたこの島を滅ぼしてしまった自分を置いてゆく大好きだったはずの人達…
「たくさんあった筈の声も音色も消えてて代わりに炎が爆ぜる音と…雷の音、そして私を置いて出航したシャンクスの船に向けられた大砲の音とお酒を飲んで騒ぐシャンクス達の笑い声がして…」
「は…?」
ぐ…と口を押さえる。例えこれから先どんなに生きてもくっきりと焼きついた自分が生み出した地獄の情景を思い出して、気分が悪くならないわけがない。
「ウタ、言っとくけど無理はするなよ」
「ありがと……ルフィは、新聞多分読んでないんだよね。世間はエレジア崩壊はシャンクス達がやったって事になってるんだ。あの夜、ゴードンも私に言ってた「私の歌声を利用してエレジアに近づくつもりだったんだ」って」
「っ、シャンクスが、シャンクスがそんな事するわけねェ…!!お前も……」
自分は今どんな顔をしてるんだろう?
少なくともルフィがそんな顔をするのだから酷い顔をしてるのだろうな。
「最初は、信じたくなかったかな…シャンクス達はやってない。きっといつか迎えに来てくれるって思って毎日…海を見てた」
「………」
「…来なかった。何年目か分からない。もしかしたら数ヶ月も経つことなく私は諦めたかも…アイツ等は私を捨てたんだって」
それが、それがどれ程愚かだったか…
後にどれ程後悔するかも知らずに
「私はシャンクス達を恨んだ。それどころか海賊が大嫌いになった」
なんて筋違いだったのだろう
なんて恩知らずなんだろう
「ウタ…」
「配信を始める様になってさ、皆が海賊に酷いことされるって聞いて…私も海賊が嫌いだよって言ったの……言っちゃったの」
絶対に言ってはいけなかったのに
「……私、シャンクス達、信じきれなかったの…っ」
ルフィは即答でシャンクスはしてないと言えた。娘の私は信じられなかったのに。
そんなルフィだから…きっと帽子も……
「何かあるんだろ、そんな言い方するってことは」
「……うん」
「それがウタが苦しい理由か?」
「………うん」
「……聞いても、いいか?」
ここで嫌だと首を振れば、ルフィは聞かないでいてくれる。
でも、それは問題の先延ばしでしかない。だってルフィは私が正しく元気になるまで帰らないなんて言ってるのだから…だから
「うん」
もうやめよう
怖がり続けるのにも疲れた
自由な友達を縛り付けるのも嫌だ
いっそハッキリ嫌われるか恐れられるか…はたまた【もしかしたら】があるか…分からないけど、それでどちらにしても、それで別れる時、シャンクス達の時みたいに間違った憎しみは抱かない筈だ。
朝日が昇る。思ったよりも長く二人で話していた様だ。ルフィと朝を迎えるのは2回目で…どちらも悪夢への恐怖を抱かないで迎えた。
エレジアを照らし始める陽の光を見つめるウタの目は、太陽の光もあるだろうが、昔の様なハッキリとした光を灯しているのをルフィは見た。
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その後ウタはルフィに「食堂にゴードンや皆を呼んできて欲しい」と頼んでから一度自室に戻った。ナミと服を選んだ時よりもクローゼットを大きく開ける。
そうして割と目立つところにかけてあるそれに左腕を通す。水色のアームカバー…その手の甲の部分には人から見れば黄色い瓢箪にも見えるマーク。
流石に目立ってたら彼に気付かれるかもしれない。もし覚えていてくれたならそれは嬉しいが、少し恥ずかしいのも事実だったので上から長袖の服も羽織ってマークの半分程は袖で隠した。
「…よし」
ゴードンに間違っても見られない様にと隠してたあの日の電伝虫。変わらず正常に動きそうだと、安堵して少しだけ苦笑する。
自分の罪が詰まってるのに、これからもしかしたら断罪が待ってるかもしれないのに
それでも、こうして残って動く事に安心して、あんなに隠してたのに自分から見せようとしている事含めて…なんだかクスクスと笑ってしまうのだ。
もしかしたらゴードンにも拒絶の言葉を受けるかもしれない。そしたら出ていこう。元々、エレジアを滅ぼした自分がいていい訳ないのに12年もこの島で育ててくれたゴードンの気持ちが優先されるべきだ。
まだ碌に歌えないのに、能力者で海を渡るリスクも大きい…下手したらその辺りで野垂れ死ぬ事になるかもだが…まあ、存外それがエレジアを滅ぼした自分に相応しい最期かもしれない。
「行かないと」
なんというか、後ろ向きなのか前向きなのか分からない。でも少なくとも気持ちは落ち着いてる気がする。
諦念もない訳じゃないけど、怯えはない。
右手で左手を上からギュッと握りしめる。どうなったとしても、受け入れよう。散々育ての親からも、友達からも、その仲間からも…時間も優しさも勇気も、もらった筈だから。